第13話 小さな龍
遊々堂を後にした良太郎は、セイが付いて来ないことにすぐ気がついた。だが、それは珍しいことでもない。
「おかえり。どうだった、皆元気だったか」
家に帰ると、父の光太郎が居間で出迎えてくれた。発音はやや不明瞭ながら、話すことに不自由はない。
母は買い物に出掛けているという。
「そうでもない。どうしてニュースで聞かなかったのか不思議だけど」
その前置きで察したのか、光太郎の表情が曇る。
けれど赤羽陽一郎死亡の知らせは、彼をそこまで落ち込ませなかった。
「そうか。アケさんがにっこりと言ったんなら、本当にそうだったんだな。月世ちゃんといったか、少しでも慰めになったろう」
「いや、それがさ。彼女、わからないんだ」
良太郎は、月世のこと、彼女への教育係に指名されたことを話した。
「俺にそんなことできるのかな。全然できる気しないんだけど」
「やめろと言われなかったんなら、できるんだろう」
「セイさんたちからダメ出しされなかったってこと? アケさんだけじゃなくって、皆んなパニクってる感じだったからなあ」
「それでも、やるしかないだろう」
【やるしかない】
「あ、セイさん。いたんだ」
良太郎が顔を向けた方へと視線を動かして、光太郎はわずかに眉を下げた。
【言っておきたいことがある。部屋に戻れ】
「はい」
父にはもうセイが見えない。
そのことがわかっている良太郎は、少々の気まずさを誤魔化すように敢えて間を置いた。
「毎日本当に暑いねえ。この時期の葬式とか、大変だっただろうね」
「そうだな。本人はにっこりでも、身内はなあ」
「うん。じゃあ、着替えよう。で、ちょっと休むわ」
軽くそう言って居間を出た良太郎は、自室に入るなりセイに言った。
「ひどいよなあ。全国ニュースで流れた事故を、俺たちから隠すなんて」
【何の話だ】
「ふっ。もっと上で仕組んだことですかね」
【だから何だ。儂らの預かり知らぬことだ】
良太郎は、セイの声音に苦々しさを感じた気がして慌てて唇を結んだ。
【それより、金色の髪の娘だが】
「あ、はい? 遊々堂の?」
【そうだ。あの娘に憑いておる龍と話してきた】
「龍? えっ、龍?! すげっ、本物の龍? 龍がいたって?!」
【しつこいっ】
セイは尻尾の先を苛々と振った。
【儂と同じくらいの小さな奴よ。そこいらにおる野良龍と同じ、ただ色が違うだけだ】
「野良の龍がいるの? そこいらに?」
【ここは結界の内ぞ。あんなモノ、いくらでもおる】
「いくらでも?!」
【いちいち驚くでない!】
セイの声の厳しさに、良太郎は慌てて居住まいを正した。
【
「
セイは聞こえなかったふりをする。
【アガリカナグスクの龍と言えばちょっとしたものだと言うておったが、どうだか。なにせ小童だからな】
「アガリ、何って?」
【アガリカナグスク。大和ではなく琉球の龍だそうな。まったく、通じ合うまで時がかかったわ】
「訛りがきつかったの?」
【……儂らが人語で語り合うとでも思っておるのか】
「違うんだ」
呆れた目を向けられて、良太郎はしょんぼりした。
【足を置く国が違えば、儂らのようなモノでも流儀が違うのだ。ともかくあれが言いたかったのは、マキに気づいて欲しい、見て欲しいということだった。憑いてよりこの方気づいてもらえず、そこいらの龍には相手にされず、虚しく過ごしておったそうだ。儂らに巡り逢えたのは天の采配と伏し拝んでおったわ】
「ちょっと待って、ください」
良太郎はわなわなと震えだした手を差し伸べた。
「まさか、安請け合いしたんじゃ、ない、っすよね?」
【任せろなどと言うておらんぞ。そもそも、月世がどうなるかもわからぬではないか。気休めではあろうが、マキを儂らに近づけてみれば良いと言うたまでよ】
「げっ」
思わず声を上げてしまい、良太郎はパチンと我が口を塞いだ。
「近づけるって、どうやって」
【さあ? 小童に何ができるかは知らぬ】
「でもでも、それってヤバいやつじゃない? 近づけたはいいけどうまくいかないって、喰い殺されたりしない?」
我が手で我が身を抱きしめた良太郎に対し、セイは尻尾を鞭のように一振りした。
【あの金龍はヒトが好きなのだ。そのような無礼を言うものではない!】
「ごめんなさいっ」
良太郎の表情はやや緩んだが、まだ疑いを解くには至っていない。上目遣いだし、背中が丸い。
【裕二も、龍が見えたからマキを雇ったのだろう。何代に憑いてきたか知らぬが、まだまだ幼い見た目の龍だ。この世に生きるモノと同じく、頭は体に対して大きく、髭も手足も短く、腹がぽっこりと……ん?】
見えない良太郎に教えようと、金龍の特徴を並べ上げていたセイがふいに黙った。
良太郎は再び我が身を抱きしめている。
「その見た目はヤバいって。爬虫類好きじゃなくても、あっ、ごめんなさい、その見た目にはメロメロだわ。俺でさえ見たいもん、チビ龍。そう言われてみれば、今日の裕二はなんとなく変だった。でもそのうち、マキちゃんは自分が惚れられてるって勘違いするに決まってる! 確かに裕二はイケメンだけど、10歳以上離れてるし、勘違いで惚れさせちゃ可哀想だ」
青ざめてまくしたてる良太郎を見ても、セイはただ不思議そうだ。
【裕二は気の利かぬ男ではなかろう。潤んだ瞳で見つめられればそれと気づくであろうし、遠回しに引かせることもできるはずだ】
「いや、どれだけ持ち上げるんすか」
【据え膳食わぬは何とやらという卑怯者でもなかろうよ】
「そこは認めるけど。いや、案外突っ込むね、セイさん」
【どういう意味だ?】
「もういいです。つき、赤羽さんだけでも大変なのに、マキちゃんまでって」
良太郎はこれみよがしに大きなため息をついたが、素知らぬ様子でかわされて、より落ち込んだだけだった。
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