第2話 聖女・イリアとの出会い
ボンタロ平原という名前の原っぱで俺が皇帝であるガルシア帝国軍と敵国である神聖アルトナ公国との戦いは始まった。
第三次ボンタロ戦争———そう名付けられた戦い。
ファンタジー世界の大軍と大軍のぶつかり合いは俺の目にはまるで———祭りのように見えた。
「戦況は今のところ我が方に有利ですな……」
俺たちは飛行船の中から平原での戦闘を眺めている。
隣で見ているガルシアが呟いているが、戦況は有利どころではない。
「圧倒的じゃないか……」
俺が呟くと———飛行船の窓、直ぐ近くでバーンと爆裂魔法がさく裂した。
神聖アルトナ公国が隊列を組んでこちらへ向けて次々と爆裂魔法を撃ってくる。
だが、それらは全てガルシア帝国の魔導士が杖をかかげ展開する障壁魔法に阻まれている。
円形のバリアのようなその障壁魔法は足元にいるガルシア軍だけではなく、この飛行船にも展開されており、三人の魔導士が赤いオーブの収まった杖を光らせ、必死に敵の攻撃から俺たちを守っている。
相手はポツポツポツと、例えは悪いかもしれないが小雨のように爆裂魔法を撃ってくる。恐らく強力な魔法であるので詠唱をしているのだろう。
それに対してこちらは———、
ダダダダダダダダダダダダダッッッ—――――‼‼‼
横薙ぎのスコールのように氷結魔法がアルトナ公国軍へと降り注ぐ。
鎧を着ている公国軍だが、
「何だ……あれ……」
「
「……俺?」
こいつ……滅茶苦茶ヤバいもの開発してるじゃないか……。
「こんなん、一瞬でこっち勝てるだろ……」
ガルシア帝国軍は圧倒的に強すぎる。
彼らが持っている銃口に青白く光る魔法陣を展開させている銃剣。
詠唱も何もなく、ただトリガーを引くだけで。引き続けるだけで、延々と氷の槍が、氷結魔法が発射され続けていく。
こんなんじゃ……念願のスローライフなんか一瞬で達成してしまう。
世界征服できちまう。
敵がいない世界で、農業でも何でもして暮らしていけちまう。
念願叶う時がそう遠くないと思ったが、何となく気分が悪い……。
「一瞬で勝てる……ですか。公国軍が雑兵のみであるのなら、そうなのでしょう」
蹂躙、いや虐殺とさえいえる戦場の光景にも関わらず、シュバルツは冷や汗をかいていた。
何故……?
どうして、こっちが圧倒的に勝っているこの光景を見て、まるで負けているかのような表情ができるんだ?
これから、負けに向かうかのような表情ができるのだ?
そんなちゃぶ台返しが起こるはずも———、
「——————
言葉と共に———閃光が満ちる。
飛行船の窓から、光の奔流がブリッジを包み完全に視界という概念を失くす。
何も見えなかった。
死んだ……そう思った。
ここがファンタジー世界であるというのに、歴史教育で学んだ愚かな科学の爆弾のことを想起させる。
そんな閃光だった。
「来ましたね……」
シュバルツのくぐもった呟きが聴こえる。
生きていた。俺達は生きていた。
ヒヤッとしたが、俺が乗っている飛行船が墜落するほどの強烈な攻撃ではなかったらしい。
前を見る。
「人…………?」
空に人が浮いていた。
女の子だ。
真っ白な修道服を着ている。十字の杖を持ったまだ、十代半ばぐらいの少女だった。
桃色の髪をもみあげだけを伸ばし、金のリングで縛っている。
静かな雰囲気をたたえた、水の精霊のような子に感じた。
「あれが———〝聖女〟イリア・クリュセウス。神より〝
「最終、兵器……」
いや、女の子じゃないか。
彼女は魔法の力が切れたのか、この飛行船と同じぐらいの高さを飛んでいたが、やがてゆっくりと地上へ向かって降りていく。
「——————ッ⁉」
彼女の落下する様を目で追っていたら、
地上にいた———ガルシア帝国軍が———ない。
いない。とかそういうレベルじゃない。存在そのものがなくなってしまっている。
先ほどまでは魔銃でアルトナ公国軍を一方的に蹂躙していた彼らが、その銃どころか、服の切れ端すらも残さずに蒸発してしまっていた。
わずかに、彼らがいた証しとして地面に人型の影が焼き付いたように残っている。
大量に———。
「うっ……!」
吐き気を催す戦争の光景。
現実の光景だった。
「さぁ! 陛下! お願いいたします!」
「え?」
ふと横を見れば、シュバルツが興奮した様子で俺を見ている。
「今日こそあの憎き聖女めを! あなた様の【魔眼】スキルで、打ち滅ぼしてください!」
「え?」
俺が? あの女の子を?
無理無理無理……そんなのできるわけない。
そんなことを思っていると目の前に〝文字〟が浮かび上がる。
【ΣΔΩΘφ】
読めない……謎の文字だ。
だがそれはすぐに変形し、
【転移モード起動】
俺が読める日本語の文字となる。
転……移……? どこへ?
その答えはすぐにわかった。
思考する間もなく目の前の景色ががらりと変わる。
「え?」
「………………」
まるでテレビのチャンネルが変わるように。
飛行船のブリッジの中から、広い平原のド真ん中へ。
そんなものを勝手に使われては困るんだが。それもこんな場所に……。
目の前には、先ほど軍隊を消滅させた〝聖女〟様がいる。
親の仇のように———俺を睨みつけている聖女様が———。
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