第16話 祝勝の炎
ドッドッドッ―—―と鳴り響くは太鼓の音色。
フィレノーラ要塞の前では、まるでお祭りような光景が広がっていた。
長いテーブルを並べて酒と肉を置いている。
ただ、それをむさぼっている人はいなかった。
やんややんや……!
騒ぎ声が聞こえる。
「これは……?」
その声は空へと立ち上る‶大火〟の周辺から聞こえた。
その光景は———俺には懐かしい光景……夏の日を思い出させる光景だった。
「これは……とはファイアーストームですが?」
シュバルツ・ゴッドバルドがなんともなしに答える。
木で組み上げられた囲い―――確か
二メートルはある巨大な井桁を作っているので、当然立ち上る炎も大きい。
その周囲を笑っている帝国軍人と魔族が躍っている。
「これは……、こんな光景が……帝国に……?」
聖女が驚き口元を抑える。
ギャハギャハと笑うきっちりとした軍服を着た‶人間〟が、サキュバスの様な半裸の魔族や、鷲鼻の醜い風貌のゴブリンの手を取り、踊り狂っている。
みんな、楽しんでいた。
種族も全く関係なく―――。
「……どうしてイルロンド様が驚いているのですか?」
「え?」
踊る人々を見て、茫然と固まる俺に、シュバルツは不思議そうな目を向ける。
「ファイアーストームはイルロンド様のご提案の素晴らしき祝勝のお祭りでしょう?」
「俺……?」
身に覚えのないことだ。
だが、シュバルツは誇らしげに胸を張る。
「イルロンド様がご提案された文化ではないですか。戦闘に勝ったら宴の最後を巨大な焚火を皆で囲み、踊り明かすファイアーストームでしめる―――と。そこには男も女も人間も……亜人も関係ない。同じ仲間として勝利を分かち合おうと。亜人などと慣れ合うのは誇り高き帝国貴族として、いかんともしがたいですが……」
拳を握り、一見悔しそうに見えるシュバルツだが、広がる踊る人々を見つめ頬をほころばせる。
「これにより―――兵の士気が高くなっていることも確かです」
「そう、なのか?」
「はい―――踊り楽しむことに、種族は関係ありません。炎の前ではみな平等です」
「…………シュバルツの言葉か?」
「いいえ」
いいこというなぁ、と感心したように見るが、彼は否定する。
「イルロンド様の言葉です」
では、とシュバルツは一礼し彼もファイアーストームの中へと参加していく。
彼は蝶の羽のついた年配の妖精族の女性の手を取り、優雅に社交ダンスのような踊りを始めた。
「俺が……この光景を作った?」
これは、この光景は、完全に日本の夏の風物詩だった。
夏の集団宿泊の夜に、子供たちでおこなったキャンプファイアー。
小学校の、大切な思い出だ。
焦げ付いた火の匂いと、飛んでくる蚊と、山特有の湿った土。いいものばかりじゃなかったけど、独特の良さがあった。
そういえば———そこであまり話したことのない子と初めて友達になったんだっけ。
ヤンキーっぽくて近づけなかった奴とも、がり勉でうざったく思っていた奴とも。
綺麗で近づけなかった女の子とも、あのキャンプファイアーをきっかけで仲良くなった。
「こんなの……習ってない……知らない……魔族と人間が仲良く‶遊んでいる〟なんて……アルトナ公国では、帝国は貧しくて人間も魔族も、悪ノ皇帝とその貴族に圧政を強いられて、娯楽もなく、何も楽しいことはなく、ただ———命令を聞くだけの道具になり下がっているって聞いてたのに……」
聖女の身体が震えている。
もしかしたら、聖女の習った知識というのは正し‶かった〟のかもしれない。
ガルシア帝国の貴族と名乗るシュバルツは魔族を亜人と呼び見下しているし、魔族も魔族で一部は人間のことを見下している節がある。
そこには種族の大きな壁があったのかもしれない。
それを———このイルロンド・カイマインドは取っ払った。
ファイアーストームという……日本の夏の風物詩で。
ただ、単純にこの世界でも似たような行事があっただけなのかもしれない。
世界各国、火というものは信仰に使われる傾向にある。
生前、宗教学者というわけではないので、あまり詳しいわけではないのだが、火に意味を持たせない宗教を俺は知らない。
火というものはそれだけで―――神秘的である。
少なくとも、人間は火に神秘的な意味を感じ取る。
だから、同じように火を崇め奉り、このように祝勝の炎を上げる行事が———俺の記憶と全く関係なく生まれてもおかしくない。
それでも……俺はこのファイアーストームという光景が、生前の俺の記憶と結びづいているような気がして仕方がない。
俺の意識が覚醒したのはつい最近だ。
だが———もしかしたらそれ以前も、ほのかなものとしてイルロンド・カイマインドという人物の頭に記憶として生前の俺の記憶が思い浮かんでいたのかもしれない。
ほのかに、俺の人格が影響を与えていたのかもしれない……。
そう思うと———もしかしたら、今、俺が生前の記憶を持って覚醒しているのも、何か意味があるのかもしれない。
そんなことを考えていると……ドサッと隣で音がした。
「うそ……こんなの……私たちは、本当に……何のために戦ってきたというの……何のために戦えばいいの……」
光のない瞳で、茫然と呟いている。
そんな彼女を———俺は、
「……イリア」
名前を呼び、手を伸ばした。
「一緒に、踊ってくれませんか?」
できるだけの優しい笑顔を浮かべて———。
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