第22話 地獄のような戦場風景

 聖女の元から閃光が上がり———光の巨人が現れる。


 ――――――――――――――――――――――――ォォォォ………‼


 空気が鳴る音が響く。


 右手に剣、左手にはかりを持った、男かも女かもわからない、全身を発光させる巨大な人型は炎の巨人へと掴みかかっていった。


「……あれが、聖女が神より授けられた力———天使」


 シュバルツが息を飲む。


 光ノ天使ミカエル炎ノ天使ウリエルの闘い―――。

 それは———恐ろしい光景だった。


 二体の天使は格闘戦を繰り広げていたが、まるで山と山のぶつかり合い。


 人知を超えた激突だった。


 光ノ天使ミカエルが光の剣を振るえば雲が割かれ、暴風をまとう斬撃が溶岩の巨人の体表を砕き———、


 炎ノ天使ウリエルが右手に宿る火炎をかかげ、それを前へ放射すると光ノ天使ミカエルの全身を炎の風が包む———。


 そして炎をかき分け、左手で拳を作る光ノ天使ミカエルはその手に持ったはかりごと強烈な殴打を火ノ天使ウリエルの横っ面に叩きこむ。


 完全に———怪獣映画。

 

 中学生の頃に見て興奮したものだが、実際に現実の光景として目の前に広がられると———ただただ恐怖しか感じない。

 

 巨人と巨人のぶつかり合いに巻き込まれないことを祈るばかりで、肝が冷えっぱなしだ。


「———高度がある程度下がりました! 先ほどの火炎攻撃が当たらない高度までは降りています!」


 操縦士が声を上げる。


 イリアが光ノ天使ミカエルを召喚してから、この飛行艇への攻撃は止んでいた。

 空を覆う業火は、全て出現した光ノ天使ミカエルへと向けられ、何とか体勢を立て直す隙が作られた。

 俺は【魔眼】の魔法の盾を作り出す、防御モードを解除することができ、飛行艇も方向転換するだけの時間とスペースを作ることができた。


「よし! 方向転換! この飛行艇は一時帰還する!」


 シュバルツが手を振り上げて指示を飛ばす。


「撤退するのか?」

「はい! 戦線は崩壊しています! 少なくとも、火ノ聖女の能力が超広範囲の火炎攻撃である以上———このままこの空域に留まるのは死を待つだけです!」

「…………」


 シュバルツの判断は正しい。

 皇帝を差し置いて勝手に軍の指揮を執っているが、それに全く反論できないほど。

 だが、それは味方を見捨てることになる。

 

 地上を見る。

  

 リザードマンで構成された密集陣形ファランクス部隊が、サルガッソの城壁直下に辿り着いていた。彼らは重たい盾と小回りの利かない長槍を投げ捨て、その指先に生えている鋭い鉤爪かぎづめを使って城壁を這いあがり、上にいた魔法使い部隊と交戦を始めていた。

 

 空を見る。

 

 生き残った飛竜ワイバーン部隊が先ほどの火炎攻撃を食らわないように高度を下げていく。それでも撤退することなく、リザードマン部隊と合流し、城壁の魔法使いに次々と襲い掛かっている。

 

 敵の魔法使いも激しく反撃している。

 

 大乱闘の有様ありさまだ。

 

 上空では翼を付けた巨人が殴り合い、地上では魔法使いと竜が激しく殺し合う。


 そして———空飛ぶ巨竜バハムートの上では聖女イリアが、サルガッソの城壁の上ではもう一人の火ノ聖女が、その肉体を動かして天使を操作していた。

 

 イリアが拳を突き出せば、光ノ天使ミカエルが拳を突き出し、火ノ聖女が両腕を前方に掲げると、火ノ天使ウリエルもガードをする。


 みんな―――必死に戦っている。

 そんな人々を見捨てて、皇帝の俺が逃げるなんて……できない。


 俺は———皇帝なんだ。

 悪ノ皇帝———イルロンド・カイマインドなんだ。


 パァンと自らの両頬を張った。

 気合を入れるために儀式のつもりだが、シュバルツがびっくりして目を丸くしていた。


「ど、どうされました? イルロンド様?」

「俺は残る。竜の部隊———竜迅軍はまだ戦っている。彼らを見捨てることはできない。イリアも同じだ。俺たちを逃がすために、同じ聖女相手に戦いを挑んでいる。そんな彼女たちを見捨てることはできない」

