05 はじめてのスキル

 歩行のスキルの説明にある『習得』をタッチすると、2あったスキルポイントが1消費されて、『習得済』となりました。

 それ以外は、これといった変化はありません。


 スキルウインドウには歩行スキルの使い方が載っていましたので、その通りにしてみました。


 まず宝箱の外から顔を出して、足を踏ん張ります。

 フチに掴まっているような状態なので足はぶらぶらしているのですが、踏ん張ってみた途端、大地を踏みしめるような感触があり、宝箱が持ち上がりました。


「おっ……?」


 フチからさらに身を乗り出して宝箱の下のほうを覗き込んでみたのですが、ギョッとなりました。

 なんと宝箱の底から、わたしの足がスネのあたりから生えているではありません。


 それはファンタスティックというか、ちょっとしたホラーな光景です。

 宝箱の中にあるほうの足はどうなっているのか、フチのほうに身体を戻して見てみたのですが、深淵に覆われていて見えませんでした。


 原理はよくわかりませんでしたが、これで歩くことができそうです。

 フチに掴まったまま、バタ足するみたいに足を前後に動かしてみると、宝箱はよちよちと前に進みました。


「おおっ、歩けました……!」


 それは初めてもちさんが二足歩行をした時みたいな、ちょっとした感動モノの光景でしたが、あまりにもつたない足どりです。

 スネから下だけで歩いているのですから無理もないのですが、このもどかしさは、記憶をそのままに赤ちゃんに戻ったような気分です。


「これはちょっと、慣れるまで練習が必要かもしれませんね……。あの、もちさんも手伝ってもらえませんか?」


 隣で顔を出しているもちさんにお願いすると、「うにゃっ」と伸び上がるようなポーズを取りました。

 すると宝箱の底から生えている足は2本から4本に増え、駆動数は倍に。

 ふたりして足を動かしてみると、ハイハイする赤ちゃんくらいのスピードが出せました。


「こ……これならなんとか、実用に耐えられる……でしょうか……?」


「にゃっ!」


 不意にもちさんが肉球で遠くを示します。その先を目で追ってみると、ひとりのウサギさんらしき生き物がこちらに向かって猛然と跳ねてくるのが見えました。


 それはわたしたちの世界にいるような可愛らしいウサギではなく、鋭い目つきに鋭い前歯、獰猛な顔つきに逆立った毛の恐ろしいビジュアルをしています。

 眼光はわたしたちを捉えており、目もくれずにまっしぐらです。


「えっ!? あ、あの……!?」


 わたしは戸惑うばかりでしたが、もちさんは迎え撃つように宝箱から飛びだしていきました。


「あっ、もちさん!?」


「ギャフベロハギャベバブジョハバ !!」


 あっという間に両者は激突。煙幕の中でケンカしているみたいに激しくもつれあっていました。

 時折、『10%』『50%』『80%』という数字が現れ、浮かんでは空に消えていきます。


「も……もちさーんっ!?」


 わたしが叫んだ途端、ウサギさんは『100%』の文字とともに、打ち上げ花火のように空高く舞い上がっていました。


「フギャーーーーーッ!?」


 ウサギさんは尾を引くような断末魔の悲鳴を残し、真昼の星となって消えていきました。


「い……いまのはいったい……?」


 この特区に来てからわからないことの連続ですが、いま起こったことは特に不可思議でした。

 しかしその謎の手掛かりといえるものが、わたしの目の前に現れます。


『ワルウサギを倒したことで、レベルアップしました!』


 もう見慣れつつある例のウインドウです。


「倒して、レベルアップ……? もしかしてさきほどのウサギさんは、モンスターさんだったのでしょうか?」


 となると、もちさんの身が心配です。家猫さんがモンスターさんと戦うなんて……。

 しかし宝箱に戻ってきたもちさんは、傷ひとつついていませんでした。


 口には野球のボールくらいの毛玉を咥えていて、ポトリとわたしの前に落とします。

 もちさんはこうやって、セミの死骸などをわたしにくれることがあります。


 そうでした。もちさんは女の子なのに強いんでした。

 近所のボス猫集団にひとりで大立ち回りを繰り広げているのを見たことがあります。


 その時はわたしも白旗を持って駆けつけたのですが、戦いはすでに終わっていて、もちさんは倒したボス猫の上に乗って毛繕いをしていました。


 なんにしてもこの毛玉は、もちさんの特区での初めての戦利品。大事に預かることにします。

 初めての戦闘の動揺もだいぶ落ち着いてきたところで、ある疑問がわいてきました。


「そういえば、さっきのパーセンテージみたいなのはなんだったのでしょう……?」


 ふとオペレッタさんの顔を思いだし、宝箱に潜ります。

 部屋に置きっぱなしにしてあったリュックサックの中を漁り、もらったガイドブックを取り出しました。


 戦闘についてのページを読んでみると、こう書かれていました。


『モンスターとの戦闘では、相手を吹っ飛ばすと勝ちとなります。攻撃を与えるとパーセンテージが蓄積していき、それが100%を超えると相手を吹っ飛ばしやすくなります』


「なるほど……なんだか、本当にゲームみたいな世界なんですね……」


『モンスターの攻撃を受けるとこちらのパーセンテージが蓄積していき、逆に吹っ飛ばされると負けとなりますので注意してください。蓄積したパーセンテージは休息や食事、また薬や魔法などで下げることができます』


「吹っ飛ばされたら、どこに行ってしまうのでしょう……?」


 しかしわたしの疑問は、遠くのほうから突然飛び込んできた甲高い声で打ち消されてしまいました。


「あっ、あれって宝箱じゃね!?」


 全身の毛が逆立つ思いでした。なぜならばその声は明らかに若い人間の女性、しかもギャルと呼ばれるぼっちの天敵ともいえる人種のものだったからです。

 人のいない場所を希望したのに、まさかこんな早くに人と会うとは思ってもみませんでした。


 草を駆け散らす音が近づいてきます。

 彼女の言う宝箱というのは、この状況においてはわたしのことに違いありません。完全にロックオンされてしまったようです。


 ぼっちは家族以外の人間と話すのに、心の準備が必要です。

 それがまったくできていない以上、することはただひとつ。

 急いで宝箱から顔を出し、開けっぱなしにしていたフタを掴んでパタンと閉めることでした。


 歩行スキルで逃げることも考えましたが、余計に興味を抱かせてしまう可能性があります。

 その危険性は、ゴで始まってリで終わる虫さんを見つけた時のもちさんにより証明されています。


 宝箱のフタを締めると光は完全に閉ざされてしまい、わたしは真っ暗な中で震えていました。

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