第8話 降伏勧告

 フィレノーラ要塞。

 平原の中にポツンとある、黄土色のレンガで出来た四角形の要塞。

 色合いとなめらかで綺麗な壁の形から四角いプリンを思い起こさせるが、いたるところにある小窓から覗く大砲が物々しさを感じさせる。


 これから———俺はあの要塞を攻める。

 悪の皇帝として。


 や、やりたくねぇ……だけど、やるしかない。


 以前ならとっとと降伏して隠居するという選択肢があったが、聖女を保護してしまった以上、そういうわけにはいかない。

 もしも俺が皇帝の座を退いたら、聖女イリアがどんな扱いを受けるかわからないし、おそらく強い彼女のことだ———逃げようと思えばいつでも逃げられるが、聖女という立場が、また戦場に駆り立てるだろう。

 神の尖兵せんぺいとして———。

 そんなことはさせられない。

 だけど、これ以上人は殺したくない。

 だったら———、


「ガッハッハ! この剛力将軍シヴァ・キシン率いる鬼人軍に先陣を任せるとは、流石イルロンド様! 誰が帝国軍将校で有能なのかよくわかっているでありんすな!」


 やぐらの上ではだけた和服を着た鬼の少女———シヴァが大口を開けて笑っていた。


 やぐらの下に見えるは、大量の鬼の兵団。

 ゴブリンを始めとした小鬼がずらりと並び、トロルのような大鬼がその後ろに控えている。


「頼んだぞ、シヴァ・キシン……」


 彼女に、‶鬼〟にこの攻略戦を任せた理由は単純だ。

 ―――数だ。

 やぐらの下に待機しているゴブリンの数は十万を軽く超え、フィレノーラ要塞前の平原に入りきれないほどだった。

 鬼は、特に小鬼に当たる種族は増えやすいらしく、彼女率いる‶鬼族〟だけずば抜けて数が多かった。


「この兵力で……」

「一気に攻め落とすのですな?」

「いや———待機だ」

「え~……」


 俺の指示に不満げに眉を潜めるシヴァだが、俺はこの鬼の軍団を戦わせるつもりは毛頭なかった。

 俺は櫓に立つ、三人目の人物に合図を送る。

 その三人目———髭面の将軍、シュバルツ・ゴッドバルドもあまり乗り気ではない様子で、空中に文字を描く。

 彼の指先が光り、その軌道が残り続け———魔法陣を形成する。


『あ~……あ~……! フィレノーラ要塞にいるアルトナ公国軍に告げる! ただちに降伏せよ! こちらは十万を超えるゴブリンが取り囲んでいる! そちらに勝ち目はない‼ 故に食料が尽きる前に降伏せよ!』


 魔法陣を通してシュバルツの声が、フィレノーラ要塞に届くほど大きく響き渡る。

 

 音響魔法陣———。


 この世界では指先に込めた魔力で、魔法陣を描くことによって魔法は発動する……らしい。

 だから、俺も勉強すればできそうなのだが、ここは皇帝の威厳を示すために部下のシュバルツに任せる。


『あ~……! フィレノーラ要塞、フィレノーラ要塞! 直ちに降伏せよ! そちらがもはや公国軍人は100名もいないことはわかっている! 捕虜の扱いは丁重に行う! 降伏さえしてくれたら命までは奪わない! だから直ちに降伏せよ!』


 俺は———攻める気はない。

 圧倒的な物量差を見せつけ、相手に降伏を促す。これで、平和的に解決する。これが、ベストだ。


 昔読んだ兵法書によると、攻城戦というのは難しく、攻める方は守る方の十倍の兵力が必要になるらしい。

 だから、大量の兵を用意した。十倍どころか千倍の兵力を———。

 公国軍指揮官がどんな人物かは知らないが、兵法に詳しい人物なら絶対に負けるとわかるし、詳しくなくても大地を覆うほどの量のゴブリンがいるのだ。ビビり散らかすだろう。


 だからとっとと正面の大きな門を開いて、降伏してくれるのを望むが———、


「無駄なことを、そうは上手くはいくまいよ」


 ぼそりと隣に立つシヴァが愚痴を漏らす。


「え———?」

 

 一見して、脳筋で忠実な部下だと思っていた鬼のシヴァが、皇帝の聞こえる場所で嫌味を言ったことに対してビックリして振り向く。


「イルロンド様。恐れながら申し上げますが、このようなことをしても無駄でありんすよ」


 皇帝おれに聞こえたことが全く持って問題がないかのようにシヴァは平然としていた。


「無駄じゃないだろ……? フィレノーラ要塞には軍人は100人程度、近くの村から連れてきた民間人含めて500人程度って聖女から聞き出したんだぞ? どうあがいてもこの戦力差は埋められない。馬鹿でもそれくらいわかる」


 だから、普通の神経をしている奴なら———とっとと降伏するのが賢明だとわかるはずだ。


「———それくらいわからない馬鹿というのも、世の中にはいるでありんすよ」


 と———フィレノーラ要塞に動きがあった。

 正面の門が開いたのだ。


 降伏してくれた―――と、俺は胸を躍らせた。


 が———、


「なんだ……あれ……」


 そこから出てきたのは、白旗を掲げる敵将でもなく、聡明そうな使者でもなく。


 布の服だけを着た、何百人もの槍を持った———女性たちだった。


 うわあぁぁぁぁぁぁ…………!

 

 声を上げて一斉に突撃してくる。


 こちらに向かって———。

 ゴブリン部隊に向かって———300人の普通の女たちが———。

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