第6話 一子相伝

「代替わりした、と。セイさんが見えない。話に聞いてたのと違う。んー」


 ブツブツ呟きながら考えていた良太郎は、息をぷはあーっと吸って、目を開けた。


「無理っすね!」

 

 笑顔で断言する彼に、年上の2人は呆れた顔を向けた。

 

「セイさんのことが見えなかったら、っていうか、声も聞こえないんですよね? 集まりは絶対参加って親父から聞かされてましたけど、壮大なごっこ遊びだと思ったかも。それこそ、いい年したおっさんたちが何やってんだーっていうか。あ、すんません」

 

 良太郎は2人に軽く頭を下げて、えへへと笑った。

 

「そう言えば、初めてお役のことを聞かされたのって、何歳のときだっけかなあ。俺は、カッケーって思ったっす」

「カッケー?」

「格好いいってことですよ」

 

 首を傾げた太一に、賢介が教えた。


「なんだよ、そのくらい普通に言いやがれ」

「あはは」


 良太郎はけろりと受け流した。

 

「結界っていうのが、そもそも現実離れしてるじゃないですか。平安京や江戸が四神相応の町だっていうのは、納得しますよ。陰陽師がどうたらこうたらって、昔はそうだったのかなって思うし。それが、現代に生きるこの自分が、青龍さまのしもべになるって、そりゃもう、晴れがましいというか」

【こやつ、いざ代替わりとなってもまだ、陰陽師になれると思うておったからな】

 

 セイが鼻で笑うように付け加えたが、良太郎は恥ずかしがりもしない。

 そのとき、彼らの眼前にポンと雀が現れた。

 

【はいはいみなさん、あの子、もうこっちに向かってるわ。ものすごく怖い顔してね】

「怖い顔って、何かあったの?」

 

 真っ先に良太郎が訊いた。

 

【言っていいものかしら?】

【この場で勿体ぶることはない。言ってみろ】

 

 座ったハクが、長い尾の先をピタピタと床に打ち付けながら促した。

 

【ふん、いちいち偉そうだこと。あのね、用事はすぐ済んだのよ。だからか、お母さんとまた話そうと頑張ったわけ。でも、話が噛み合わないでしょ? かなり辛抱してたみたいだけど、挙句に何か、ぴーんときた顔して。そうだったのって飛び上がって、あんなお話黒歴史なのよって毒づいて。席を外してたおばさんが、びっくりして戻ってくるくらい。もちろん、通じてないけど。それであたしもわかったの。このところ陽一郎が、】


 すらすらと話していたアケは、急に口をつぐんだ。

 良太郎が身を乗り出して促す。

 

「陽一郎さんが、何? 黒歴史? 何のこと?」


【3人揃っている。緊急事態ではあるし、続けろ】


 目を閉じたハクが重々しく頷くと、ちょっと嫌そうに首を傾げてアケは続けた。


【あのね。このところ陽一郎は、しきりに月世と2人きりになろうとしていたの。でも、あの子は避けてた。忙しいだのなんだのってね。ノートがどうの、引き出しがどうのって、あたしにはわからない話だなーって聞き流してたんだけど。今にして思えば、改めてお役のことを話そうとしていたんだわ、きっと】


「引き出しのノートに何か、ああ、書き残しちゃダメなんだっけ」

「そりゃあ、あれか。体調が悪かったのか、予感があったのか」


 一人で納得している良太郎をよそに、太一は顎を撫で回して遠い目をした。

 

「女の子ってのは難しいもんだなあ。賢介、お前のとこの3人目、女の子だろう。どうなんだ」

「うちは一緒に道場に通ってますから、剣道の話ならいくらでもできますが。ただ、あの子が後継ぎだったとしたら……どうでしょうね。2人きりで内緒の話をする機会を作れたでしょうか」

 

【ねえねえ、陽一郎は月世の振袖姿の写真を持ち歩いてたでしょ? 見たことあるわよね?】

「あれだろ、鳳凰柄の」


 2人に先んじて、良太郎がアケに応じた。2人もそれぞれに頷く。

 

【鳳凰って言わないの! 陽一郎は朱雀の柄だって信じてたんだから】


 雀は抗議するように羽をばたつかせた。

 

「それがどうかしましたか?」

【あの反物がいいって月世が言ったとき、陽一郎はとっても喜んだのよ。さすが南の後継ぎだって。その話をしたらどうかしら】

「そりゃあ、陽一郎には娘が1人しかいないって知ってたんだから、そうなるわな」

「もう息子は諦めたって言ったのは、小学校の卒業間近だったか」

「えー、女より男に継がせたいって考え、あったんすか?」

 

 良太郎は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「個人の資質と考えれば、女系で継承した方がいいんだろうけど。家単位となると、どうしても男系の方が楽なんだよ。婿を取って苗字を継いでとなると、今の時代、なかなか難しいだろう?」

 

 賢介が説明すると、良太郎は目を見開いた。

 

「ああ、そうか。おかみさんが事情を知らないんだから、婿養子云々は唐突な感じになるのかな? でも、店をやってるから、板前に店を継がせたいって言い抜けることはできますよね」

「それこそ時代錯誤じゃないか。陽ちゃんが長生きすれば、月世さんの子どもに継がせるっていう選択肢もあったんだろうけどね」

「そうですか。でも、差し当たって今日はどうします? せっかくの月一の集まりなのに、このままじゃ今月の話が進まない……ってか、やばっ! 今日は大切な話があったんだった!」


 良太郎が思わず立ち上がると同時に、太一も膝を叩いた。


「そうだよ、今日の話だよ! あれだ、海猫屋の。お前たちもそれか? 耳に入ってるか?」

「ええ。あれは捨ておけないと思いました。陽ちゃんの出番だと思ったんですが、同じですよね?」


 賢介の問いに、2人とも大きく頷いた。


「この件に関しては、ぼやぼやしちゃいられねえ。みんなに言われなくったって、人の一生が儚いことはよーっく、わきまえてる。だから、今日の打ち合わせだって、おろそかにはできんさ。今日のところは3人で、当面のことを話し合うしかないわな。それはそれとして、良太。お前がお嬢ちゃんへの教育係になれ」

「はあっ?!」

 

 太一がビシッと人差し指を突きつけたので、良太郎は大きくのけぞった。

 

「アケさんに手伝ってもらって、月世ちゃんが俺たちのことを信じるようにしろ。跡継ぎだって決まったんだから、なに、ちょっとしたきっかけで出来るはずだ。期限は次の集まりまで。あれだ、お百度参りでもお百度詣ででも、どこまでもやってくれ。仕事なら、親父になんとかしてもらえるだろう」

「いやいやいや、どうやって? 無理でしょうよ。信じてもらってない上にストーカーまがいの行為ですか」


「いいですよ、私は」


 勢いよく戸が開いて、興奮した面持ちの月世がそこにいた。驚いたのは人間たちばかり。

 

「え、聞いてたんですか? どこから?」

 

 あたふたしながら良太郎が訊ねると、彼女は彼を見下すように答えた。

 

「女系より男系の方が継承しやすいってとこです」

「あ、そうですか……?」

「あなたが私を納得させられるかどうか、試してみましょうか」

 

【ふむ。確かにやわやわした娘ではないな】

【でしょ?】

 

 げっそりした良太郎の肩の上では、カナヘビと雀が頷き合った。

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