悪ノ皇帝転生。平和が一番なので敵の聖女様にすぐに負けようとしたが、何かあっちがこっちに寝返ってる。

あおき りゅうま

第1話 スローライフがしたいのに、皇帝に転生した。

 俺は死んだ。

 過労死だ

 珍しいことじゃない。

 人手が足りない職場に少ない給料を補うための残業。

 長時間労働にくわえて、上司からかは八つ当たりをされて後輩からは愚痴を聞かされ、俺のストレスは溜まりに溜まっていた。

 だから死んだ。

 人間ってストレスで死ぬ生き物なんだなぁ……と思い知った。

 こんな思いをするぐらいなら草や貝に生まれたかった。

 もし……。

 もし万が一にでも人間に生まれることがあったとしても……社会的な人間には生まれたくない。

 会社や組織に縛られない、悠々自適な放牧民として、農業をしてスローライフをする。

 そんな文明レベルの人間として生まれたい。


 ………………。

 …………。

 ……。


 ◆                ◆                 ◆


「ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼」

「ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼」

「ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼」


 やかましい声に目を覚ます。


 ここは……どこだ?


 ぼんやりとした眼を開き、前を見ると視界一杯に軍服を着た男たちが埋め尽くしている。


「ハーイル‼ イルロンドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼」


 うるさ……。


 草色の軍服を着ているのだから、この男たちは軍人なのだろう。


 彼らは巨大な大広間に集められ、俺はそれらを見下ろしている。

 

 少し高い位置だ。


 ……ん?


 これは、ここは壇上という場所ではないのか?


 そして、俺は深く腰を落として座っている。


 壇上で座っているのだ。


「いかがされましたか? イルロンド様?」


 隣に立っている髭面のいかめしい顔つきの男がじろりと俺を見る。

 

 その胸にはちゃらちゃらと勲章がぶら下がっている。


「お加減でも悪いのですかな?」

「え……とぉ、その俺は誰だ?」

「は?」


 正直に聞いてみた。


 しょうがないだろう、会社で疲れ果てて眠りに落ちて、全身の力がスッと抜けていって「あ……コレ死ぬな……二度と目覚めないな」と思っていて目を開いたら……〝こう〟なんだから。


 まるで夢の中にいるようだ。

 

 もしかしたら、本当に夢の中にいるのかもしれない。


 ちょっとリアルな夢の中に———。


「何をおっしゃっているのです? あなたはイルロンド・カイマインド・バキシム・ブンタ―・テンダベクロ—―――――魔道帝国第五代ガルシア皇帝です」


 名前長。


 …………って、え? 皇帝? 俺が?


 自分の身なりをじっくりと観察してみる。


 腕には白手袋。身体には刺繍ししゅうの入ったぴったりとしたスーツが。そして座っている椅子と尻の間にはマントが挟まり、それは俺の首の隣にある大きな肩パッドから伸びている。


 滅茶苦茶偉そうな格好をしていた。


 それによく見れば、この椅子も金ぴかで腕置きも足の部分にも獅子の頭や月桂樹げっけいじゅの精密な彫刻が形作られていた。


「あの……俺って皇帝ですか?」


 念のため、隣の髭面軍人に確認する。


「そう申しましたよ。イルロンド様。まだお体の調子が悪いのですか? ……無理もありません。イルロンド様は勇敢にもこの戦中ずっと前線で指揮を執っておられましたから、お疲れなのでしょう」


 戦中? 前線? 指揮? 


 不穏なワードが次々と飛び出してくる。


 え……もしかしてこの世界って……今俺がっているこの男ってだいぶヤバい?


「わかりました、イルロンド様。僭越せんえつながらこの左将軍、シュバルツ・ゴッドバルドが陛下に代わりましてお言葉を述べさせていただきます」


 恭しく髭面軍人……シュバルツさんが礼をして、俺の前に立つ。


「聞けぇ……‼ 我が親愛なる帝国軍人たちよ! イルロンド様はこう言っておられる! 

 

 ———この世界は腐っている! 神は腐敗し、人々は無能になり下がってしまっている。このままでは人間は神の奴隷として地を這いまわる豚として滅びるであろう! 

 

 ———それを救うのはこのイルロンド・カイマインド陛下しかおられない! イルロンド陛下に従え! イルロンド様のイルロンド様によるイルロンド様の政治により我々人類は救われるのだ! 


 ———神聖アレクト公国の唱える神主主義では人々は救われない! 我々ガルシア帝国の唱える、皇帝主義! イルロンド様至上主義により、この世界は救われるのだ!」


 シュバルツが手を振り上げると、軍人たちが呼応して雄たけびを上げる。

 

 今、このオッサン凄くヤバいこと言わなかったか?


 皇帝主義?


 民主主義の皇帝版? 民主主義は、「民を主として国を運営する主義」……じゃあ、皇帝主義は……?


「あの……一ついいっスか?」


 このまま流されてはいけないと手を上げる。


「こ、これはこれはイルロンド様……直々にお言葉を頂けるとは光栄の極み……ささ、どうぞ前へ……」


 シュバルツが前を譲る。


 そんなことをされたら、俺が前に出るしかない。


 玉座っぽい椅子から立ち上がって、軍人たちの前に立つ。


 ヤバい、緊張する。でも、正直に言わなければ……。



「俺……戦いバトルじゃなくて、農業スローライフがしたいんだけど……」



 兵士は戸惑うだろう。


 だけどいいんだ。戸惑って信用を失えば、俺は社会的地位も失い、田舎に追放……そうなればノンストレスの悠々自適なスローライフが待っているはずだ。


 皇帝トップとか絶対嫌だ。せっかく転生したのに、そんなストレスフルな人生を送ってたまるものか―――、


「イルロンド様はこういっておられる! 一刻も早く愚かな文明社会を更地にし、その地で新たな種を撒きたいと!」


 は?


 髭面のおっさんが、シュバルツが横からカットインし、俺の言葉を代弁しているかのように演説をし始める。


「行け! 我らが親愛なるガルシア帝国軍人よ! 神に選ばれし〝聖女〟率いるアルトナ公国軍を———打ち滅ぼすのだ!」


 シュバルツが手を上げると、また軍人たちが呼応して声をあげ、ビリビリと空気が振動する。


「出撃せよ――――! そう、イルロンド様はおっしゃられている!」


 言っていない。


 だが、大広間に集まった軍人たちはいっせいにぐるっと踵を返し、ザッザッザと外へ向かって行進していく。


「さ、イルロンド様。またあの憎き〝聖女〟が出てくると思いますが、その時はイルロンド様の【魔眼】スキルでまたよろしくお願いいたします」


 シュバルツが礼をする。


 何のことだよ……。


【シュバルツ・ゴッドバルド 適正職業:軍人 年齢:51

状態:焦燥  レベル:42 パワー:50 ディフェンス:60 スピード:20】


 もしかして、シュバルツのに見えているこれが、そうなんじゃないだろうな?


 こうして……俺のセカンドライフは始まった。


 スローライフを夢見る俺の、悪ノ皇帝としての人生が始まった。


「〝聖女〟って何?」

 

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