第3話 平和が一番なのでとっとと負けることにした。
ボンタロ平原という原っぱのど真ん中で、俺は聖女と対峙していた。
「えっと……」
どうすればいい?
さっきの強烈な閃光で一個大隊を消し去った光景を見た。それを作り出したのは目の前の少女だ。
『イルロンド様! 今日こそその聖女めを血祭りに上げてください―――!』
飛行船からシュバルツの声が響く。
何らかの魔法を使っているのだろう、飛行船の前には巨大な魔法陣が展開してそこから大気がビリビリと震えている。
『———あなた様の【魔眼】による〝破壊〟の力で!」
〝破壊〟? 何の話?
そう思った瞬間、目の前に文字が浮かぶ。先ほどと同様に最初は読むことができない幾何学文字。それがすぐに日本語となる。
【
デストロイ? 何の話だ?
俺は考え込む。
思考に集中するために目を横に走らせ、なんとなしに地面に向けて目を凝らした。
パァン—――っと破裂音がしてその〝場所〟が弾け飛んだ。
「へ…………………?」
何もしていない。
ただ俺は見ていただけ、意識を集中しただけだ。
それだけで、見ていた地点が破壊された。
そういう能力なのか?
もしかしたらこの【魔眼】って相当のチート能力じゃないのか?
「クッ……イルロンド・カイマインド! 悪ノ皇帝! 悪魔の目を宿した魔人よ!」
聖女が動き出す。
十字架の杖をグルグルと回し、目の前に魔法陣を展開し始める。
攻撃する気だ———。
「ちょちょちょ……ちょっと待ってくれ!」
俺は両手を広げて、ギュッと目をつむる。
万が一にでも彼女を見ないように。
「俺は———あんたを攻撃するつもりはないし、この世界を支配するつもりもない!」
「……? どうういうこと?」
先ほどまで聞こえていた、杖を回す音が止み、何となくだが前方から殺気が消えたような気がする。
「あなたは悪ノ皇帝イルロンド・カイマインド! 神ゼアクスの敵であり、魔道という穢れた道具によりマナを汚した大悪人! 人々の救いのため、神のため! 神聖アルトナ公国の〝光ノ聖女〟———イリア・クリュセウスがあなたを断罪してみせる!」
「だから戦う気はないって!」
なんとしても俺を殺そうと息巻いている彼女に対して、俺は声を張り上げた。
「何……?」
「俺は、〝悪〟として転生してしまったみたいだけど……そのままでいるつもりはない!」
さっきの戦争の光景。
あんなものを見せられたら、一刻でも早く、どんな方法を使ってでもこの戦争を終わらせなきゃいけないと思える。
「俺は———降参する」
「は?」
「えぇ……とイルロンド・カイマインド……だっけ? この転生先の皇帝様は……俺は降参してあんたらのところの捕虜になる。それでこの戦争を終わらせてくれ」
平和が一番だからな。
敵に捕まってしまったら、殺されるのではないかと普通だったら考えてしまうかもしれない。
だが、案外敵軍大将というのは捕まっても殺されない。
殺してしまうと残っている敵軍が「復讐だ!」と士気を上げて全く理にかなっていない攻撃を始めてしまうが、生かしていると自国のトップ、いわば神を人質に取られたようなものでそうなるとどうすることもできない。奪還しようと攻め入ろうものなら殺されるかもしれない。だから、何もできない。
そういう状況を作り出せるので、皇帝が公国に下るというのはアリだ。
そして———その後平和的に戦争が終結したら、俺はガルシア帝国から総スカンを食らうだろうが、よほどの下手をうたない限り殺されることはないだろう。
多分———追放される。
そういった無能なトップというのは殺して無駄に恨みを買うよりも、隠居させてじっくりと社会的な信用を削ぎ落す方が国というものは安定する。
つまり———念願のファンタジー世界での
さぁ———俺を捕えてくれ!
「信用できるわけがないじゃない! あなたの【魔眼】は全てを破壊する! 油断したところでその破壊の力を使って瞬殺してくる……なんてことも考えられる!」
確かにそうだ……だけど、この【魔眼】は勝手に発動してしまって、俺にはどうにも制御が……あぁ、でもスローライフのためにはやるしかない!
「信じてくれ! 【魔眼】による〝破壊〟の力だってすぐに消す!」
消えろ消えろ消えろ……破壊の力よ消え去り給え! というかさっきまではそんな視界に入れたものを破壊するなんて力はなかったじゃないか‼
さっきのシュバルツとかいうオッサンのステータスを表示してた画面に切り替えてくれよ!
そう———自分の眼球に訴えかける。
すると―――、
【観察モード起動】
「ほら……大丈夫だから……」
俺はゆっくりと瞼を開いていく。
【魔眼】のメッセージを信じ、目の前にいる聖女へ視線を合わせる。
破壊の力は———発動しなかった。
ビクッと一瞬だけ身をすくませた聖女は自分の身体が破壊されないとわかると、その場に踏ん張り、俺を見つめる。
「本当に……投降するの? 神の軍団の虜囚となる気なの?」
「ああ———戦争なんてダメだ。平和が一番だから……な」
あれ?
俺が発動させている【観察モード】は先ほどの玉座の間でシュバルツのステータスを表示させていたのと同じものだ。
だから———目の前の聖女のステータスが、俺の視界には広がっている。
【イリア・クリュセウス 適正職業:修道女 年齢:14 体調:絶不調
精神:絶望 レベル:3 パワー:999 マジック:999 スピード:999】
ステータスがマックスでチート、レベルがまるで全然低いのに……そんなことはどうでもいい———。
体調:絶不調に精神:絶望———。
よくよく彼女の顔を見れば、ほんのりと赤らんで、辛そうに肩を上下させていた。
「あの……あんた、大丈夫か?」
「何が?」
「辛そうだぞ。辛い時ははっきり辛いって言った方がいいぞ?」
そんなんじゃ過労死しちゃうぞ? という過労死した先輩からの軽口のつもりだった。
「————ッ!」
だが、聖女は一瞬目を見開いたかと思ったら―――糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。
「お、おい!」
俺は地面に向かって受け身を取ることもなく倒れゆく聖女へ駆け寄り、その身体を抱き留めた。
「おい! しっかりしろ!おい!」
「はぁ……はぁ……んっ……!」
聖女は荒い息をしながら、気を失っていた。
腕にかかる重みがやけに軽い。
こんな細くて軽い体で……どれだけの無理を重ねていたんだ?
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
イルロンド陛下がついに聖女を倒されたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
飛行船からシュバルツの声が響く。
「あ、いや、ちが……!」
『それも殺さずに、無力化して捕獲するとは……流石はイルロンド様! これからの公国との交渉の場を我々が有利になるようにお考えなされている! 流石はイルロンド様————ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォ‼」
『ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォォォォ…………‼』
『ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォォォォ…………‼』
飛行船から俺を称える声が響く。
本当にまったく、まるで全然聖女を倒す気なんてなかったのに。
むしろ、直ぐに負けるつもりだったのに……。
なのにどうして、神の最終兵器、聖女は今俺の腕の中で気を失っているんだ……?
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