第11話 記憶の謎
霊獣ネットワーク。
月世が発した言葉は、3人と霊獣たちを大いに楽しませた。
「いいじゃねえか、それ。あくまでもそっちのネットワークってのがミソだな!」
太一は膝を叩いて大笑いである。
「そういう名前のバンドがいませんでしたっけ?」
賢介は、真面目に考え込んだ。
月世は、なんなのこの人たちという顔で肩を引いたまま。
良太郎は恥ずかしそうな顔で、どことなくもじもじしている。
「ええとですね。つき、赤羽さんにどうしても伝えたいことがあれば、遊々堂を使います。そちらから何か伝えたいときは、独り言でもいいし、それが気持ち悪ければ、遊々堂を使ってください。いろいろと急ぎなんで、できる限り毎日、少しずつでも話を聞いてもらえたらありがたいんですが、都合が悪ければ無理しなくていいですから」
「独り言、ですか。まるで式神遣いですねえ」
「いやあ、ずいぶん違いますよ。こっちは、ご厚意に甘える立場ですから」
月世は嫌味のつもりで言ったようだが、良太郎はカナヘビにぺこぺこ頭を下げた。月世から見れば、何もないところへの行為に過ぎないが。
「よし、それじゃあ今日のところはこれで解散だ。月世ちゃん、まだまだゆっくり悲しむ暇もないだろうが、自分の体も大事にな」
「そうですね。お線香もあげられなくて申し訳ないけれど、僕たちも毎日手を合わせますから」
「じゃあ、明日。何時でもいいんで、そこは気にしないでください。よろしくお願いします」
口々に言った3人の男たちが出て行ってから、月世は中から店のシャッターを下ろした。
入り口に一番近いテーブルに、上半身を投げ出すようにして座る。
「……バカみたい」
伸ばした右腕に頭を預けて、彼女は壁にぎっしり並んだお品書きを見上げた。
「神さまがいるんなら、事故なんて起きないっちゅうの! ふざけんな!」
声を漏らして泣き始めた彼女の足元で、それまで座っていた白猫が立ち上がった。その横で、亀も首をにゅっと伸ばす。
【それでは、わしらも帰るとしよう/帰ったら、ちょいと、牛頭天王のところへ寄ってみるかな】
【セイよ、良太郎は熱くなりすぎるきらいがある。しっかりと手綱を引いておけよ】
【ふん。おぬしに言われる筋合いはないわ】
雀と並んでテーブルに乗っていたカナヘビは、白猫の言葉にそっぽを向いた。
【あたしはこの子のそばに居るわ】
羽ばたきながら飛び跳ねたアケを残し、3獣はすうっとシャッターを抜けた。店の表に出ると目を見交わして、かき消すようにいなくなった。
表に出た男たちの方は、しばらく一緒にアーケード街を歩いていた。
「あの子のお話とやらは、圧巻だったなあ。なんだ、あれは一種の才能か」
「記憶力がすっげーんですね」
太一に応じる良太郎に、賢介が違うよというように首を横に振った。
「もちろん、記憶力はいいんだろうさ。でも、なんであんな風に語ったんだろう? いかにもお話って形で」
「え? あれを繰り返し聞かされたからじゃないんですか?」
「そうなのかな」
「覚えたことを話してみなさいって言われたんですよ、陽一郎さんに。ほら、昔は四書五経とか暗記したんでしょう?」
「どこまで昔なんだか。まあ、
「んー。あるんじゃないですか? そういえばうちのばあちゃん、百人一首をきっちり覚えてたんですよ。俺が覚えられなくて苦戦してたときに、もうすらすらと答えちゃって。何年も思い出さなかったのにって、本人もびっくりしてましたもん」
「それは、ままある話だけどね」
「おう、俺の親父も教育勅語っての、覚えてたぞ」
太一がぽんと手を打って加わった。
「それこそ、繰り返し言わされて覚えたんだろうよ」
「そうだったとして、月世さんが今まで忘れていたのは?」
「はいはいっ」
良太郎が歩みを止めて手を挙げた。賢介に指されると、答えつつ歩き始める。
「自分で頭の中から追い出したんだと思いますっ」
「どうして?」
「作り話だ、子どもっぽいとか思って、気に入らなくなったからかな。父親にからかわれた気がしたのかも」
「そうかもしれない。でも僕はそもそも、陽ちゃんがあの口調で語ったとは思えないんだ。あれは、月世さんが進んで組み立て直したお話だと思う」
「えー、なんでそんなことをしたんですか?」
「わからないよ。まあ、アケさんに聞いてみないとね」
「ところでよ、鯛焼き屋は信用できるのか?」
数少ない通行人を気にしていた太一が、いきなり訊ねた。
少し先の四つ角を右に曲がれば遊々堂、というところに差し掛かったせいだろう。
「大丈夫です。信用できる友だちです」
「まあ、
「逢い引きなら、女性の家の近所でしないでしょうに。それと、盗み聞きするような人じゃないんで。あれっ、盗み聞きには呪はどうなるんですか?」
「さてな」
「あえて部屋の外から聞いててくれって頼むのも変だしなあ」
「当たり前だ、馬鹿野郎」
呆れたように言われた良太郎はへらへら笑っていたが、突然「あっ!」と大きな声を出した。
「なんだよ」
「月世さんに水羊羹出すの忘れました! お茶も黙って置きっぱなして」
「うわあ、みんなでやらかしましたね」
「お、おう。残ったペットだけ当たり前に持ってきたけどな」
良太郎は、気を利かせて保冷バッグに入れてきたせいで出し忘れたし、全員が食べた残骸を置きっぱなしで出てきたのだ。
集まりで何か口にするのは珍しいことではなく、容器は陽一郎が片付けてくれるのが習慣化していたせいではある。
「ぬるくなっただろうけど、新品のペットボトルが一本残ってるだけまだましですかね」
「まあ、やっちまったもんは仕方がねえだろ。良太が謝る機会があって良かったじゃねえか。ちゃんと謝っておけよ」
「はい。今後は気を抜かないようにします! じゃ、遊々堂に寄ってくんで。お疲れさまでした!」
3人はそこで3方向へと別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます