第6話 他言無用

 男3人は、しばし物思いに耽った。亀は置物のように動かず、猫は猫らしく毛繕いをし、カナヘビはただ尻尾を垂らして棒のように浮かんでいる。


「まあ、それはそれとしてだ、妙に疲れちまった。良太、そこの自販機で冷たいもんでも買ってきてくれ」

 太一が小銭入れを取り出した。

 

「あ、そうっすね。うちに転がってた水ようかんも持ってきてたんでした。冷たい緑茶でいいですか?」

「まかせる。お嬢ちゃんにも買っといてやれや」

 

 500円玉を受け取った良太郎が店を出ると、セイもふわふわ浮かんでついてきた。

 すぐ近くの雑居ビルの前にある自動販売機で、良太郎は100円の緑茶を4本買う。ペットボトルがごとんごとんと取り出し口に落ちてくるたびに、カナヘビはそのそばに寄ってじっと見た。

 

「あーあ、セイさんが1本でも持ってくれたらなあ」

 

 左の脇に1本ずつ挟みながら、良太郎は笑った。

 

【浮かせて運ぶことならできるぞ? 幸い、人通りも絶えておるが】

「いえ、結構です」

 

 間髪入れずに断ったものの、店に戻ったときには戸を開けてもらわねばならない。しかし、中に声をかけるまでもなく、すっと顔をのぞかせた賢介が2本のペットボトルを受け取った。

 

「外から入ると暗いっすね。電気、点けますか?」

「まあ、お嬢ちゃんが戻るまで待とうや。水ようかんは、あー、先にいただくとするか」

 

 太一が手を差し出したので、良太郎は持参した紙袋から保冷バッグを取り出した。

 

「おっ、冷やしてきたのか。気がきくねえ」

【儂が指図したのだ。せっかく冷蔵庫に入れてあったものだからな】

「へえ。セイさん、文明の利器に馴染んでるじゃねえか」

 

 3人はそれぞれに、まずペットボトルのキャップを外し、水ようかんのふたを取ってから「いただきます」と手を合わせた。見つめる3が重々しく頷いてから、付属の小さなプラスチック製スプーンを手にする。

 

「彼女、ここに戻ってきますかね」

 

 ひとすくいに容器の半分くらいを食べてから、良太郎が誰にともなく言った。

 

「そりゃ、帰ってこないと鍵はどうするんだよ。クーラーだって点いてるし」

 

 太一は、はああとため息をついて続けた。

 

「わざわざ何か書き残すってことは、陽一郎め、こうなることを予想してたのかね。でもなあ。このままアケさんのことも見えないんじゃ、どうする?」

【1人分のお役が減ると思ってはいないだろうな?/3人で南も見てくれなきゃ】

「そりゃ無理だ」

「無理ですねえ」

「無理だよ、クロさん」

 

 3人とも口々に言う。

 そこへ、荒々しく戸を開けて月世が戻ってきた。

 

「おう、お袋さんは大丈夫か」

「皆さん、何をしたんですか?」

 

 腰に手を当てて男たちの前に立ちはだかった彼女の顔には、静かな怒りが燃えている。太一はそれに気付かないふりをした。

 

「俺たちのこと、聞いてみたか?」

「聞きました。母は、歴史同好会っていう言葉以外、喋りませんでした。月一の集まりって何? 歴史同好会。うちもだけど、色のついた苗字の人が集まってるよ? 歴史同好会。アケさんって知ってる? 歴史同好会。おかしいでしょ! それで、疲れたわって言って寝ちゃったんですよ!」

「あー、そういう感じかあ」

 

 思わず呟いた良太郎は、ぎろりと睨まれてハッと口を押さえた。

 月世の頭の後ろを飛び回っているアケは、しかし嬉しそうだった。

 

【呪が効いてるって証明できたわね。つまり、この子が後継で間違いないわ! それにね、それにね、帳面、見つけたし! 祭壇にあったの、さっきまで気付かなかった! 行って取ってくるように言ってちょうだい】

「ああ。どんなやつだ?」

【黒くて、あたしくらいの大きさの。帳面は一冊しかないから、すぐわかるわ】

「了解。でも、祭壇にあるってことは、誰かがもう目を通してるんじゃないか?」

【それはないと思うわ。えーとね、黒い覆いは外れるようになってて、その下に書いてあるの。そう言ってちょうだい】

「そうなのかい。なんだ、やっぱりこんな日が来るってわかってたのかよ」


 太一は、せっかく整髪料で整えた髪を、がしがしとかきむしって悩ましげな顔をした。

 

「えーと、月世ちゃん。ご足労だがもう一回家に戻ってだな、祭壇の手帳を持ってきてくれるか。陽一郎の遺品だが」

「どうしてですっ?」

 

 太一の声しか聞こえていなかった月世は、かなり苛ついていたようだ。うんと年上の太一にも噛み付くように返す。

 

「自分に万が一のことがあれば、あんたに見せるようにっていう遺言だ」

「遺言……」

「それでだ。手帳のカバーは外せるから、その下を見てくれ。そこにあんたへのメッセージがある」

 

 具体的な指図に言い返す言葉を失ったのか、急にしゅんと萎れた彼女に集まった視線には、労りが込められている。それを感じとったのか、彼女は力なく頷いて出ていった。

 

「良かったですね。これでやっと話が進む」

「それはどうだか」

「え、どうして疑ってるんですか?」

 

 喜んでいる良太郎に向ける太一の表情は曇っていたし、賢介もゆるゆると首を横に振った。

 

「陽ちゃんが、そこまでの説得力のあるものを書き残したとは思えないな」

「え、2人ともひどくないっすか。陽一郎さんに失礼じゃないすか」

「いや、主に月世さんの問題だと思う。あれほど信じられないっていうには、何か理由があるはずだ」

「信じられない理由ってなんですか?」

「さあね」

「千年以上続いてきたお役ですよ? アケさんや皆んなのことが見えさえすれば、否が応でも信じざるを得ないっていうのに」

「信じられない理由か。じゃ、信じる理由は? 見えるから? 見えなかったらどうだろう」

「見えなかったらって、見えちゃったもん、どうしようもないっすよ」

「想像してごらん。代替わりのとき、見えなかったらどうしたか」

「ああ、それは……」

 

 良太郎は腕を組んでぎゅっと目を瞑り、うーんと唸った。

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