第7話 本性と現状と

 年上の男性たちにも臆することなく、月世は3人をしっかり見据えた。とはいえ、興奮のせいか声は少々震えている。


「どうぞ、今月の話とやらをなさってください。そのためにここに来たんでしょう?」

「あの、俺たちは本当に代替わりのことは事前に知らされてなくて」

「その点は了解してますから、お気遣いなく。私がお仲間になるという既定路線が気に食わないだけですから」

「うへぇ」

 

 良太郎は撃沈という面持ちだが、他の2人は唇を結んでいるばかりだ。

 

「青山さんも、よく引き受けましたよね。おじさまたちのサークル活動」

「や、サークル活動って」

「明日から大学に行きますから、私。午後からなので夕方、帰宅する前に少しなら、お話を聞く時間は差し上げます。それでよろしいですか」

「あ、はい。あれっ、でもまだ夏休みじゃ?」

「本物のサークル活動があるんです。大学生活最後の発表会がありますから」


 月世は『本物』というところに力を込めて、わざとゆっくり言った。


「そうなんですか。何をやってるんですか?」

「グリークラブ、わかりやすく言えば合唱部ですけど、何か関係あります?」

「いや、ないです。すみません」

 

 良太郎は小さく肩をすくめたたが、意外に感じているのは顔に現れていた。

 

【横柄な女だな】

【ううん、こんなの初めてだわよ。目上のヒトに、失礼な態度をとる子じゃないの。それに、自分からこんなに喋るのも珍しいわ。何か取り憑いてるんじゃないかと思っちゃう】

 

 静かな憤りを見せるカナヘビに、雀が羽ばたきながら言い募った。

 

【む? 何も取り憑いてはおらんぞ/怒りに我を忘れるってやつだね、こりゃ】

 

 亀が言うと、カナヘビが頭を斜めに向けた。

 

【誰に対する怒りだ?】

【父親とその仲間であろう。妙なことに巻き込まれたと思うのだろうよ/うん、それそれ】

「クロさんの言う通りだ。考えてみりゃ、父親も説明を途中放棄して消えたんだ。出てきたのは、訳のわからないおっさんたち。怒るのも当然だな」

【本当だわ!】

 

 月世が握った拳をピクリと震わせ、アケは忙しなく羽ばたいた。

 

【この子、ほとんど泣いてなかった! お母さんが泣いたり喚いたりしてたから、全部引っ込めてたんだわ!】

【それはおかしい。おぬし、後継ぎは大層な泣きみそだと言うておったではないか】


 カナヘビは首を傾ける。


【そうなのよ。毎晩毎晩泣く子だったの。まだ小さかったころだと思うんだけど。それがねえ……】

「ああ、そうだったのか。じゃあ今、妙ちきりんな話を持ち込んだ俺たちに、どれだけ怒ったって当然だ」

【怒りというものは、内に溜め込むとろくなことはない/出しちまったほうがいいね】

【なんだ、おぬしら。横柄と言うた儂が考え無しのようではないか】

 

 太一と雀、亀にカナヘビをちらちらと見ながら、良太郎は月世を気にした。

 

「なんですか、青山さん」

 

 月世は気味悪そうな顔を向けた。

 

「いや、信じてもらえないってわかって言うんだけど。霊獣の皆さん、あなたのことをとても気にかけてますから」

「レ、イ、ジュ、ウ」

 

 先ほど以上に力を込めて言う彼女に、全員の視線が集まった。

 彼女は頭痛がするかのように、こめかみを揉みながら言った。

 

「はいはいはい。子どもの頃父に聞かされたお話。もしかして、白虎だの玄武だのって言う、あれですか? うちは朱雀の家だっていう? 父が、自分の作った物語じゃないって言い張ったお話。ここに? この狭い店に? 集まって? 壁から頭でも突き出してるんですか?」

【むっ? それは/まさか陽一郎、本性の話しかしてないってか? この姿見たらどうなるんだって、なあ?】

 

「えっ、まさか皆、今更恥ずかしいの?」


 良太郎は思わず声を上げた。

 

【恥ずかしいって何?!】

【……なぜ青龍を抜かすのだ?】

【セイよ、それを言うか/今、落ち込むとこじゃねえだろよ】

 

 まるで古代エジプトの置物のように、長い尾を足下に巻き付けて座ったきりの白猫を除き、3獣はわちゃわちゃ騒ぐ。

 

「あなただけが一瞬でも見えたようですが、どうにかならないものですか? さっきから黙ってますが」

 

 賢介が床に向けて語りかけると、月世が反応した。

 

「一瞬見えたって、猫がいたのどうのってことですか? 霊獣の他に、猫までいることにしたいんですか?」

「猫まで」


 月世の言葉を繰り返して、賢介は細く息を吐いた。


「というか。それを話す前に、お父さんからどんな話を聞いたかを知りたいね。君が覚えていることを、我々に教えてもらえないかな?」

 

 賢介は、口元に笑みをたたえて静かに頼んだ。相変わらずきつく唇を結んだままの太一、喉の奥でぐっと音を立てながらも黙ったままの良太郎。彼らを順に見て、月世はふっと諦めたような顔をした。

 

「今の今まで忘れていた話です」

「うん。でも、思い出したんだね」

「……ここに住んでいると、毎日お城が目に入ります。小学6年生でお城ガイドをすることになったとき、私は両親に、そろって来てくれるように頼みました。うちは自営業ですから、参観日とかも2人で来てくれることが多かったんです」

「お城ガイドは、城山小学校の伝統行事だね。ヒメジ城について学習したことを班でまとめて、保護者を実際に案内する」

「はい。当日は、近くにいた観光客も聞いてくれて、とても喜んでもらえました。緊張の反動か、終わってからも興奮状態で、帰るなり仕込みに出ていた父のところに来たんです」

 

 月世は言葉を切って、店の中をぐるっと見回した。

 

「母は、私の夕食の支度を兼ねて、家で煮物やあえ物を作ってから店に持ってくるんです。だから、ここで私は父と2人きりでした。父はまず、上手に発表できたと褒めてくれました。それから、内緒の話をしてやろうと言ったんです。それが皆さんが聞きたがってる話でしょう」

 

 3人の男たちは揃って頷いた。

 

「本当についさっきまで、すっかり忘れてました。当然でしょう。うちが、赤羽家が、朱雀のお世話係だっていうお話。なんですか、それ」

【なんですかそれーじゃないのよう】

 

 アケが泣き声を上げ、月世の頭の上でぴょんぴょん飛び跳ねた。

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