「イルロンド様……」

「シュバルツ。この飛行艇は返ってくれ。あの火ノ聖女は危険すぎる。だけど、俺は行く。あの聖女を止める」


 城壁に立つゴスロリドレスを見に纏った聖女を見据える。


 あれを止められるのは———いま、ここにいる俺しかいない。


「責任を負ったり、でしゃばるのは趣味じゃないんだけど……まぁ、俺には止められる力があるし、俺がやらなきゃ誰がやるって感じで……止めてくれるなよ?」


 国のトップが、殿しんがりを務めようとしてる。

 普通、まともな判断じゃない。

 頭の固そうなシュバルツは止めるかと思ったが、彼は右手を上げて、


「なんと勇敢な! 流石はイルロンド様です! ハイル・イルロンドォォォォ~~~~~~‼」


 感涙していた。

 そういえば、こいつはイリアが出現した戦場で、率先して俺を戦場に立たせようとした人間だった。

 とても左将軍という軍のNo.2とは思えない性格をしているが、個人的には面倒がなくていい。


「じゃあ、留守を任せた———」

「ええ、御武運を———ハイル・イルロンド」


 シュバルツが右手を胸に当てるような形の敬礼をする。


 俺の瞳———【魔眼】に意志を伝える。


 あの、城壁の元へと行きたい―――と。

 あの火ノ聖女の元へと行きたい――—と。


 まだ、【魔眼】というのが何なのかわからないが、大体使い方は理解しつつある。

 これは、俺の意志に反応する。

 俺の思ったように【魔眼】は応える。


【転移モード起動】


 チートスキルらしく。

 

 瞳の中にメッセージが表示されたと思ったら、見ている景色が瞬きすると変わり、飛行艇の中から、血と悲鳴が飛び交う、戦場のど真ん中———サルガッソ城壁の上へと。


「あら……?」


 弾むような声がすぐ近くで聞こえる。

 火ノ聖女が少し歩けば手が触れられそうな場所にいた。

 【魔眼】の転移の力は正確に俺を聖女の近くに飛ばしてくれていた。


「あなたは……?」

「イルロンド・カイマインド。魔道帝国第五代ガルシア皇帝だ」

「あらまぁ……では、あなたがわたくしのお姉さまをかどわかした。邪悪皇帝」

「酷い言い草だな。まぁ、否定はしない……火ノ聖女。貴様に言っておきたいことがある」

 

 なるべく悪の皇帝らしく威厳を持たせるために、マントをたなびかせる。


「光ノ聖女・イリアはガルシア陣営についている———火ノ聖女よ。お前もこちらにつかないか?」


 手を差し伸べる。


 ―――ここからは交渉の時間だ。


 穏便に‶こと〟を済ませるために嘘もホントもないまぜにして、火ノ聖女の心を揺さぶり、戦意をくじく。

 そのために寝返りを誘発させる。

 そのために言葉を尽くす。


「聖女同士、これ以上戦いたくはないだろう? なら、戦闘をやめて話し合———、」


「おやおやおや、突然何か現れたと思ったら……裏切り者の皇帝、イルロンド・カイマインドさんじゃああ~りませんか!」

 

 戦場とは思えないほど陽気な声が聞こえる。


 その発した方向を見やると、青色の髪をした槍を持ったただならぬ気配を纏った女性がいた。


「光ノ聖女だけではなく、ウチの聖女までも引き抜くつもりですか? させませんよ———」


 彼女はただならぬ空気感を纏っていた。

 明らかに———彼女は人間ではない、神を思わせるオーラを感じる。


「———この戦の神、アテナイの目の黒いうちは、ね」


 ぺろりと上唇を舐めて、神アテナイは槍を俺に向け、構えた。

 

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