07 はじめての戦闘

 太陽の女神きらりんさんは、さんぜんと立ち上がります。


「じゃあ、さっそく戦闘でもやってみよっか! ふたり掛かりなら、まずはワルウサギでも……」


「あ、ワルウサギさんなら、さっきやっつけました」


「えっ、すごいじゃん。デビューしたてでワルウサギを単独ソロでやるなんて、マジでストロンゲストなんだけど」


「あ、いえ。やっつけたのはもちさんです」


「にゃっ!」と肉球を挙げて相槌を打つもちさん。


「へぇ、そうなんだ。すごいじゃん、もち! 猫合格じゃん!」「にゃっ!」


「そういやひなっちって、いまレベルいくつなん?」


「えっと、たしか4だったかと……」


「あーしは12だよ」


 わたしはすこし意外に思いました。3倍ものレベル差ではなく、3倍しかレベル差がないことに。

 クラスメイトたちは毎週末のように特区に行っているようだったので、てっきりもっと高いレベルなのかと思っていました。

 きらりんさんは、巻き毛の先を指で絡めながらこぼしていました。


「ナントカ協定で、特区のいろんなとこに行けるようになったってのに、みんな興味ナッシンゲストで王都のほうとかにしか行かないんだよね。戦闘とかもあんましたがらないから、ぜんぜんレベルあがんなくって」


「はぁ、そうだったんですね……」


「だから今日はガンガン戦闘しようと思って。んじゃ、あっちの森のほうに行ってみよっか。森のほうがストロンガーな敵がいるだろうし」


「えっ、強い敵ですか……?」


 子供の頃、フリーマーケットに出ていた昔のゲーム機とゲームソフトをあわせて200円で買った記憶があります。

 ゲームはロールプイレングゲームだったのですが、わたしは最初に出てくるスライムばかりやっつけていました。

 準備を万端にしてから先に進みたかったからなのですが、ひたすらスライムを倒しているうちに、こう思うようになったのです。


 ……この世界がこうして続くかぎり、わたしはみんなからチヤホヤされる……。


 最後の魔王をやっつけるとチヤホヤされなくなると思うとゲームを進められず、けっきょくわたしはスライムだけで最高レベルに達してしまいました。

 そんなわたしのプレイスタイルを見て、妹はこう言ったのです。


「エリクサーどころか、薬草も使わない人はじめてみた」


 薬草は貴重品だと思っていたのですが、違うのでしょうか。


 話がちょっとそれましたが、わたしは物事を進めるのがあまり好きではありません。

 どんなに楽しいことでも、進めていけばいつか終わりが来るからです。


「あ……あの……強い敵はあぶないですから、もうしばらくここで……。せめて、10年くらいは……」


「いこっ、もち!」「にゃっ!」


 わたしの消え入るような提案は届かず、きらりんさんともちさんは森のほうに針路を取ります。

 仕方なく後からついていったのですが、レベルが上がったせいか、宝箱で歩くのもだいぶ楽に感じました。


 森はしっかりと除草された小道が通っていて、まるで公園を歩いているみたいでした。

 アーチのような樹冠から緑の光が差し込んで、ちょっとした森林浴気分です。


「あーっ、きもちーっ。あっ、なんかなってる」


 きらりんさんが伸びをした拍子に、リンゴらしき木を見つけました。

 それだけではなく、あたりは果樹園みたいにいろんな果物の木がありました。


「あっ、そうだ、ひなっちはまだリンゴとか……あいたっ」


 頭にコツンと何かが当たり、肩をすくめるきらりんさん。

 それは、芯だけになったリンゴでした。


「ちょ、誰!? こんなことすんの!? マジでアンゲストなんだけど!」


「ギャーッ!」


 その声は木の上からしました。

 よく見るとリンゴの木の上に、毛のないお猿さんのような生き物が乗っています。肌の色が緑で保護色になっていたせいか、近くにくるまで気づきませんでした。


「グリーンゴブリン!? しかも2匹いる!」


 きらりんさんのリアクションからして、どうやらモンスターさんのようです。


「もち、やるよっ!」「にゃっ!」


 きらりんさんは両手をクロスさせ、腰に差していた二本の剣を引き抜きました。

 剣は小ぶりな長さで、いわゆるショートソードというやつです。

 もちさんは肉球から爪をシャキンと出していました。


 飛び降りてきたふたり組のゴブリンさんは、錆びたナイフみたいなのを持っていました。


「あーしは左のをやるから! もちは右のをやって!」「にゃっ!」


 ふたりは出会って30分も経っていないのに、なんだか息ぴったりです。


 しかしそれ以上に驚かされたことがありました。

 喧嘩といえば一大決心が必要なイベントのはずなのですが、この人たちはどうしてこんなにすんなり戦闘モードに入れるのでしょう。

 もしかして、前世は肉食獣かなにかだったのでしょうか?

 そして口喧嘩もしたことがないわたしは、おそらく草食獣なのでしょう。目の前で始まったバトルに思考停止してしまい、ただただ佇むばかり。


 きらりんさんは二刀流で、踊り子らしい舞い踊るような剣撃をゴブリンさんに浴びせていました。

 しかし敵もさるもの、ゴブリンさんも素早い動きで応戦しています。


 一方もちさんは、耳をぺたんと倒したイカ耳スタイルでゴブリンさんの首筋に食らいついていました。


「あっ、もちさん!?」


 もちさんはゴブリンさんに振りほどかれ、吹っ飛ばされてしまいます。

 木に叩きつけられるかと思いましたが空中でクルリと体勢を立て直し、幹を蹴った勢いを利用してふたたびゴブリンさんに飛びかかっていきました。

 わたしだったら振りほどかれた瞬間に心が折れて土下座していたと思います。


「す……すご……!」


 わたしは危うく観客になりかけましたが、なんとか我に返りました。


「わ……わたしも戦わないと! でも、どうやって!?」


 わたしにはきらりんさんのような剣も、もちさんのような爪も牙もありません。

 あるのはこの、歩くのがやっとの宝箱だけ。


「あ……いや、他にもありました!」


 わたしは宝箱から頭を引っ込めて小部屋に戻ると、置いてあったリュックサックをひっくり返しました。

 家を出るときに手当たり次第に詰め込んだものですが、なにか役立つものがあるかもしれません。


「えっと……ビニール袋と、クリーニングチケットと、ガイドブックと、ワルウサギの毛玉と、草原の空気と、スポンジのブーメランと、ミニカーと、ゲーム機と、お人形さんと、ガムパッチンと、スライムと、スリンキーと、クレヨンと、ダンボール箱と、テストの答案用紙……!」


 武器になりそうなものはガムパッチンくらいしかありませんでした。しかも、超近接兵器です。


「こうなったら玉砕覚悟で、ゴブリンさんと名刺交換を……!」


 そう決意しかけた途端、リュックサックの口のあたりで引っかかっている黒光りするものが目に入りました。


「あっ!? こ……これです! これなら……!」


 もう考えているヒマはないと、わたしはそれをわし掴みにして宝箱から顔を出します。

 それを最前線に向けて、ジャキンと構えて狙いを定めました。


 陽の光を受けて、切っ先のような照準がキラリと輝きます。


「ちぇ……ちぇすとぉーっ!」


 わたしは気合いの雄叫びとともに、引き金を引き絞りました。

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