06 はじめての仲間

 どうやら宝箱の壁は薄いようです。うちのアパートほどではありませんが、壁ごしに黄色い歓声が響いています。


「ヤバっ、マジ宝箱じゃん! 受付けのおねーさんのオススメだっていうから来てみたけど、いきなり宝箱なんて!」


 わたしの脳裏にオペレッタさんの顔が浮かびます。あの人はなんてことをしてくれたのでしょう。

 その抱きかけたら恨めしさは、すぐにどうでもよくなってしまいました。


「さっそくいーことあった! 今日のあーし、人間合格っ!」


『きらりん』っ……!?

 その口癖は間違いありません。わたしが通っている『百合ヶ崎学園』のクラスメイトのものでした。


来来きらりん』さん。フィンランド人とのハーフで、ゴージャスな容姿とスタイルを持つ人です。

 ギャルグループの中心的存在で、クラスだけでなく学校じゅうの人気者。それどころか、近隣の高校にもその名が知れ渡っているほどの有名人です。


 スクールカーストの頂点どころか、ピラミッドを照らす太陽。

 スクールカーストの底辺どころか、砂漠のフンコロガシのようなわたしにとっては神様のような存在です。


 宝箱のフタが開きかけたので、わたしはとっさに手で押さえました。

 そしてつい、口走ってしまいました。


「わ……わたしは宝箱不合格なんで、開けないでください!」


「しまった」と思いました。わたしはなんてことをしてしまったのでしょう。

 しかしその抱きかけた後悔は、すぐにどうでもよくなってしまいました。


「あれ? その声……ひなっち? ひなっちなん?」


 ひなっちとは、きらりんさんと初絡みした時に彼女が勝手に決めたわたしの愛称です。でも呼んでくれるのは彼女だけ。

 彼女との接点はそのあと皆無となったので、名前を呼んではいけないあの人ばりの禁断の名称と化していました。


 わたしはワルウサギさんに襲われた時よりもずっと戦慄していました。

 なにせここでバレたら最後、わたしの高校デビューは夢と消えるからです。


 これほどのピンチを打破できるのは、一発逆転の奇策しかありません。わたしは腹の底から恐ろしい声を出しました。


「う……うおー! 違いますぞお! 我が名はミミック! この宝箱が開いたら最後、たーべーちゃいますぞおー!」


「えっ、なにそれ? 超ウケるんだけど! ひなっちは宝箱不合格なんかじゃないよ、マジ宝箱合格っ!」


 きらりんさんは、わたしがひなた本人であることを疑いもしません。その自信はいったいどこから来るのでしょうか。

 彼女は、玄関扉さえ開ければ契約率100パーセントの凄腕セールスレディのごとく、宝箱の隙間にネイルの指をグイグイと突っ込んできました。


 わたしは小学生の妹と腕相撲をして負けるほどに力がありません。

 必死の抵抗も虚しく、宝箱はこじ開けられてしまいました。


 フタが全開となった瞬間、よりいっそう強い光と、花のように甘い香りがする風が吹き込んできます。

 青空と草原、地平線のようにどこまでも続く世界をバックに、巻き毛の金髪をなびかせる少女がそこにいました。


 きらりんさんは、同性のわたしも見とれてしまうほどの美少女です。彼女は南国の踊り子みたいな格好をしていたのですが、プロポーションもいいのでとてもサマになっていました。

 エメラルドブルーの瞳と視線がぶつかり、アイシャドウに彩られた瞼がことさら見開かれたかと思うと、


「かっ……かわいいーーーーっ!!」


 彼女は歓喜とともに手を伸ばし、わたしの身体をもちさんごと抱きしめてきました。

 もちさんは女の人が好きなので、喜んでされるがままになっています。

「やっぱひなっちじゃん!」と言うきらりんさんに、わたしはすぐに謝りました。


「あ……あの……すいません……。でも、どうして声だけで、わたしだとわかったんですか?」


「いやわかるっしょ、クラスメイトなんだから!」


 そうでした。きらりんさんは学校の生徒全員の顔とフルネームを覚えているのです。きっと声も覚えているのでしょう。

 しかも誰にでもフレンドリーなので、彼女は『オタクにわりとやさしいギャル』とも呼ばれています。


「そんなことよりひなっち、超かわいくなってんじゃん! マジでキューテストなんだけど!」


「はぁ……」


「ひょっとして、気づいてないん?」


 浮かない返事をしていたわたしでしたが、その言葉でようやく気づきました。

 わたしの身体はきらりんさんの手によって、軽々と持ち上げられていることを。


 きらりんさんはわたしに頬を寄せながら、腰に携えていたポーチから手鏡を取り出し、自撮りのようにかざします。

 そこには、園児サイズにまでデフォルメされたわたしの顔が映っていました。


 どうやらもちさんが大きくなっていたわけではなくて、わたしが小さくなっていたようです。

 きらりんさんは、大好きな親戚の子供に久々に会ったみたいに頬ずりしてきました。


「ただでさえかわいいのに、さらにかわいくなるなんて! いったいなにしてこんなになったん?」


 もはや逃げも隠れもできないと悟ったわたしは、すべてを白状するこにしました。


「たぶん……ミミックになった影響だと思います……」


「ミミック? なにそれなにそれ?」


 きらりんさんは興味津々。ここからさらに根掘り葉掘り聞かれるのかと戦々恐々としましたが、


「まあそれは後でいっか。ちょーどいいから、あーしとパーティ組もうよ」


「パーティ、ですか……?」


「うん、いっしょに冒険するってこと。あーし、ひなっちと冒険したい!」


 なぜわたしのようなフンコロガシと? などと尋ねてはいけません。

 神様は分け隔てなく平等。人も虫さんも同じ、生きとし生けるものだと思っているのです。


 しかし神様がそう思っていても、こっちはそう思ってはいません。

 こんなまぶしい存在とずっといっしょにいたら、低温やけどどころではすまないでしょう。

 できれば遠慮したいところだったのですが……。


「いいっしょ!? ほら、この猫もいいって言ってるし!」


「ぐるにゃーんっ!」


 きらりんさんの胸に抱かれ、もちさんは上機嫌に喉を鳴らしています。

 2体1押し切られては、ひとたまりもありませんでした。


「は……はぁ……なら……ちょっとだけ……なら……」


「グッテスト! やった! ひなっちとパーティが組めるなんて、今日はいいことばっかり!」


 わたしとパーティしてもいいことなんてないと思うのですが、きらりんさんは嬉しそうです。

 でもそこまで喜んでもらえるのなら、まんざらでもありません。わたしの心の中の枯れた大地から、芽のようなものが出た気がします。


『初めてパーティを組んだことで、レベルアップしました!』


 しかし現れたウインドウに、きらりんさんは目をぱちくりさせていました。


「えっ? うそ? マジ? ひなっち、パーティ組むの初めてなん? それって……ヤバくない?」


 その反応に、わたしの心の芽はすぐにしおれ……。


「うわぁ、マジでヤバーいっ!? 特区デビューなんていちばん楽しい時じゃん! それに付き合えるなんて、超デンジャレストなんだけど! 最高のデビューになるように、あーしがいろいろティーチェストしてあげるからね!」


 しおれるなんてとんでもありません。

 向けられた笑顔はもはや太陽で、むしろ強い日差しで枯れてしまわないか心配になるほどでした。

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