第19話 次の作戦目標はサルガッソ

「次は———港湾都市、サルガッソを落とそうと思うのですが……非常に時間がかかりそうです……」


 フィレノーラ要塞内の作戦会議室。

 要塞内部で一番広い部屋だが、窓がなく部屋の明かりは燭台のみ。元々使っていた公国軍が貧乏だったのかは知らないが、長机の上に広げた地図も見えないほど弱い灯だったので、どうしたものかと思った。が、妖精族の長であるオベイロンが「おまかせください~」と光る鱗粉りんぷんを放出し、部屋の中に光を灯した。

 少し、金色の怪しげな霧が立ち込めているような状態になってしまったが、何もないよりはましである。


「時間がかかると言うのは?」


 俺は、らしくない渋い顔をしているシュバルツ・ゴッドバルドに尋ねる。


「サルガッソは非常に強固な砦として有名であります。理由はその立地の良さ」


 ピシッと指を地図に置く。

 地図上では、いわゆる半島、△形さんかくけいの突き出た陸地を丸々都市化した港湾都市サルガッソが描かれている。

 

「西側は———平原、東側は———海、そういう面し方をしていますが、西側には高い城壁を築き、東側には艦隊が配置されています。このフィレノーラから攻めるのであれば、当然陸地である平原から攻めることになるのですが、アテナイは戦女神と呼ばれるほどの戦上手いくさじょうず。その上、‶火ノ聖女〟と呼ばれるフレイ・プリアラスもおります。真正面からでは城壁の突破は難しく、持久戦になります。そうなれば———遠征している側である我々は補給が尽きる可能性が高く……まずはこの平定したポンタロ地方で地盤を固める必要があります」

「地盤を固める……って、具体的には?」

「そうですな……農地を開拓し、食料を定期的に確保できるようになれば……持久戦にも耐えられるでしょうな」

「それってどのくらい時間がかかるんだ?」

「早くても……10年」


 気の長い話だ……。


 だけどよくよく考えれば、侵略戦争なんて超大規模の集団旅行みたいなものだ。

 長くは続けていられない。

 武器も食料もすぐに尽きるし……そうなるとその土地のものを奪うしかなくなる。

 だから戦争での略奪行為というのは理にかなっているというか……それをしないと侵略戦争などは不可能だ。

 自国からわざわざ武器食料を運ばせるという手もあるが、コストも時間もかかるし、侵略を進めれば進めるほど、当然距離ができる。難しくなる。

 

 侵略戦争———ってメチャクチャコスパが悪いんだな……。


「そんなん待ってられっかつーの!」


 バンッと獣族の青年———疾風将軍・フェンリルが机を叩く。


「そんなん、常にガルシア本国から食料をオレっちたちのところへ運ばせればいいだけだろうが! それで攻めている間ずっと食料を送り届けてくれれば……!」

「ガルシア本国からここまでどれだけの距離があると思っている! 小国しょうこく四つ分だ! 我々がアルトナ公国に侵入するまでに通過した国々も、ガルシアと同盟を組んでいるわけではない。我々が‶軍勢〟だったから敵わずと判断して通してくれたが、単なる‶補給部隊〟を通すわけがない!」

「じゃあここで足止めかよ!」

「仕方があるまい! ここまでの道中、‶光ノ聖女〟のおかげで武器、食料! 大部分を消費してしまったのだから!」


 シュバルツは荒ぶり、フェンリルに反論するが……侵略を開始する前にそういうことを計算に入れられなかったのか……。

 差将軍という肩書で、髭を生やしてかなりのベテランエリートという雰囲気を醸し出しているが、案外行き当たりばったりで計画を立てる人間なのかもしれない。


「ふっざけんなつーの!」


 バンバンとフェンリルは怒りが収まらないと何度も机を叩く。


「10年待つ⁉ てめーら人間族は、それでいいかもしれねーけどよ! こちとら‶魔族〟には寿命ってもんがあるんだよ! 俺っちたち獣族は20年! 鬼族に至っては短い奴は5年しか生きられないしゅもいるんだ! そんなのんびり待っていられっかつーの! 何の成果もあげられないまま、寿命で死にに来たんじゃねーんだよ!」


 寿命———か。

 種族が違えば、その問題がある。

 そんなこと考えもしなかった……。 

 だが、それに対してシュバルツは「仕方があるまい」の一点張りだ。


「せめて、このボンタロ地方の農民共が生きておれば……そ奴らが作る作物を食料として徴収できたものを……この要塞を指揮していた神は、全住民に神酒ソーマを飲ませおった……おかげでこの広い地域はもぬけの殻だ! 村や畑はあるのに、人がいない!」

「なら————この遠征も、戦争ももう終わりかよ……‼ ここで終わりかよ……カナンの地にイルロンド様を送り届けるためのこの戦争は……」


 フェンリルががくりと首を垂らして、全身の力を抜く。 

 シュバルツも悔しそうに拳を握りしめ、


「ここがダメならば、せめて―――サルガッソを陥落することができれば……あの港を使うことができれば、海路が使える―――海路が使えれば船で大量の食糧を輸送できるから。遠征を続けることは可能になる。可能になるものを……!」


 ドンッと彼もまた拳を叩きつける。


 まぁ、それでも何かしらの手はあるだろう……戦争じゃなくて。

 俺は提案しようと手を上げようとしたが———その前に目立つ笑い声が作戦室に響く。


「フアッ、ファッファッファ! 城壁だの寿命だのと、何を小さきことで悩んでおるのだ……低級種族は大変じゃのう! 余のような地も命も超越している上級種族には毛ほどもわからん悩みじゃわい!」


 言葉の主———エメラルド色の翼を持つ竜族の幼女は小さな指先で天井を指した。


「———港湾都市サルガッソなどなんたるものぞ! 速攻で落としてくれるわ! その攻略戦! この天竜てんりゅう将軍バハム・スライバーンにお任せあれ!」


 自らの発言のせいで恨みがましい視線を集めているにも構わず、バハムは白い八重歯のような牙をキラリと光らせた。

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