09 はじめてのヒザ抱っこ
初めての異世界リンゴは禁断の味でした。
その実は柔らかなのに歯応えはシャキッとしていて、噛むたびに蜜のジューシィさがあふれます。
あまりの美味に、わたしは夢中になってかぶりついていました。もちさんも「うみゃうみゃ」と鳴きながら食べています。
空腹を訴えていたきらりんさんも、はぐはぐとリンゴをかじっていました。
「ああっ、グッテースト! 最初食ったとき、うますぎてマジでビックリしたんだよね。特区ってさ、そのへんになってる果物とかでも超ヤミレストなんだよ」
人々が行列を作ってまで特区に行きたがる理由が、いま分かった気がします。
わたしはビニール袋を取り出すと、激安スーパーの詰め放題のようにリンゴを突っ込みました。
「あ、ひなっち、そのリンゴ、あーしらの世界には持って帰れないよ」
その一言に、わたしはガーン! とリンゴを落としてしまいます。
「だ……ダメなんですか……?」
「うん。食い物とかの持ち込みや持ち出しはハーデストに厳しいから」
「ちょ……ちょっとでも、ですか……?」
「種みたいな、ほんのちょっとのでも没収されるよ。最初は注意されるだけだけど、タチが悪いと特区を出禁になっちゃうんだって」
「そ……そうなんですね……」
ガックリと肩を落とすわたしを見かねたのか、きらりんさんは黄色い果物を差し出してくれました。
「ひなっち、こっちも食ってみて。きっと元気になれるから」
「あ……ありがとうございます……」
「ガブッとやって、ガブッと。ガブッとバイテストして」
「ガブッと、ですか……?」
わたしはもらった果物を両手で持つと、言われるがままに大口をあけてかぶりつきます。
直後、口の中が爆発。かじりかけの果実が手からぽろりとこぼれ、宝箱の深淵に消えていきました。
「すっ……すっぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
イガグリを飲み込んだような刺すような酸味に、わたしは宝箱ごとひっくり返ってしまいます。
滲む視界の向こうには、大笑いするきらりんさんがいました。
「あははははは! 引っかかった引っかかった! それモレンっていって、ヤバいくらいサワーレストなんだよね!」
「ひ……ひどいです、きらりんさん……」
「ごめんごめん。でも、パワフレストになったっしょ? モレンには
「そういえば、心なしか……。あの、ありがとうございます……わたしみたいなもののために……」
「ああっ、もうマジで無理! インポッシブレスト! もうがまんできない!」
するときらりんさんはなにを思ったのか、がばっと音がしそうなくらいに両手を広げました。
これは威嚇だと思い、わたしは頭を押さえて身を縮めてしまいます。
これはわたしの防御ポーズで、カミナリが鳴った時はいつもこれで凌いでいます。
いったいなにをされるのか気が気ではなかったのですが、わたしの身体は無限の柔らかさに包み込まれていました。
「涙ぐむひなっち、超かわいいっ! ああん、もう、なんでそんなにキューレストなん!?」
きらりんさんはハグの体勢のまま、わたしの頭に頬ずりしています。
きっといまのわたしの頭には、ハテナマークがいっぱい浮かんでいたことでしょう。
「な……なぜに……?」
全身がもちもちの、おもちの化身のようなもちさんにそうするのは理解できるのですが、わたしにする意味がわかりません。
最初に抱きしめられた時は情熱的な彼女なりの挨拶、つまり社交辞令だと思っていました。
もう挨拶がすんでいる以上、こうやってわたしを抱きしめるメリットはありません。
百歩譲って、わたしがきらりんさんを抱きしめるのならわかります。なんだか御利益がありそうですし。
しかしきらりんさんのほうも同じようなことを考えていたのか、撫で地蔵の御利益を最大限に得ようとする人みたいにさんざんわたしに頬をこすりつけていました。
「ひなっちってばモルモットみたいでかわいいから、ずっとこうしてハグレストしたかったんだよね! モルモッテスト!」
きらりんさんの目には、わたしは地蔵どころか実験動物として映っていたようです。
