第16話 1回目

 裕二には、良太郎の口の動きが見えたようだ。探るような視線を寄越したが、ふたりとも気づかない。


「はいよ。自分ちだと思ってくつろいで」


 それぞれに差し出された紙袋入りの鯛焼きを礼を言って受け取ると、良太郎はカウンター横のドアを開いた。

 彼の後ろについて階上の部屋に入ると、月世は「わあ」と小さな声を上げた。


「何だか小学校か中学校みたいですね。校長室、と資料室を足したみたい」

 

 珍しげに見渡した月世が言うと、良太郎は「ほんとだ!」と声を上げた。

 

「言われてみれば学校っぽいな。実際に資料室だし」

「資料室? 鯛焼き作りの?」

「えーと、どう言ったらいいかな? それより、温かいうちにいただきましょう」

 

 良太郎は月世に大きなソファーを勧め、自分はひとり掛けに座った。楕円形の木のテーブルに用意されたポットから、湯呑みに冷たいほうじ茶を注いで1つを渡す。


「あっ、そう言えば。ごみを置きっぱなしで帰ってすみませんでした。しかも、赤羽さんの分もあったのに出し忘れて」

「いいえ。そういう状況でもなかったですし」

「未開封のペットのお茶は飲んでください。怪しいものは入ってませんから」

「そんなことまで考えてませんよ。いただいておきます」

 

 ほっとした良太郎は、テーブルに置いた鯛焼きに丁寧に手を合わせ「いただきます」と言った。それを見て、月世は意外だというように目を細めた。

 足元とテーブルの上で3獣がそれぞれに頷いていたのだが、月世には見えていないのだから。


 


 先に食べ終えて一息ついた良太郎は、視線を外しながら月世に話しかけた。

 

「裕二のことは、俺が話すべきじゃないかもしれないけど。彼は長壁神社にちょっとしたゆかりがあって、ここはそういう関係の資料部屋だってことだけ言っておきますね」

「長壁神社って、すぐそこの?」

「そうです。神社の御由緒は知ってますか?」

「うっすらと。あの、青山さん」

「はい?」

「敬語で喋らなくていいですよ」

「や、うん。でも、この方が楽かな」

 

 困ったように笑った良太郎は、隣の空いた席の上に視線を移して「はいはい」と言った。

 月世の口元がわずかに歪んだ。


「青山さん」

「はい?」

「今日、最初に言おうと決めてきたことがあります」

「はい」

 

 どこか思い詰めたような月世に対し、良太郎は緊張を隠しきれずに応じた。

 

「信じない人たちをも、神は守るのかって。私だけじゃなくて、この町に住んでる人たち。四神相応なんて、知ってる人でさえ、ちょっとしたおまじないにしか思ってないはずです。家の東北に玄関を作るな程度の。それさえも知らない人がほとんどかもしれません」

「うん、そうだね。でも、そこに在る事実は揺らがない」

「そうでしょうか。私は何を聞かされても、きっと信じる気持ちにはなれません。だから、これから青山さんが時間と労力を使って、気持ちをすり減らしてゆくのは無駄だと言わせてもらいます。意地で言うんじゃありません。考え方の根本が違うんです。父ともそうでした」


 月世は一気に言い切って、ごくごくと茶を飲んだ。


「うん。じゃあ、とりあえず来月の集まりまで」

 

 両手の指をきつく組んで、良太郎は極力抑えた声で言った。

 

「それまで、ただ話を聞いてほしいんです。ちょっとした、うーん、非日常の時間と思って。そうしたら、お母さんにも向き合いやすいんじゃないかな」

「お母さん?」


 月世はわずかに眉をひそめた。

 

「うちの母に何の関係があるんですか?」

「いや、お母さんがどうにか立ち直りを見せるまで、きっとしんどい思いをするだろうから。それはどうしようもない現実だし。だからまずは1ヶ月、馬鹿にしたり笑い飛ばしてもいいから、非日常話を聞いてみませんか? 考えを変えなくても構いません。今ならなんと、無料で鯛焼きも付いてきます」


 いかにもコマーシャル風におどけてみせた良太郎に、月世は降参というように両手を挙げた。


「なるほど。エンターテイメントとしてのテレビショッピングに似てますね。どうぞ始めてください」

「え? え? あれ?」


 良太郎は月世ではなく、周囲の何点かに目を向けて忙しない。


「えーっと、エンターテイメントは娯楽、だな。テレビ、あっ、はい。ショッピングは、そう、はいはい。つまり、買い物してもらいたいという前提はあるけど、視聴するだけでもいいんですよというスタンスで、あっ、すみません。構え、立ち位置かな」


 話しかけられているのが自分ではないと察し、月世は密かにため息をついた。


【ちょっとちょっと、良太郎。月世に呆れられてるわ】

「あ。それって俺のせいじゃなくない?」

【あら、そうなの? どうして?】


 テーブルの上のアケが、こてんと首を傾げる。

 良太郎はそちらを見たものの、応えない。ごくんと喉を鳴らしてから、月世に向き直った。


「お察しでしょうが、この部屋には南の朱雀さま、東の青龍さまもいます。それから」

【我のことは猫と言え、良太郎】


 白虎と口に出すより先に、良太郎の耳に声が届いた。


「えっ?」

【猫で良い。たとえ一瞬ではあれ、娘は我を見ておるはず。それこそが糸口になろう】

「はあ」

【ただし、娘に見えなかったものについて、語ってはならぬ。そこに幽霊が出ると聞けば、枯れ木をそれと見てしまうのがヒトだからの】

「つまり、先入観は禁物と」

【うむ。我をどのような姿と見たか、それを本日の話の柱とせよ】

「ああ。……ああ。ありがとうございます」


 宙をにらんで何度か小さく頷いた良太郎は、改めて月世を見た。


「赤羽さん。猫が好きだって言ってたでしょう?」

「はい?」

「昨日は色々と驚かせてしまったけど、猫のネタで嫌がらせされたって、怒ったことは覚えてますか?」

「……はい」


 月世は真っ赤になってうつむいた。

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