04 はじめての宝箱

 まばゆい光にわたしは目を閉じていたのですが、頬に風を感じて瞼を開きます。

 続いて口をつくようにして、驚愕があふれ出しました。


「う……うわぁ……!」


 数秒前まで部屋の中にいたはずなのに、あたり一面大草原。

 雲ひとつ無い青空にさんさんと降りしきる太陽、ツヤツヤの草が風になびき、白波のように光が走っています。

 遠くに見える村は、海原に浮かぶちいさな船のようでした。


 振り向いてみると、背後には洋風の東屋あずまやがあり、中には見覚えのある魔法陣が浮かんでいます。

 きっとわたしはあの魔法陣からここに出てきたのでしょう。オペレッタさんはたしか『転送ゲート』とか言ってました。


 転送ゲートの向こうには大きな池があり、さらにその向こうには森が広がっています。

 どこもかしこも、絵本から飛びだしてきたような美しさでした。


「こ……ここが……特区……!」


 はじめての特区は、想像以上の衝撃をもってわたしを迎えてくれました。

 それは呼吸をするのを忘れてしまうほどでしたが、息を吸い込んでみてまたびっくり。


「お……おいしい……!」


 そう口をついてしまうほどに、空気がみずみずしいのです。まるで肺が洗われるようでした。

 わたしは真っ先にリュックサックを肩から外します。


 リュックサックから顔を出していたもちさんは、目をまんまるにして凍りついています。

 もちさんにとってもかなりの衝撃体験だったようです。こんな顔は、子猫さんの時に初めて雪を見て以来です。


 もちさんは大雪の中を外に出たがりましたが、窓から一歩踏み出しただけで戻ってきました。

 それ以来、雪の日はずっとこたつの中です。


 そんな思い出話より、いまはリュックサックです。

 わたしはリュックサックの横にあるポケットからビニール袋を取り出しました。

 広げて振り回し、膨らませてから口をしっかりと結びます。


「さっそく、妹へのおみやげができました」


 わたしはホクホク顔になっていましたが、はたと気づきます。自分の格好が、大きく違っていることに。

 特区ステーションの魔法陣をくぐるまでは制服だったのに、いまは白いスウェットの上下です。

 さらに右腕には、木の腕輪のようなものが嵌められています。

 腕輪の表面には、異国の文字みたいなのが彫り込まれていました。


「な……なんでしょう、これ……? 外れない……?」


 次から次へと襲い来る謎の出来事に、わたしは困惑しっぱなしです。

 そしてその最たるものがやってきました。


「にゃーっ」


 解凍されたもちさんの鳴き声。見るとそこには木箱がありました。

 フタが開きっぱなしのそれは、よく見ると宝箱のようでした。大きさは赤ちゃん用のバスケットくらいあります。


 おそるおそる近づいて覗き込んでみたのですが、中は見えず、深淵のような闇が広がっていました。


「これは、いったい……?」「にゃっ!」「あっ、もちさん!?」


 わたしが止める間もなく、もちさんは宝箱に向かってダイブ。

 もちさんの白い身体は、濃いコーヒーに垂らした一滴のミルクのように消えていきました。


「ああっ、もちさんっ!」


 わたしは一も二もなく宝箱の中に手を突っ込んだのですが、その瞬間、わたしの身体は宝箱に吸い込まれ、気づくと見知らぬ小部屋の中にいました。


「あ……あれ……? ここは、どこでしょう……?」


 特区ステーションから大草原、大草原から小部屋の中へのめくるめく移動。

 もうわけのわからないことの連続で、ちょっとやそっとのことでは驚かなくなっていました。


 足元には伸びをしているもちさんがいたので、抱き上げてみます。

 するともちさん、重さはいつもと変わらないのですが、体積は倍くらいに感じました。まるでおもちを焼く前と、焼いた後のようです。


「あれ? もちさんぷっくりしました?」


「いにゃ」


「そうですか? そのわりには中型の犬さんくらいの大きさがあるような……?」


「いーにゃ」