ちなみに妹からは「座敷わらしみたい」と言われたことがあります。どっちにしても人間ではありません。
「ひなっちとこんなに仲良くなれるなんて……! ああっ、いっぱい勇気出して良かったぁ……!」
それは聞き捨てならない一言でした。
わたしはひなりんさんの豊かな胸に顔を埋めたまま尋ねます。
「勇気……?」
「うん、あーし、人と話すのウィークレストだから、いつも超キンチョーするんだよね。へんなこと言って、嫌われるんじゃないかって」
それは以外な告白でした。へんなことならもうじゅうぶんに言って……あ、いえ。
初絡みでアダ名まで付けてきた彼女が、まさかそんな繊細な感情を隠していたなんて。
「でもさ、話さないのってもっとヤなんだよね。あとで陰で噂されるんじゃないかって、そっちのほうが怖くってさ。でもあーしと違って、ひなっちはストロンゲストだよね」
「……ストロンゲスト? なにがですか?」
「誰とも話さなくても平気じゃん。休み時間とかサッとどっか行くしさ。自分を持ってるって感じがして、マジでリスペクテッドしてたんだよね。あーしだったら気が変になってると思う」
ほめているのかけなしているのかよくわかりません。それに、わたしは人と話さなくて平気なわけではないです。
休み時間にサッとどこかへ行くのは、まわりが楽しそうに話している中にひとりでいたくないからです。自分の席の座面が針のムシロのように感じるからです。
「せっかく仲良くなったんだしさ、もっとひなっちのこと聞かせてよ。ガッコじゃぜんぜん絡まないし。ね、いいっしょ?」
「はぁ……」
きらりんさんはわたしのワキに手を差し入れると、小さい子を高い高いするみたいに持ち上げて、宝箱の中から取り出しました。
そのまま近くの木陰へと行って、わたしをヒザの上に載せて座り込みます。
そういえば学校の休み時間とかで、クラスメイトのリア充たちがよくこうして誰かのヒザの上に座って談笑している姿を見かけます。
なぜそんなことをするのか理解に苦しみましたが、やってみてわかりました。誰かのヒザに座るというのはけっこう心地よいものです。
さらにリア充代表といえるきらりんさんにヒザ抱っこされたことで、わたしもリア充の領域に片足を踏み入れたような気分になれました。
すかさずもちさんがわたしのヒザに飛び乗って、三段重ねになります。
親子亀さんのようなスタイルで、わたしたちは他愛のない話をしました。
「……はっ!?」
と気づくと、あたりはオレンジ色に染まっていました。
いつの間にか眠っていたようです。
わたしだけでなく、座椅子みたいな体勢のきらりんさんも、つきたてのおもちのように丸くなっているもちさんもスヤスヤと寝息をたてていました。
どうやら、こぞってシエスタを堪能してしまったようです。
これほど無防備な状態を長時間晒していたのに、ゴブリンに襲われなかったことは僥倖といえるでしょう。
「……あれ? もちさん、縮んじゃいましたか……?」
ひざの上のもちさんが妙に小さく感じたのですが、そうではありませんでした。
「……あっ!? わたしの身体、大きくなってます……!?」
正確には元のサイズに戻ったというべきだったのですが、長いこと小さな身体でいたので、大きくなったという印象のほうが強いです。
しかしわたしは、生まれてこのかた『前へならえ』というものをしたことがありません。なので元に戻った身体を『大きい』と形容していいのかは一考の余地がありそうです。
「あ、そうだ、宝箱は?」
わたしに逆ガリバー体験をさせてくれた張本人はというと、お昼寝前と同じ位置に鎮座していました。
もちさんを抱っこして立ち上がり、宝箱に近づきます。
片足を上げ、お風呂の温度を確かめるみたいに靴のつま先を宝箱の中に浸けてみると、するっと吸い込まれました。
すぐに見覚えのある小部屋まで瞬間移動。床にはひっくり返したリュックサックの中身が散らばっていました。
「なるほど……宝箱に入ると身体が縮んで、出てからしばらくすると元に戻るんですね……」
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