第13話 黄昏
フィレノーラ要塞での光景を俺は見ていることしかできなかった。
わああああああああああああああああ!
歓声が聞こえる。
あの後———虐殺の後、ガルシア帝国本隊が乗り込み、フィレノーラ要塞を占拠した。
鬼の軍勢が全ての人間を殺しつくしたこの、無人の要塞を。
俺は人間の将軍———シュバルツ・ゴッドバルドに言われるがまま、フィレノーラ攻略戦に力を貸してくれた兵を労い、酒と食事を振舞った。
要塞の大広間の食堂、屋上、中庭では———
人間、魔族の混成部隊の宴だ。
種族の関係ない宴……その光景を見ても、俺の心は晴れることはなかった。
ずっと———ぽっかりとした穴が開いていた。
それは、彼らが飲み食いしているものが、所詮は略奪品だとか、これから近くの村を占領し食料と金を徴収しなければならないということを憂いているわけではない。
この要塞にいた500人の人間を、皆殺しにしてしまった。
それを黙認してしまったことが、気にかかってしょうがない。
俺は取り返しのつかない間違ったことをしたのではないのか……そう思ってしまう。
このままじゃ、聖女に顔向けができない。
そう———思っていた。
「聖女……ごめん」
「……………」
地下牢に、聖女・イリアは入れられていた。
抵抗する気はないとはいえ、完全に投投したわけではなく、光ノ聖女の能力はまだ健在である。
だから捕虜という扱いをせざるを得ず、フィレノーラ要塞の地下に彼女を幽閉するという扱いを取らざるを得なかった。
まぁ、そういうのはあくまで形式だけ、皇帝である俺は牢の扉を開け、中に入り、備え付けのベッドの上に腰を落とす。
「俺はこの世界のことを何も知らなかった。何も知らなかったせいで、何もできず、この要塞にいた人を誰一人として助けられなかった……君が、必死で守ろうとしていた人間たちを……」
どの面下げて会ったらいいのかわからなかったが、会わないのはもっとダメだろうと思い、恥を忍んでここに来た。
ぶん殴られるかも―――殺されるかもと思った。
だが、聖女は立ち上がり、
「ここから西へ、少し歩いた丘の上に連れて行ってくれませんか?」
と、だけ言った。
◆
聖女、イリアと共に夜の森の中を進む。
誰にも告げていない。
宴で沸くフィレノーラ要塞から、人目を忍んで抜け出し、たいまつ片手に深い木々で覆われた森を歩いている。
これから何処に行こうと言うのか……?
「考えないんですか?」
と、突然聖女がぽつりと言葉を漏らす。
「え……何を?」
「こんな人気のない場所に二人きりになって、暗殺されるなんて思わないの? ガルシア帝国皇帝様が。私は完全にあなたに下ったわけじゃない。私は———あなたの敵なのよ」
「あぁ……なんだ、そんなことか」
「そんなこと?」
「別に君を信用しているとか、殺されることになったとしてもしかたがないとか、そういうことを考えていたわけじゃない……単純に、何も考えていなかっただけだ。頭に、淡々と死んでいったこの地方に生きていた普通の人々の光景が焼き付いていたから」
考える余裕がなかっただけだ。
槍を持って突撃してきた女性たちと、酒で頭を狂って肉欲にふけっていた軍人の男とその欲望の犠牲になっていた女の子たち。
皆、これ以上生きている意味がないとシヴァに判断されて殺された人たち。
その判断を———肯定したくはないが、否定する材料を何も手にできていない自分の無力さと。
そんなことばかり考えていたら、聖女が敵だとか味方だとか、俺が生きるとか死ぬとか、どうでもいいことに使える脳の要領なんてなかった。
「そう」———とだけ、聖女は応えてずんずんと進んで行った。
そうして、暗い雰囲気のまま歩いていった先、木々が開けた先に広がる景色は———地平線まで広がる荒野だった。
ひび割れた大地と枯れた木々が点在している———荒地。
「ここは?」
「‶黄昏の大地〟———魔力が失われて雨も降らなくなった土地。こんな場所がこの世界の至る場所に広がっている。広がり続けている」
ひゅうと吹く風が、聖女の髪を撫で、彼女が顔にかかる髪をおさえる。
「この世界は———確実に滅びに向かっている」
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