第4話 可愛そうな聖女様は……あれ、聖女様の様子が……?

 ボンタロ平原での戦いに俺は、イルロンド・カイマインドは勝利した。

 勝利してしまった。

 聖女———イリア・クリュセウスが倒れると神聖アルトナ公国軍は一気に総崩れとなり、陣を逃げ出し、森を挟んだ丘の上のフィレノーラ要塞に籠もった。

 これから、ガルシア帝国はこれから攻城戦を始めるがフィレノーラ要塞が落ちるのも時間の問題だろう。

 こちらには魔道具があり、敵の頼みの綱である聖女はこちらの手の中。

 そのことに対して俺は罪悪感を覚えていた。


 ボンタロ平原の野営地にて―――。


 アルトナ公国軍が使っていたドーム型テントをそのまま利用し、ガルシア帝国軍はフィレノーラ要塞を攻めるための軍の再編を行っている。

 慌しく兵士が駆けまわる中、俺はある場所を目指していた。


「———こ、これはイルロンド様!」


 小さな六角形スクエアテントの前に立つ兵士が俺の方を向き、胸に拳を当てる敬礼をする。

 俺は苦笑しながら手を上げ、リアクションをし尋ねる。


「ここに聖女がいるって聞いたんだけど?」

「ハッ……! イルロンド様が撃破された聖女は確かにここに捕縛しております!」


 捕縛……か。

 彼女が気を失い、俺はずっと彼女を抱きとめていたが、直ぐにガルシア帝国軍がやって来て彼女の身柄を俺から奪い取った。

 まだ、俺は転生したばかりで状況もよくわかっていない。

 だからされるがままに聖女を兵士が連れて行くのを許し、左将軍シュバルツに促されるままに、勝どきを上げさせられた。

 聖女が倒れ、撤退していく公国軍を見送った後。

 俺の前に集まり、整列する兵士かれらの前で手を上げて。

 何を言ったらいいかわからなかったので無言で手を上げただけだったのだが、シュバルツが「ハイル、イルロンドォォ!」と例の如く叫ぶと、兵士が呼応して一斉に叫び出した。

 そしてあれよあれよとボンタロ野営地に連れて行かれ、一番大きく快適な空気のあるドーム型テントへ案内されると、しばらくは皇帝の仕事がないから休むように言われた。

 余暇ができたので、ずっと気になっていた捕えられた聖女の元へとやってきた。

 そういうわけだ。

 テントの幕を開ける。


「な————!」


 そこには目隠しをされ、柱に縛り付けられているイリア・クリュセウスの姿があった。

 猿轡さるぐつわも噛ませられ、手足を柱に絡ませ、身体の真後ろの位置で手錠を使って固定されている。足の平が天を向き、膝で体を支えさせられている酷い大勢だった。


「な、何やってんだ‼ 早く彼女の拘束を解け!」


 入り口を見張っている兵士に言う。


「何をおっしゃられているのです⁉ イルロンド様! そやつにくき聖女です! ここまで雁字搦がんじがらめにしばらなければ、我々が殺されてしまいます!」


 兵士は若干の恐慌状態で答えていた。

 彼の網膜には数時間前の、一個大隊を消し去った閃光の光景が焼き付いているのだろう。


「そんなことをする必要はない! この子は弱っているんだ! 病人だぞ⁉」

「しかし……」

「いいから、手錠のカギをよこせ!」

「ハッ! 申し訳ありませんイルロンド様!」


 一喝し手を伸ばすと凍らせた顔の兵士が俺の手の上に青銅の鍵を乗せる。

 それを手錠の鍵穴に通し、彼女の拘束を緩めていく。


「ふ~……ふ~……ふ~……」


 彼女は猿轡をはめられたままで呼吸がし辛いのか、ずっと荒い鼻息を繰り返していた。

 早く彼女を楽にさせてあげたい。

 その一心で猿轡さるぐつわを外した。

 後ろの兵士が「イルロンド様、危ない」と言って魔銃を聖女に向けたが、ぐったりとした聖女はただ荒い息を口から漏らすばかりだ。


「どうしてこんなになるまで……薬を……彼女に薬を……早く休ませてあげないと」


 と、そう唱えた瞬間、視界に文字が浮かび上がる。


【イリア・クリュセウス—――】


 先ほどと同様のステータス画面か?

 そう思ったが、若干違った。


【———症状:極度疲労 改善方法=十分な休息or太陽草を煎じた薬を処方する】


 この状況の解決方法が表示されている。

 これも【魔眼】のスキルの一つだというのか?


