第4話 見えないだけではなく
今にもこぼれ落ちそうな涙を堪えている月世と、いかにも心外だとむくれている太一、こぶしを握りしめた2人の間には緊迫感が漂っていた。
「太一さん、いろいろと、ね。彼女は普段の心持ちじゃないでしょうから」
双方になだめるような仕草を見せながら、賢介が腰を浮かせた。
「ともかく皆さん。代替わりしても皆さんが見えなかった人は、過去にいましたか?」
賢介は、雀から猫と亀、カナヘビへと視線を移しながら訊いた。彼らは彼らで視線を交わした。
【いなかったな?】
【いなかったろう/いたら覚えてるよお】
【でもさ、見えてもすぐには受け入れられないってヒトはいたわね】
【陽一郎は何を教えてきたんだ】
猫と亀、雀の思い出を手繰り寄せるそぶりと違って、カナヘビは尖った物言いをした。
【おぬしら、そこのところを娘に問いただすが良かろう】
「まあ、そうなんだろうけどよ」
太一は一同を見回して、やれやれと首を振った。賢介と良太郎も困ったように目を泳がせる。
【アケよ、おぬしも側で見ていただろう。どうだったのだ、陽一郎はどのように教えていた?】
【何べん同じこと言わせるのよ。始めるのはちょっと遅かったかもしれないけど、ちゃんと話してたわよ。聞かされた方が信じてるかどうか、お腹の中まで見えてるわけじゃないけど】
【儂は、陽一郎が急に渡って行ってから言い始めたわけではないぞ? ずっと言うてやったではないか。なにより覚悟を決めさせろと】
【だから、さっきから言ってるでしょ。陽一郎はできる限りのことはしたんだし、なんていっても遺言があるんだってば!】
「「遺言?!」」
良太郎と太一の声が重なり月世が2人をキッと睨みつけたが、猫と雀は人間に見向きもしない。
【それがそもそもの間違いだと言っているだろう。我らのことは
【文書じゃないわ、言葉そのものよ。預かってるのはあたしだもの】
「まあまあお二方とも。アケさんは……」
賢介が割って入ろうとしたが、猫は牙をむいてグルルと唸り声を上げるばかり。代わりに雀に問いかけたのはカナヘビである。
【おぬし、まさか……陽一郎を】
その声はおののくように震えている。
【それはそれは/穏やかじゃないねえ】
亀も首を振りながら言い立て、男たちは口をつぐんで目を見交わした。
【陽一郎も書き残そうとしていたの。だから、ちゃんと言ったのよ、文書にしちゃ駄目だって。そしたら、あんまり弱り切ってたものだから、あたし、あたし、つい預かったのよ!】
「ええと、それがどういうことなのか、我々が聞いても?」
賢介がそろりと口を挟んだ。
【ヒトには教えないわよ、絶対! とにかく、あたしは陽一郎の遺言を預かってる。でもね、それはあたしの口から、月世にしか明かせない。そのためには、月世が、あたしを見て、聞いてくれなきゃ、どうしようもないってわけなの】
「それは……困りましたね……」
賢介は絞り出すように言葉を発し、後の2人もううんと唸った。
「わっ、私の目の前で、変なお芝居するの、止めてもらえます? そもそもアケって誰?!」
いきなり月世が爆発した。
【気弱かと思えば、まあ】
【やわやわした子じゃないわよ、実のところ】
カナヘビと雀のやりとりに、人間たちも頷く。
そのとき、ブーッブーッと振動音が響いた。
「あ」
カウンターに飛んで行った月世が、置いてあったスマートフォンを掴む。
「おばちゃん、どうしたの?」
(月世ちゃん、お客さんたち、まだいるの?)
「うん」
(ちょっと、いっぺん帰って来れない? まさちゃんが騒ぎ出しちゃって)
拡声されているわけでもなさそうだが、電話越しでも相手の大きな声は男たちにもよく聞こえた。
「え、うん」
振り返った月世に、3人とも行けと仕草で示した。
「わかった。ともかくすぐ帰る。よろしくね」
電話を切ってすぐ戸口に向かう彼女は、心配のせいで怒りをおさめたらしい。
「自宅、すぐそこですし、顔を見せて落ち着かせてきます」
「大丈夫なのか。その、お袋さんだろう」
「私の顔を見れば安心すると思いますから」
太一と月世のやりとりに、他の2人も痛ましそうな顔をした。
そわそわと足踏みをしていた月世は、もう外に出ようとしている。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
「帰ったら、お袋さんに俺らのことを聞くと良い」
「そうしますっ!」
彼女は声だけ残して行った。ついでに雀も【じゃ!】と後について行った。
「いいんですか?」
「
「は?」
「お役に関すること、部外者とは会話が成立しないんだ。知らなかったのかい?」
太一の言葉にぽかんとしている良太郎に、賢介が教えた。
「僕もそうだった。前に話しただろう、母とのやりとりのこと」
良太郎は「あっちゃー」と声に出して、自分の顔をぺちんと叩いた。
「用意周到ですね。それにしても、おかみさん、大丈夫っすかね?」
「心の準備もない、急なことだったからなあ。陽一郎本人は、ずいぶん淡々としてたみたいだが」
【淡々とと言っても、しょうがなかろう/心を残してどうなるもんでもないからね】
「クロさんも淡々としてるよ。アケさんはずいぶん気を揉んでるみたいなのに」
太一と亀の会話に割り込んだ良太郎は、カナヘビに睨まれて肩をすくめた。
【アケもアケだ。陽一郎の教えが足りぬのならば、諭すのがあれの勤めだろう】
「まだ若いよ。これからって考えたとしても」
【ヒトは脆い。ヒトの一生なぞ、瞬きをしている間に終わってしまうわ。儂らがどれだけの代替わりを見てきたと思うておるのか】
言葉に詰まった良太郎はうなだれる。
「弱い人間のひとりとして言えば、奥さんもだけど、この先は月世さんも気がかりです。今は相当気も張っているようですからね」
【張りすぎた糸は切れやすい。そう言いたいんだな、賢介】
猫は青い瞳で、店内にしまわれているのれんを見やった。[小料理 まさ]と染め抜かれたのれんを。
【それにしても、南が手薄になるのは困るな/ここんとこ、港の方が騒がしいよお】
【連中には雀の力が欠かせんぞ】
「港ねえ。蟻やら毛虫やら、よくまあ次々に出てくるもんだ」
【む。
亀とカナヘビ、そして太一の会話に、良太郎が身を乗り出した。
「害虫本体の駆除は、俺らが関わらなくてもちゃんとやってもらえるでしょう?」
「役所が、そのくらいやるだろう。なんせ、現実の人間にも害があるんだからよ。俺らは他人様が手を出さない部分だけ、見てりゃいいんだ」
太一は小鼻を膨らませて腕を組んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます