第14話 白い猫

 月世に前日の記憶があって、しかも自分の言動を恥じていると理解した良太郎は、ここぞと身を乗り出した。


「俺たちは、仮にも神霊に仕える身です。四家しけの新しい一員を騙すようなことは絶対しない。八百万やおよろずの神に誓って、あの場には猫がいた。そして、今、ここにも」


 良太郎は、彼にだけ見えている白猫を真っ直ぐ指差した。

 月世は、露骨に眉をひそめる。


「一旦、四神のことは置いておきましょう」

「そこまで? あなた方にとって、その猫はどういう意味を持つんですか?」


【目に見えているものだけが全てではない。それを知らしめるためにここに居る。そう言え】

【おぬしは何故、そう偉そうなのだ】

【そうよ、そうよ。勝手に仕切ってるんじゃないわよ】

 

「あっ、あのですね」


 猫の発言に文句を言うカナヘビと雀に向け、良太郎はぱたぱたと手を振った。


「俺はハ、ええと、提案に乗ります。うん、任されたのは俺だから。ええと、失礼」


 月世の方に向き直り、彼は軽く咳払いをした。


「その猫は、この世には通常の人の目には見えないモノがあることを教えるために、存在しています」

「教える?」


 月世の口調に拒絶の響きを感じて、良太郎は慌てた。


「もうちょっとだけ我慢して。ええっと、いわゆる勘の鋭い人には見える存在で。初級編というか、入門編というか、俺にも赤羽さんにも見えやすいというか。だから朱雀さまと青龍さまが、また呼んでくれました!」


【おい良太郎、何を言い出す】

【なんでそういう話になるのよ】

「だって、そういうことでしょうに」


 カナヘビと雀は不満げだが、白猫は満足そうに瞼を閉じた。良太郎と共に、我が意を得たりと頷く。


「勘違いでもなんでも、昨日の猫について思い出してください。どんな色で、どんな模様だったか。瞳の色、尻尾の長さ、そういうのを。それがどうしても嫌だったら、赤羽さんが飼いたいのはどんな猫か、っていう話をしてもいいですけど」

「私が飼いたかった猫?」

「三毛猫とか黒猫とか、好みがあるでしょう」

「それに何の関係が?」

「だって、この世のものならぬ猫ですよ? 赤羽さんの好きな姿に変身するかもしれないじゃないですか」


【ちょっと、何を考えてるのよ。ハクから遠去かっちゃうじゃないの】

【いや待て。良い案かもしれんぞ】


 ぴょんぴょん飛び跳ねる雀を、カナヘビがたしなめた。


「私の飼いたかった猫……。サバ白ですね。そう、サバ白でした。友だちの家に子猫が生まれて、もらってくれないかって言われたことがあったんです。子猫に触ったのって、あの1回きりで。小ちゃくて、ふわふわで、壊れちゃいそうなのに、とっても元気で。家に帰って、飼いたいって訴えたけど、許してもらえなくて。お店なんて止めちゃってって言って、ものすごく怒られました」

 

 月世は、遠い目をしてとつとつと話した。口元には、ほんのりと笑みが浮かんでいる。


「悪い思い出じゃなさそうですね」

「ええ、そうですね。こんな家なんか大嫌いーとか、よその家の子になりたいとか、ふふ、無茶を言いましたけど。子どもだったんだなぁと思います。思い出すこともなかったですけどね、今の今まで」


【昨日と似ておるな】

【本当だわ。月世ったら、記憶を封じてたのかしら】


【それほどに、陽一郎との仲はこじれていたのか?】


 黙って聞いていたハクが口を開いたので、良太郎も思わずそちらを見た。

 しかし、霊獣たちの話を聞く前に、月世が再び話し始めたので意識を向け直した。


「昨日の猫。サバ白じゃなかったですね」

「じゃあ、そこまで惹かれなかった?」


 平静を装おうとしながら、良太郎は胸を押さえた。

 月世の瞳はやはり遠くを見ている。


「いいえ。それがあまりに……あまりに綺麗だったので」

「そうなんですか?」

「この世のものじゃないっていうなら、わかります。真っ白で。店の中、薄暗かったでしょう? それなのにぽうっと光ってるみたいに白くて。ああ、でも尻尾は真っ白じゃなかったです。長い尻尾を高くぴんっと上げていて。グレーの……薄いグレーの横縞が入っていました」


 月世はハクの姿を正しく描写した。

 胸を押さえていた良太郎の手が、助けを求めるように喉元に伸びた。


「ああ、そうです、ヒメセンのホワイトタイガーの縞模様を思い出しました。ホワイトタイガーの双子が生まれたとき、連れて行ってもらったんです。もちろん全身に、もっと濃い色の模様がありましたけど」

「そ、そんなことありましたっけ」

「ふふ、ヒメセンのサファリランド。大好きでした」


【ホワイトなタイガー! 白色の虎!】

【まさに白虎ではないか】


 忙しなく動く雀とカナヘビを尻目に、置物のように座っていた白猫はすっと背筋を伸ばした。


【自分で言ってて気づかないのかしら、月世ったら!】

【ま、まあ、あれはただ毛色の変わった虎にすぎんからな! 白虎であって白虎ではないと言ってやらねばなるまいが】


「どうです? そこの猫の見た目と合っていますか?」

「はい。ばっちり同じです。やっぱり見たんですね」

「どうだか。私がなんて答えても、その通りですっていうつもりだったんじゃないですか?」


 月世は皮肉な笑いを唇の端に浮かべた。


「じゃあ、答え合わせに行きましょう!」

「え?」


 いさんで立ち上がった良太郎を見上げて、月世は首を傾げた。


「とりあえず、店に降りましょう」

「どうして?」

「裕二に聞いてみるんです」

「え、何を?」

「彼には見えていますから、猫。猫だけじゃない。彼は見える人なんです」


 一緒に行こうと促す良太郎に向けて、月世は唇をさらに歪めた。


「お願いしてたんですか?」

「はい?」

「話を合わせてくれって。猫がいることにしてくれって」

「いやいやいや、そうだとしても無理でしょう。彼にどんな猫が見えるか聞くんですから。赤羽さんに見えたものは教えませんよ」


 良太郎がドアノブに手をかけて振り向くと、多少嫌そうな顔をしながらも月世も立ち上がった。

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