「太陽草だ……」

「は?」

「そんなものは捨てて、太陽草とかいうこの世界の草を潰した薬を持って来い!」


 兵士に声を飛ばすと慌てて彼は魔銃を背中に戻し、駆け出していった。


 ◆


 二時間後———。


 ボンタロ野営地で二番目に大きなドーム型のテントが救護テントだ。

 そこに聖女を連れて行った。

 ガルシア帝国軍に怪我人はおらず、広いテントは彼女のための貸し切り状態となっている。


「ん……」


 地面の上に敷かれた布団の上で、聖女が目を覚ました。


「ここは?」

「ボンタロ平原だよ」

「どうして、私は倒れているの……味方の軍は……⁉」


 俺に焦点を当てると、聖女はバッと飛び起きようとした。

 が、瞬間頭を押さえて呻きだし、背中が布団から離れることはなかった。


「う……!」

「安静にして……まだ寝ていなきゃ……」

「寝ている場合じゃない! イルロンド・カイマインド! 私と神の憎き敵! あんたを……今、この場で殺して、帝国を止めなきゃ……アルトナの民たちが……!」


 ポロポロと涙を零し始める聖女。

 その光景に俺は凄く胸を打たれた。

 過労で頑張りすぎていた、過去の自分を重ねてしまい———思わず彼女の手を取った。


「どうしてそんなに頑張るんだ……自分を傷つけてまで……」

「え?」

「もう、頑張らなくていい。頑張らなくていいんだ……お前は、意識を失うまで頑張ったんたんじゃないか」


 労いの言葉をかけてあげる。

 かけてしまう。

 疲れて、絶不調までに陥ってしまった彼女に対して、そんな言葉を俺はかけずにはいられなかった。


「でも……でも……!」と聖女は変わらずに涙を流しながら、

「私が———私が頑張らないと、あなたが世界を滅ぼしてしまう……!」


「滅ぼさない。俺は支配なんてしないから」


「嘘だ……あなたがアルトナの民を人を虐殺しようとするから、神を滅ぼそうとするから、私は神に選ばれ、力をもたらされた……私には聖女としての責任がある……!力を持ったものとして、たとえ死ぬとしても、あなたを……殺さなければ……! 聖女として……!」


 聖女として……か。

 俺は、気持ちが昂り彼女をギュッと抱きしめた。

 こんなこと、前世の俺だったらしなかっただろうけど。


「大丈夫だよ。責任なんてない。そんなにまで頑張ったんだから、もう頑張らなくていい」

「そんな……わけが……」

「大丈夫……大丈夫……」

「……………」


 そう、言い聞かせると彼女は目を閉じて……静かに眠りに落ちた。


 ◆


 翌朝———。


 俺は聖女が心配で、そのまま救護テントで寝た。

 兵士やシュバルツのような将軍が入ってくると面倒ごとになりそうなので、人払いをして、一日テントに入って来ないように申し伝える。


「ん……」


 目を覚ます。

 全身が痛い。

 聖女、彼女に何かあった場合すぐに対処できるように俺は椅子に座った状態で寝ていた。

 目を開くと、身体を起し俺を見つめている聖女、イリアがいた。


「あぁ……起きたのか……」

「うん……」


 彼女の頬がまだ赤い。

 【魔眼】スキル、【観察モード】でステータスを見る。


【イリア・クリュセウス 適正職業:修道女 年齢:14 体調:好調

精神:平穏 レベル:3 ……】


 戦闘に関する数値は見なくていいので途中で読むのをやめた。

 彼女の体調:好調が精神:平穏ならそれでいい。

 ゆっくり休めたようだな。顔が赤くなっていたので不安に思ったが。


「顔色を見る限り、調子がいいようだから。誰にも見つからないうちにここを抜け出した方がいい。俺は、偽善者だとかなんとか言われようと、もう人が死ぬところを見るのは御免だからな」


 このままここに居ては彼女は処刑されてしまう。

「ええ」と彼女は一言漏らし、

「でも、私がここを抜け出した後、また神聖アルトナ公国に戻ってしまうかもしれないわよ?」

「そして———また敵として対峙するってことか?」


 彼女はこくんと頷く。


「また、疲れて倒れるほど頑張るってことか?」


 彼女はまたこくんと頷いた。


「……それならそれで仕方がない」

「———え?」


 俺に止めることはできない。

 それが彼女の選択なら、強制をすることができない。

 だって、強制というのは俺が一番嫌いな言葉だからだ。

 嫌な上司から〝強制〟的に残業を押し付けられ、俺がどんなに病んだか。

 その俺が人に強制をさせてしまえば、そんな嫌な奴と同じになってしまう。


 それだけは———できなかった。


「それもそれで、あんたの意志だ。俺はあんたの自由を尊重するよ。また敵対することになったとしても、あんたが元気でいてくれるのならそれでいい。その時に俺を倒してくれてもいい」


 本当に倒してくれてもいい。俺は負ける気満々だから。


「そう———じゃあ、」


 布団から抜け出して聖女はこの陣地から出て行って敵陣に帰るのだろう。

 だが、彼女がとった行動は、全く俺の予想外の行動だった。


「え?」


 俺の膝にピトリと手を這わせ、


「———あなたの傍で、悪ノ皇帝あなたがどのように世界を支配するのか、見届けさせてもらうわ」


 そう———うるんだ目を俺に向けてきた。

 いや……だから支配はしないって……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る