第6話 聖女を妾にする

「正気ですかイルロンド様⁉ 聖女をめかけにするなど!」


 ボンタロ野営地の指揮本部テントで、髭面将軍シュバルツに聖女イリアの処遇について伝える。


 皇帝イルロンドは聖女イリアの美貌に惚れ、彼女を妾として傍に置く。


 そういうストーリーにするしか、彼女を公国に帰らせず、ここに置いておく方法なかった。


「危険です! 聖女は一人で街を消し去るほどの力を持っている、人間爆弾みたいなものなのですよ⁉ そんな人間を傍に置き続けることなど……こうして拘束もせずに陣内に置いておくことすら危険であるというのに……!」


 シュバルツは眉をひそませ、睨むような目つきをし続けるイリアを指さす。

 彼女は妾、愛人扱いされたのがよほど不服なのか、俺の右腕をつねり続けている。

 痛い。


「大丈夫だ。彼女はもう抵抗する力を残していない。それに、【魔眼】の魅了モードで俺にメロメロになるようにしている。彼女はもう骨抜きだだから大丈……イテテテテ!」


 ギリギリギリ……!

 

 抓る力が強くなる。

 マントで彼女が俺の右腕を掴んでいることを隠せているからいいものを———。

 もしみられていたら、即刻————。


「処刑するべきです! 聖女は神に仕える悪魔の手先! 人間を支配し堕落させている物の先兵なのです!」


 いや、言わんとしようとしていることはわかるが……矛盾している。

 俺が、イルロンドが悪の手先で、人間を堕落させようとしている張本人だろうに……。

 まぁ、そのイルロンドサイドの人間からすると、敵である神が悪魔のような邪悪な思想で人間を支配していると言うしかないが。

 そういう大義名分がなければ、兵を率いることなどできはしないのだから。


「処刑なんてしなくても……大丈夫だって、俺には【魔眼】があるから聖女がすぐに反抗してきたところでそのためのチートスキルだろ?」

「ちぃと……とは何のことかわかりませんが……」


 おっと、この世界にはない概念だったか……。


「えぇっととりあえず【魔眼】があれば大丈夫だから……」

「聖女は信用なりません! 即刻処刑を!」


 しつこいな……。

 どうしてこのオッサンは俺の言うことを聞き入れてくれないのか。

 もしかして、威厳がなさすぎるのか? 

 だったら———、


「おい、シュバルツ。貴様皇帝イルロンドの言葉に逆らうつもりか?」


 なるべく低い声を使って、威厳を出そうとする。

 この程度でこのいかにも歴戦の将軍ですと言った感じのおっさんがビビるとは思えないが———、


「ヒッ、ヒィィィィ! 申し訳ありません、イルロンド様ァァァ!」


 ビビった。

 シュバルツは少し脅しただけなのにビビり散らかしてしまった。

 ……ちょっと引くけど、まぁいい。このままゴリ押して、聖女の居場所を作ってやろう。


「いいか? この私が聖女を妾にすると言ったのだ。このガルシア皇帝イルロンドがな。この帝国では私の言葉が絶対だ! 貴様はそれに黙って従っていればいいのだ」

「ヒィィィ……申し訳ありません……イルロンド様……なにとぞ、何とぞご勘弁を……」

「構わん、今日はもうよい下がれ」

「は、ハイル……イルロンド……!」


 体を震わせながらも手を上げた敬礼をし、いそいそとテントから去っていく。


「いいの? 随分と強引な手を使ったみたいだけど」

「いいさ。まだ事情もよくわからないけど、君を殺すのは間違っていると思うから」

「事情が分からない? あなた悪の皇帝でしょう?」

「あ———」


 転生していきなり成長して皇帝の状態からスタートしていることは聖女に話した方がいいのだろうか?

 まったくもってこの世界のことがわかっていない。

 どうしてイルロンドが悪なのか、どうして神が聖女を使い潰しているのか。

 それを理解するためには、聖女に協力してもらうのが一番いいんだろうな……。


「実は、俺は記憶喪失なんだ」

「は?」

「まだ誰にも悟らせていないんだけど……昨日から以前の記憶が抜け落ちてしまって、みんなから皇帝ってもてはやされているからそういう振りをしないと何をされるかわからないからさ。一応、君みたいに帝国に所属していない人間に味方を作っておいた方がいいと思って……」


 現代日本で死んで気が付いたらこの世界にいたなんて言っても、日本とか異世界とかそういったことに疑問を持たれたら信用を得られず、協力してもらえない可能性があったのでできるだけこのファンタジー世界の住人として違和感なく、わかりやすい話を作った。

 それでも信用してもらえるかは賭けだったが、イリアは顎に手を当てて納得しているように頷く。


「記憶、喪失……なるほど、そう考えれば昨日のあなたの態度も納得がいく。外道皇帝と言われたイルロンドがこんなに優しいはずがない。聖女に情けをかけるはずがない。まさかこんなタイミングのいい記憶喪失があるなんて」


 信じてもらえた。

 イリアは手を合わせ目を閉じ祈る。


「神よ。あなたがもたらしてくれたこの幸運、感謝いたします」


 おいおい、あんたはその神にブラック労働を強いられて、抜け出してる状態だろうが。

 そして、それを俺たちの陣営は倒そうとしているというのに……。

 信仰というのはかなり根深いものなのだと感じた。

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