 本人が否定しているのでわたしの勘違いでしょう。気を取り直してあたりを見回します。

 わたしたちのいる小部屋は2メートル四方くらいの広さで、まわりの壁は打ちっぱなしのコンクリートみたいな灰色をしていました。


 壁の高さも2メートルくらいでしょうか。

 天井は無く、顔をあげると正方形に切り取られた青空が見えました。


「どうやら、フタの無い箱の中にいるみたいですね……」


 わたしは懸垂が1回もできないので、2メートルの壁なんて乗り越えられません。

 となると完全に閉じ込められた状況といえるのですが、不思議と嫌ではなく、むしろ心地良いとすら感じています。

 それどころか、欲望まで刺激される始末でした。


「この落ち着く感じは、まさに人間用ダンボール……。ああ……この空間がわたしのものだったら、さぞや……」


 そのぼやきに呼応するみたいに、わたしの目の前に青白く光る窓が現れました。

 それは空中に浮いていて、色のついたガラスみたいに向こうがうっすらと透けて見えます。


 窓の上には、文字が浮かび上がっていました。


『宝箱のオーナーになったことで、レベルアップしました!』


「お……おーなー? れべるあっぷ……?」


『スキルポイントを使ってスキルを習得して、パワーアップしましょう!』


「す……すきる……? ぱわーあっぷ……?」


 まるでロールプレイングゲームに出てきそうなデザインの窓と、ロールプレイングゲームにありそうな単語の数々。

 呆気に取られているうちに、窓の上にはずらずらっと文字が並んでいました。


 窓はタブみたいなものでジャンル分けされており、いま見えているのは『スキルウインドウ』というタブ。

 その下にあるタイトルが目に入り、わたしはあっと声をあげました。


『ミミック スキル一覧 (残スキルポイント2)』


 そういえば、受付けのお姉さん……オペレッタさんが教えてくれました。

 ミミックはヤドカリのように宝箱に入るモンスターさんだと。


「ということは、ここはもしかして宝箱の中……?」


 わたしは壁に歩み寄ると、もちさんを抱いたまま片手を伸ばしてジャンプしてみます。

 それはダメ元だったのですが、自分の身体とは思えない跳躍力が発揮され、わたしは壁から這い上がることができました。


 壁の向こうにはさっき見た草原が広がっています。

 わたしの身体は浴槽のフチに肘をついているような体勢になり、肩から上が宝箱の中から出ていました。

 もちさんもフチを両手で掴んで、宝箱からひょっこりと顔を出しています。

 いまのわたしたちを傍から見た人がいたとしたら、大海原をダンボール箱で漂流する姉妹猫さんさながらだったでしょう。


 すべてを理解したわたしは顔を引っ込め、宝箱の中に戻ります。

 部屋の真ん中で浮かんだままのスキルウインドウに興味を戻しました。


 スキルはツリー状に枝分かれしていて、『オーナー』『インテリア』『エクステリア』『ミニマル』のツリーがあります。

 ためしに『エクステリア』という文字に触れてみると、波紋みたいなのが広がってツリーが展開されました。

 どうやら、スマートフォンみたいに指で触れると操作できるみたいです。

 もちさんも興味を持ったようで、わたしに抱っこされたままチョイチョイとウインドウを触っていますが、ウインドウは反応しません。


「もちさん、どのスキルを取りましょうか?」


「にゃっ」


 もちさんが肉球で示していたのは『歩行』のスキル。

 タッチしてみると、スキルの説明が表示されました。


『宝箱の中に入ったまま移動することができる』


「ほほぅ……これはひょっとして、すごく有用なのでは?」


 まるで知っていたとしか思えないもちさんの絶妙なチョイスに、わたしは唸ってしまいます。

 箱に入ったまま移動できるなんて、布団に入ったまま学校に行けるようなものです。


 まずは、この夢のようなスキルを習得してみることにしました。

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