第21話 神の炎

 火の巨人———火ノ天使ウリエルが右手をかかげた。

 その掌には燃え盛る火炎が乗っている。

 

 そして、城壁にいるゴスロリの少女の口が動く。


 ———神の炎ブレイズ


 そう、唇が動いているように見えた。

 瞬間、手に持っている炎が天へ向かって伸び―――そして空を覆っていく。


「高度を下げろ―――――ッ!」


 シュバルツが慌てて操縦士に指示を飛ばす。

 だが、


「この飛行艇はそう簡単に高度を下げられません!」

「何故だ⁉」

「飛行艇とはそういうものだからです!」


 飛行艇は言うならば———巨大な気球だ。

 巨大な袋バルーンに空気よりも軽い気体ガスを溜めて、その重さの差を利用して空中に浮かぶ。

 プロペラの回転で前進したり、方向転換ぐらいはできるが、上下の移動はガスを抜くか増やすかでしか調節ができない。つまりは時間がかかる。

 その原理は魔法を使うこの世界でも変わらない。変わることとといったらガスを注入する方法に電気か魔法か使っているものが違うぐらいだ。


 つまりは———今、煙のように広がる炎から逃げることができない。


「このままでは爆発するぞ――――!」


 まるで火山の噴火だ。


 聖女が召喚した天使の右手からは炎が吹き上がる。火山だったらそれが黒煙なのだが、彼女が使っているのは神の力で作り出した———特別で凄まじき炎。赤々と輝く炎が空高く伸び、放射状に広がっていく。


 キシャ—————――――――――――――――――‼


 飛竜ワイバーンの悲鳴が空へと響く。

 先ほどまで有利に城壁に爆撃を加えていた飛竜ワイバーンたちは天使の生み出した炎をまともに浴びていた。

 そして———まるで羽虫が如く、黒焦げになって地に落ちていく。


 先ほどまで天を覆っていた飛竜が、全滅していく———それは他人事ではなかった。

 天使の炎はまだまだ広がり、この飛行艇まで辿り着こうとしていた。


 このままだと、ガスに引火して大爆発を起こしてしまう———!


 マズい———そう思った瞬間だった。


絶壁オリハルコンモード起動】


 瞳の中に、メッセージが表示された。


 そして、飛行艇の前に———虹色に輝く魔法の盾が出現した。


「おお‼ イルロンド様の【魔眼】の力ぁ!」


 シュバルツが歓喜の声を上げる。


 魔法の盾は天使の炎から、この飛空艇を守り、左右に裂け、分かたれて後方へと伸びていく。


「また、勝手に起動した……それに、この【魔眼】……防御のモードもあるんだ……」

 

 目の下に手を当てる。

 少しでも目を逸らしたり、塞いだりすると、【魔眼】の力で出現させた魔法の盾が消えそうなので、少しもそんな油断はできない。

 それでも、この状態をずっと続けていくわけにはいかない。

 飛行艇内の気温は、急速に上がっていっていた。


「だけど———これは一時しのぎだ! このままだといずれ爆発するぞ!」

 

 真正面からの炎は防げても、飛行艇の左右にはまだ炎がある。広がる方向がこちらに向いていないとはいえ、少しでもそれに接触してしまえば爆発する。

 それにもしかしたらガスは炎に触れなくとも、高温で爆発するかもしれない。


「高度を落とせ!」


 シュバルツが再び、操縦士に声をかけるが、彼も彼で「もうやっています!」と計器のレバーを下げている。


「……クッ、なんという力だ……聖女というものは……やはりイルロンド様でしか」

「そんなこと……言ってる場合か……現状は最悪だぞ! 飛行艇にいるのに空が火の海になるだなんて……地獄でもこうはならない……!」


 シュバルツは、俺をまた聖女と戦わせるつもりのようだ。こいつは俺を便利に使おうとしているだけじゃないかと疑念を抱き始めたが、そんなことを考えている場合じゃない。

 本当に———今、死が隣にある。

 どうにかしてこの状況を抜け出したい……! 一刻も早く抜け出したいが……!

 

 以前のように聖女の元へ移動するどころか、俺は今、眼球一つ動かすことができない。


「あの火ノ聖女を何とかせねば……!」


 シュバルツがギリリと歯を鳴らす。


「…………私が、なんとかする」


 その言葉は、ここにいる俺以外の人間全員が予想だにしていなかったと思う。

 聖女だ。

 聖女・イリアが胸に手を当てて名乗りを上げていた。


「貴様が⁉ 貴様は敵であろう! この聖女が!」


 案の定、シュバルツが手を振り回してイリアを罵倒する。


「だけど、今、私はここにいる。このままだとあなたたちごと爆発に巻き込まれて死んでしまうのがオチ。それくらいは馬鹿でもわかる。なら、この状況を切り抜けるだけでも、手を貸そうと思うのが普通」

「グ……ッ! しかし!」

「シュバルツ! いいから聖女の言葉に従え! この状況がどんな状況かわからんのか!」


 反論しようとするシュバルツを鬱陶しく感じ、皇帝らしく一喝すると彼は「ぐぬぬ……」と唸って黙り込んだ。


「イリア‼ 頼む、何とかしてくれ!」

「うん……だけど、飛竜ワイバーンを一匹、貸して」

「は⁉」

「私は光ノ聖女の力で浮遊・・はできるけど、飛行・・はできない……だから、空を移動するための竜をかして欲しいんだけど……」


 そういうものか―――⁉


 初めて彼女を見た時は空中で強烈な閃光を発していたが……あそこにいたるまでゆっくりと浮いて上昇していたと言う事か。それとも、ただ単に高速での移動ができないということなのかもしれない。


「そんなものいるわけがなかろう! 余のカワイイ竜たちは、あそこで……全員……!」


 バハムの声とダンダンと床を踏み鳴らす地団太の音が聞こえる。


「———これ以上犠牲を出したくない」とイリアの声。

「聖女、貴様を余が信用できるわけが……」とバハムの震える声。

「まだ残っている竜たちを、助けたくないの?」

「……………」


 そして、バサッと布が鳴る音が聞こえる。

 恐らく、バハムが上着を脱いだのだ。


「ついてこい! 外に出る! 聖女よ、貴様を余の背中に乗せてやる‼」


 次にまたバンッと音がして床が揺れた。

 恐らく、バハムがブリッジにある床下への扉を開いたのだ。

 風を背中に感じる。


「行くぞ!」

「ええ!」

 

 二人の掛け声と共に———床を蹴る音が二つ聞こえた。

 

 そして———俺の足元を、飛行艇の真下を、巨大な竜が通過していく。


 巨竜バハムート———と、いう奴なんだろう……。


 鯨のように太い胴体に一つの村を覆うほどの巨大な両翼の色はエメラルド色。

 先ほどまでこのブリッジにいた、竜人バハムの体表を覆っていた鱗と同色だった。

 あれが———彼女の真の姿か。

 視界の隅で捉えることしかできず、よくよく見ることができないが、その背中には人影が見える。

 イリア……だろう。

 

 巨竜の背中に乗る聖女は、燃え盛る炎の空をくぐり、地上へと真っすぐに降りていく。

 もう一人の火ノ聖女の元まで————

 

「————光ノ天使ミカエル……!」


 今度はカッと巨竜の背中から閃光が放たれる……。

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