第4話 4+1匹?
小料理屋の店内。薄暗い中灯りも点けず、3人の男と1人の女が黙りこくっている。
もしも他に同席している人物がいたら、そう見ただろう。
月世の認識からしても、そうだ。
しかしながら3人の男から見れば、ほかに数匹の生き物がいたのだ。
ことに目を引くのは、テーブルの上で翼をばたつかせながら飛び跳ねる1羽の雀だった。
室内に、それも飲食店にあるまじき生き物である。しかも、その雀の後頭部には真っ赤な羽がぴょこんと立っている。たった1枚ではあるけれど、アメリカ先住民の羽飾りのように。
【だからぁ! さっきから言ってるでしょっ! 集まりまでになんとかしようと思ったけど、無理だったの! あたしだって困ってるのよっ! 困ってるなんて生易しいものじゃないの! こんなに困り果てたことないわよ、まったくもって! どんなに頑張っても、全っ然気づいてもらえないなんて! ねえ、この子、あたしに気づかないのよ! そんなことってある?!】
雀というのは、興奮すると羽毛が逆立つのであろうか。全身が妙にけばけばしている雀は、チュンチュンというさえずりそのままの勢いで、男たちに訴えた。
訴えた?
確かにその雀は、やや甲高い大人の女性の声音でもって、人の言葉を操っていた。
【陽一郎があんなことになってから! そう、それはそれはそれはするっと、魂が抜け出ちゃったんだから! 陽一郎ったら、あんなときでもあーって言ったっきり、にっこりして行っちゃったんだからあ】
【おい、にっこりはおかしかろう。魂に目鼻はない】
男3人は誰も口を開かなかったのに、床の方から壮年の男らしき声がかけられた。
至極真面目な声音に、雀はむっとしたように頭を逸らした。
【うるさいわね、あんたってば! こんなときでもつまらないこと言って。いかにもにっこりな
【ふん、雀なんてものは、いつもかまびすしいものだな】
【まあまあ、ハクさんもここはひとつ/アケさんの気持ちもくんでやろうよ】
床近くの別方向から、1人が声色を使い分けたような掛け合いが加わった。
月世を除く3人が見ているものは、先のが猫、後のが亀である。
「まあまあ、みんな落ち着いて」
太一が視線を床に向けて言ったのを見て、月世は露骨に嫌そうな顔をした。
「えーっとだな、月世ちゃん。あんた、この騒ぎが目に入ってない?」
彼は、机と足下に人差し指を向けた。
「騒ぎ? みんな黙ってただけじゃないですか。何なんですか、一体?」
「おいおい、参ったな、こりゃ。クロさん、
【まあ、アケさんから聞いておかしいとは思ってたんだがのお/あっしらも会うのは初めてだもんでね】
1匹の亀から、声の低いのと高いのと2つの返答があった。
【それでもこの娘、ハクのことは見ただろう? 良太郎もそう言うたが】
上からの声に、猫が宙を見上げた。
良太郎の肩先に、1匹のニホンカナヘビがふわふわと縦に長く浮かんでいる。そう。宙に浮かんでいるカナヘビが、声を発したのだ。
【なあ、ハクよ。娘と目が合っただろう?】
【おうよ。だが、今は見えておらんようだな】
カナヘビと猫の会話に、男たちはうーんとうなって首をひねった。
【せっかくの名乗りが、通じておらなんだのか/悔しいねえ。ちょっとおさらいしとく?】
亀はその姿にふさわしく、のんびりした掛け合いを始めた。
【太一が、じゃ、クロさんって言うたな/おまえがクロだって名乗って、あっしがクロだよって名乗った。ここでだいたいの奴が甲羅の中を覗こうとするもんだけど、目も向けないからおかしいと思ったんだ】
良太郎だけがうんうんと頷く。
【おまえ、恥ずかしがり屋だけどとかなんとか、ぬかしたな/そりゃね。あっしは恥ずかしがり屋だから、姿は気にせずよろしくねって言うしかないさ】
【たまには出て来れば良いものを】
カナヘビの突っ込みに、亀は微かに首を振って続けた。
【賢介が名乗って、ハクはたったの一言だ/ハクだ、だけだったな】
【この娘、猫好きであるらしいな。だからといって、そうすましかえったものでもあるまい】
カナヘビが茶々を入れると、猫の目がきらりと光った。
【まあ、からかってやるな。それからお主が名乗ったと/セイであるってね。この姿を毛嫌いするヒトも多いが、気にせんようでなによりだって言ったっけ。あれも、ただ見えてないだけだったんかい】
「そう言えば、セイさんは光太郎に言いつけてやるって言ったろ? 良太が、光太郎が生きててすみませんってな物言いをしたときによ。あのとき、良太が出来もしないこと言ったって指摘したのも、妙な具合に聞こえてたんだなあ」
太一が顎に手をやって言うと、良太郎は頰を赤らめた。
「まあ、それはそれとしてだ。月世ちゃん、あんた、さっきそこで白い猫を見ただろう?」
「えっ」
それまでにも臭いものを嗅がされたような顔をしていた月世は、露骨にしかめっ面をして肩を引いた。
「何ですか! さ、催眠術でも使ってたんですか! 詐欺ですか!」
「いや、その言い方は酷いだろ。俺は見たかどうか知りたいだけだ」
「猫、好きですよ。ええ、好きですとも、猫。食べ物屋だから猫は飼えないって、ずっと言われてて、でも好きですよ。だからって嫌がらせすることないじゃないですか。いもしない猫の幻を見せるなんて! ううん、見えたつもりにさせるなんて! 初対面でこんな仕打ち、最低です」
月世は青白かった顔に今は血を上らせ、目にはうっすらと涙を浮かべていた。
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