第11話 神
ガラガラと崩れる床の下。
俺とシヴァは真っ逆さまに落ちていった。
「うわああああああああああああああっっっ⁉ いっでぇ……‼」
ドンッと尻を強く打ち付けてようやく落下が止まる。
憎らしいことに床を破壊したシヴァは俺の隣に見事に着地をしていた。
「ここは……?」
ぼんやりと明かりが灯っている。
部屋……らしい。それも大きな部屋だ。
「都合よく、目的地についた様子でありんすよ」
「目的地?」
「敵の大将がいる場所を……探していたんでありんしょう?」
ここが———?
そこは地下室だった。
広い、貯蔵倉庫のような空間。
「あ……♡ あぁ……♡ あぁ~いいです~……気持ちいいです♡ 軍人様ぁ~♡」
イヤな声と匂いがする。
充満していた。
この空間には、匂いが充満していた。
「おい! 腰を振れ! ちゃんと締め付けろ! じゃないと
「あぁ~♡ 申し訳ありません……軍人様……頑張ります。頑張りますから……殺さないで……腕を、折らないで……」
軍服を着た男が裸の女の人を後ろから———責め立てている。
両腕を掴みあげ、女の人の尻に自らの股間を乱暴に打ち付けている。
男が掴む手の力が強く、女の人の腕の関節がギリギリと悲鳴を上げている。
そんな光景が———一つや二つじゃなかった。
部屋中に———充満していた。
「何だ……この光景……」
軍人の男と、裸の女が狂乱し、肉欲におぼれていた。
そんな目を覆いたくなるような光景と、桃のような甘い匂いが鼻につく。
思わず鼻を抑える。
「シヴァ……こいつらは……何をやっているんだ?」
「……………」
シヴァは不愉快そうに顔をしかめて、近くにいる軍人の一人の頭をガッと掴んだ。
「———おら、もっと腰を早く振れ! 早く俺を射精させろ! お前は早く孕むんだよォ!」
男は、シヴァに頭部を鷲掴みにされているというのに、全く見向きもしないで抱いている裸の女に向けて一心不乱に腰を打ち付ける。
抱かれている女も、シヴァに目もくれない。ただ嬌声を上げて、快楽におぼれ続けるだけだ。
「はぁ……はぁ……気持ちいい♡ 早く、早く中に出して……! 私を孕ませて! そして————神の奴隷を私に産ませて!」
シヴァが首を振り、男から手を放す。
「ダメでありんすね。イルロンド様、ここにいるのはもはや人ではありんせん。ただ人の形をしている。神の道具です」
ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
純粋に怖かった。
怖くて、一歩下がってしまう。
この部屋には恐らく百人近くの人間がいる。
それら全てが乱交にふけっていた。
誰も———天井が崩れていることにも気づかずに。俺達がいることにも気づかずに。
ただ、口の端から桃色のよだれを垂らして、快楽を求めていた。
「なんだ……何なんだこれ……」
カランと足元で音がした。
木でできた、取っ手付きの樽のような盃。
そこからは桃色の液体が流れていた。
手に取って匂いを嗅いでみると、鼻が曲がりそうな強烈な匂いと、アルコール特有のツンとくる匂いがあった。
———酒だ。
「
アハハハハ—―――と狂乱しているように笑っている真っ白に輝く男がいた。
彼は古代ローマ貴族のようなゆったりとしたウールの服———いわゆるトガと呼ばれる衣装に身を包み、金色の髪を振り乱し、長い耳を、通常の人間の二倍はある耳を真っ赤に染めていた。
「早く子供を産め! 人間ども‼ 裏切り者の‶悪ノ皇帝〟はすぐそこまで迫っている! だけど手が足りない! 神たる僕の手足である人間が足りない! このままだと僕は奴に殺される―――神であるエニュオ様が殺されてしまう! お前たち人間はそんなことを———絶対に許してはならないんだ!」
部屋の中心で、手を振り回してご高説を垂れていた。
その光景を見ながら、俺はシヴァに聞く。
「あれが……もしかして‶神〟ってやつが?」
「ええ。我々魔族を滅ぼそうと企み、人間を支配し、生き延びようとしている哀れな種族———神でありんす」
彼は、俺達に気づく様子はない。
それだけ、彼は混乱していた。
「早く! 早く! 早く! 早く子供を産むんだよ! 若くて健康な男の遺伝子と、若くて頑丈な女の遺伝子を掛け合わせ、ポンポンと僕を守る兵士を産むんだよ! じゃないと僕が死んじゃうだろ! バカな帝国に殺されちゃう! 人間を正しく導けるのは僕たち‶神〟だけだというのに‼ 滅びに向かっている世界を救えるのは、太古から人間を支配している‶神〟だけだというのに———! 人は神のためにあるものだ! だから———この‶人間牧場〟で、性交し続けろ! 何も考えるな! そのための‶酒〟ならいくらでもやる!」
神を名乗る男は、大きな樽を蹴り飛ばす。
そこからピンク色の液体が漏れ出て、床に水溜まりを作る。
「酒だ!」
「あぁ……⁉ 酒だ! 命の水だ!」
零れるピンク色の液体で出来た水溜まりを見つけた男と女が、一斉に群がり、床に舌を付ける。
「コラ‼ 貴様ら! 酒を飲んでもいいが、性交しながらだ! 時間がないんだ! 早く子供を産め! ポンポン産め! あいつが———イルロンドがここに来る前に!」
ドカッと神が近くにいる女を蹴った。
「シヴァ……」
「なんでありんすか?」
なんであいつが気づかないのか不思議でならないが、俺は彼に近づきながら———ある決意をした。
「俺は……普通の人間だ。普通の社会で育った普通の価値観を持っている男で、人殺しなんか絶対にやっちゃいけないことだと思ってる。平和が一番だと思っている……だけど」
俺とシヴァの距離は開き続けている。
だから、俺の言葉は彼女に聞こえていないかもしれない。
だけど、それでも、彼女に聞いてほしかった。
【
「だけど———これはどんな理由があっても許しちゃいけないっていうのはわかるつもりだ!」
俺は———殺意を持って、‶神〟を見つめた。
俺が近寄ってきたところで、ようやく存在に気付いた‶神〟を———。
「貴様⁉ イルロ—――ッ」
彼は最後まで言葉を発することができなかった。
俺の名前を言い切る前に、彼の頭は———爆散したからだ。
スイカのように———中に入った血が四方八方へ弾け飛ぶ。
俺は———生まれてから初めて罪を犯した。
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