第10話 記憶の謎

 霊獣ネットワーク。

 月世が発した言葉は、3人と霊獣たちを大いに楽しませた。


「いいじゃねえか、それ」


 太一は膝を叩いて大笑いである。

 

「そういう名前のバンドがいませんでしたっけ?」

 

 賢介は、真面目に考え込む様子だ。

 月世は、なんなのこの人たちという顔で肩を引いたまま。

 良太郎は恥ずかしそうな顔で、どことなくもじもじしている。

 

「ええとですね。つき、赤羽さんにどうしても伝えたいことがあれば、遊々堂を使います。そちらから何か伝えたいときは、独り言でもいいし、それが気持ち悪ければ、遊々堂に連絡してください。いろいろと急ぎなんで、できる限り毎日、少しずつでも話を聞いてもらえたらありがたいんですが。都合が悪ければ、無理しなくていいですから」

「独り言。まるで式神遣いですねえ」

「いやあ、ずいぶん違いますよ。こっちは、ご厚意に甘えるしかない立場ですから」

 

 月世は嫌味のつもりで言ったようだが、良太郎はカナヘビにぺこぺこ頭を下げた。月世から見れば、何もないところへの行為に過ぎないのだが。

 

「よし、それじゃあ今日のところはこれで解散だ」


 太一が、パンっと1回手を叩いた。


「月世ちゃん、まだまだゆっくり悲しむ暇もないだろうが、自分の体も大事にな」

「そうですね。お線香もあげられなくて申し訳ないけれど、僕たちも毎日手を合わせますから」

「じゃあ、明日。何時でもいいんで、そこは気にしないでください。よろしくお願いします」


 口々に言った3人の男たちが出て行ってから、月世は中から店のシャッターを下ろした。

 入り口に一番近いテーブルに、上半身を投げ出すようにして座る。

 

「……バカみたい」

 

 伸ばした右腕に頭を預けて、彼女は壁にぎっしり並んだお品書きを見上げた。

 

「神さまがいるんなら、こんな急に死なせたりしないでしょっての! ふざけんな!」

 

 声を殺して泣き始めた彼女の足元で、それまで座っていた白猫が立ち上がった。その横で、亀も首をにゅっと伸ばす。

 

【それでは、わしらも帰るとしよう/ちょいと、牛頭天王のところへ寄ってみるかな】

【セイよ、良太郎はすぐ熱くなりすぎる。しっかりと手綱を引いておけよ】

【ふん。おぬしに言われる筋合いはないわ】

 

 雀と並んでテーブルに乗っていたカナヘビは、白猫の言葉にそっぽを向いた。

 

【あたしはこの子のそばに居るわ】

 

 羽ばたきながら飛び跳ねたアケを残し、3獣は目を見交わして、かき消すようにいなくなった。




 表に出た男たちの方は、しばらく一緒にアーケード街を歩いていた。


「あの子のお話とやらは、圧巻だったなあ。なんだ、あれは一種の才能か」

「記憶力がすっげーんですね」


 太一に応じる良太郎に、賢介が違うよというように首を横に振った。


「もちろん、記憶力はいいんだろうさ。でも、なんであんな風に語ったんだろう? いかにもお話って形で」

「え? あれを繰り返し聞かされたからじゃないんですか?」

「そうなのかな」

「覚えたことを話してみなさいって言われたんですよ、大将に。ほら、昔は四書五経とか暗記したんでしょう?」

「どこまで昔なんだか。まあ、父娘おやこのやりとりについては、アケさんも頼りにならない。四神の中では一番、人間の日々の暮らしに目を配っているとは思うんだけどね」

「うんうん。アケさんは人間好きだよな」


 太一がすぐに口を挟んだ。


「クロさんたちは、気さくじゃあるが壁がある。お互いこのくらいで良しとしようって線引きがあるんだ。ハクさんは気位が高いし、セイさんは厳格。お嬢ちゃんが南で、まだマシだったかもしれんぞ」


 良太郎は「マシって言ってもなあ」と頭を掻いた。

 賢介は「いや、確かにアケさんが最も協力的だろうね」と言った後に続けた。

 

「それにしても、あれだけ立派に覚えているものを、全く思い出さなかったなんてことがあるのかな」

「んー。あるんじゃないですか? そういえばうちのばあちゃん、百人一首をきっちり覚えてたんですよ。俺が覚えられなくて苦戦してたときに、もうすらすらと答えちゃって。何年も思い出さなかったのにって、本人もびっくりしてましたもん」

「それは、ままある話だけどね」

「おう、俺の親父も教育勅語っての、覚えてたぞ」

 

 太一がぽんと手を打った。


「それこそ、繰り返し言わされて覚えたんだろうよ」

「そうだったとして、月世さんが今まで忘れていたのは?」

「はいはいっ」


 良太郎が歩みを止めて手を挙げた。賢介に指されると、答えつつ歩き始める。


「自分で頭の中から追い出したんだと思いますっ」

「どうして?」

「作り話だ、子どもっぽいとか思って、気に入らなくなったからかな。父親にからかわれた気がしたのかも」

「そうかもしれない。でも僕はそもそも、陽ちゃんがあの口調で語ったとは思えないんだ。あれは、月世さんが進んで組み立て直したお話だと思う」

「えー、なんでそんなことをしたんですか?」

「わからないよ。まあ、アケさんは……知らないか」


「ところでよ、鯛焼き屋は信用できるのか?」


 数少ない通行人を気にしていた太一が、いきなり訊ねた。

 少し先の四つ角を右に曲がれば遊々堂、というところに差し掛かったせいだろう。


「大丈夫です。信用できる友だちです」

「まあ、しゅの力はよくわかっただろうけどよ。それにだ、おまえとお嬢ちゃんが逢い引きしてるなんて噂が立った日にゃ」

「逢い引きなら、女性の家の近所でしないでしょうに。それと、盗み聞きするようなやつじゃないんで。あれっ、盗み聞きには呪はどうなるんですか?」

「さてな」

「あえて部屋の外から聞いててくれって頼むのも変だしなあ」

「当たり前だ、馬鹿野郎」


 呆れたように言われた良太郎はへらへら笑っていたが、突然「あっ!」と大きな声を出した。


「なんだよ」

「月世さんに水ようかん出すの忘れました! お茶も黙って置きっぱなして」

「うわあ、みんなでやらかしましたね」

「お、おう。残ったペットだけ当たり前に持ってきたけどな」

 

 良太郎は、気を利かせて保冷バッグに入れてきたせいで出し忘れたし、全員が食べた残骸を置きっぱなしで出てきたのだ。

 集まりで何か口にするのは珍しいことではなく、容器は陽一郎が片付けてくれるのが習慣化していたせいではある。


「ぬるくなっただろうけど、新品のペットボトルが一本残ってるだけまだましですかね」

「まあ、やっちまったもんは仕方がねえだろ。謝る機会があって良かったじゃねえか。ちゃんと謝っておけよ」

「はい。今後は気を抜かないようにします! じゃ、遊々堂に寄ってくんで。お疲れさまでした!」


 3人はそこで3方向へと別れた。

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