第12話 神酒
神の頭が———弾けて飛んだ。
どさりとその身体が、前に倒れて動かなくなる。
「あ」
しま……った。
衝動に任せて殺人をしてしまった……。
【魔眼】の力で———俺は————、
「人を……殺してしまった……」
「人ではありんせん、‶神〟です」
ぱちぱちぱち、という音が背後から聞こえる。
鬼族のシヴァは、俺を称えるように拍手をしていた……だが、その顔に笑みはない。
淡々とした表情、何か他に考えているような。俺を試しているような顔だった。
「シヴァ……俺は、殺しを……」
「おめでとうございますイルロンド様……! 下級の神ではありますが、これで71
「40人も……既に? それは誰が殺したんだ?」
「当然、イルロンド様でございます。神を殺すことなど、悪ノ皇帝であるイルロンド様しかできはしません……」
恭しく、演技っぽく、深く一礼をする。
「そうか……もう、俺は手遅れなんだな……」
自らの手を見つめる。
転生前の意識が、記憶が目覚めた時には既に遅かった。
「何を悔やんでいるでありんすか。イルロンド様、たかが一柱、神を殺しただけでありんしょう?」
「だけって……俺がやったのは殺人だ。それは許されることじゃない……」
どんな理由があっても、それだけはやっちゃダメだと、俺の心に深く刻み込まれている。
「イルロンド様が行ったのは人殺しではありんせん。神殺しでありんす」
「言葉が違うだけだ。こいつはクズだったけど……ちゃんと人の言葉を話す理性的な人間とほぼ変わらない奴だった」
足元に倒れている首なしの神の死体。
「どんな奴でも、法で裁くべきだ」
「イルロンド様が法でありんす。問題はありんせん」
「そういう意味じゃない……それに、俺はそんな考え方はダメだと思う……権力者の考えそのものが法だとすれば、暴走したときに誰も止めることができなくなる」
「そのお考えは、おバカなこのシヴァ・キシンにはわからんでありんす。なんせ剛力将軍と呼ばれ、脳筋とも呼ばれている女でありんすから」
無表情で部屋を見渡すシヴァの様子は、とてもそんな馬鹿な人間には見えなかった。
倒れている……人々……?
「え? ここに居る人たち……どうしたんだ? さっきまで元気に……その、馬鹿なことをしていたよな?」
フィレノーラ要塞の地下に集められた男女はさっきまで頭がおかしくなっていたかのように、性欲に忠実に互いの身体を求めていた。
だが———いつのまにか、糸が切れた人形のように倒れ、動かなくなっていた。
「死んでは……いない、よな?」
起き上がる様子がないから、そう思ったが、よくよく見れば胸が呼吸で上下している。
目をかっぴらいて、ただただ息をしているその有様は不気味で仕方がない。
口から桃色の液体が漏れている。
「もしかして———コレのせいか……?」
先ほど足に当たった盃を拾い上げる。
中に……桃色の液体が入った盃を。
「
ピュー‼
突然、シヴァが指笛を鳴らした。
「
「ええ、神のみが作れる至高の
「それって……」
まるで、麻薬じゃないか。
「そして———神の言葉しか聞こえなくなる」
段々と憎々し気にシヴァの眉根が
「神の言葉しか……だから、さっきの……あの大乱交は行われていたのか……クスリのような酒に頭をやられて、洗脳されて……酷いな」
「ええ、本当に酷いでありんすな」
「じゃあ……しばらくこの人たちをベッドの上に寝かせて、酒が抜けるまで安静にさせないとな」
「いいえ。何を言っているでありんすか? イルロンド様」
「え———?」
ギャギャギャ‼
上から、金切り声が聞こえる。
そして、ドドドドッと地鳴りを伴う着地音が響き、小鬼たちが、ゴブリンが次から次へと振ってきた。
棍棒を持ったゴブリンたち―――。
「あ、あぁ……そうか、彼らに運ばせるんだな? シヴァ」
一瞬、魔物が現れたのでビビったが、こいつらはシヴァの部下であり、俺の支配下にある兵士でもあった。
だから、俺の意図を組んでシヴァが連れてきたんだと思った。
ここにいる人を運ばせるために、シヴァが呼んだものだと思った。
シヴァは手を上げ、部下である小鬼たちに命令を下す。
「皆殺しにしろ」
ギャギャギャギャギャ‼
ゴブリンたちは、棍棒を振り上げ、手あたり次第にその場にいる男も女の頭に振り下ろし始めた。
ぐちゃりと、耳を塞ぎたくなる音が響く。
「な———⁉ 何やってんだああああああああ‼ やめさせろ‼」
近くにいるゴブリンの肩を掴み跳ね飛ばす。
俺の力で簡単に跳ね飛ばされたゴブリンは、尻餅をついて困惑したようにギャギャと唸りキョロキョロと周りを見渡した後、シヴァを見つめる。
シヴァは何も言わずに一つ頷くと、ゴブリンは立ち上がり、またこん棒を振り上げ近くにいた倒れている人間の頭に振り下ろした。
「やめさせろって!」
「何を言っているでありんすか。イルロンド様。もう手遅れだと言ったでありんしょう?」
「手遅れって……でもまだ生きている! この人たちは生きているだろ!」
「ただ、生きているだけです」
「どういう意味だよ⁉」
俺は、目の間に広がるあまりにも残虐な光景に、半ば狂乱状態になってシヴァに噛みつく。
「答えろよ! シヴァ‼ これは虐殺だ! こんなこと許していいわけがない!」
「ここにいる人間———全員二度と起き上がることがないとしてもでありんすか?」
「…………どういう意味だよ?」
「
「……二度と?」
頷くシヴァの目は、嘘を言っている目ではなかった。
「ここにいる、‶神〟に囚われた人間たちは『自分で考える』ということが二度とできなくなった人間です。例え―――この世界が滅びようとも、その能力を取り戻すことができないでありんすよ」
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