エピローグ

 その後の話を少ししましょうか。


 ガーナモントは戦地から帰ってきてそのまま、競馬からは引退となった。軍馬として使った馬は気性が荒くなりがちだから、引退した方が良いでしょう、と調教師のケビンが言ったのだ。


 実際、戦地から帰って来たらあの怖がりだったガーナモントがずいぶん威風堂々とした馬になっちゃってたんだけどね。荒っぽくなったようには見えなかったけど、ケビンは何かを感じ取ったのだろう。引退した方が良いと繰り返し言ったので、私は結局引退に同意した。


 引退したガーナモントは種牡馬となり、私の実家のクランベル伯牧場に繋養された。フェバステイン公爵領では他の牧場から牝馬を連れて来るのに不便だっと考えたからである。元々彼が馴染んでくれていた牧場だからストレスも掛かるまいと思ったのもある。


 私はクラーリアもクランベル伯牧場に預け、早速ガーナモントを種付けした。あんなに仲良しの二匹だもの。やっぱり好き同士で結ばれて欲しいわよね。その結果クラーリアは無事懐妊した。


 翌年、クラーリアは無事に牡馬を出産。父親譲りの青鹿毛の、成長してフルグランジェと名付けられたその馬は、帝国競馬界を震撼させる戦績を残す事になる。


 ガーナモントは競馬には一回しか出ていないのだけど、その競馬が例の嫁取り競馬だった。あれは帝都の貴族がこぞって見に来ていたから、圧勝劇を見せたガーナモントは競馬好きな帝国貴族たちには有名な存在だった。


 それに加えてガーナモントはアクロード様と共に戦場の英雄となり「神馬」とまで讃えられる存在となった。何しろ凱旋式で先導を務めたのだ。貴族どころか平民すら名前を知らぬ者はいない程だったわね。


 そんなガーナモントが種牡馬になったのだ。彼には種付け依頼が殺到するのは当たり前だと言えた。


 マロンドおじ様を筆頭とした(おじ様なんて選りすぐりの牝馬を十頭も連れてきたからね)ランニングホースを生産している貴族を始め「神馬」の名にあやかりたい軍馬生産者まで。牝馬を連れた列がズラーっとクランベル牧場の門前に形成される事になったのだ。


 私もロランも困ってしまって、結局私はガーナモントの種付け料をかなり高額にして、そして種付けの制限を行わなければならなかった。制限無く種付けさせたらガーナモントの健康にも良くないからね。


 結構途方も無い種付け料を設定したんだけど、それでも希望者は引きも切らなかった。中には三倍出すから優先してくれという大貴族もいた。


 しかも、ガーナモントの産駒は非常によく走った。初年度産駒で筆頭の成績を上げたのはフルグランジェだったけど、それ以外にも活躍馬が次々と出て、二年目三年目もすごく強い馬が出た。


 おかげでガーナモントの種牡馬としての人気は落ちるどころか上がる一方。種付け料は年々上げざるを得なくなったのだった。


 ガーナモントの種付け料、公爵家で保有したガーナモントとクラーリアの産駒の活躍による賞金はとんでもない金額となり、フェバステイン公爵家に莫大な利益をもたらしたのだった。


 私はクラーリアを基礎牝馬、ガーナモントを基礎種牡馬とすると共に、北の王国から何頭もランニングホースを輸入して血統の改良に努めた。競馬はだんだんと超長距離は敬遠されるようになり、二千五百メートル前後のレースが好まれるようになった。


 そうするとガーナモントやクラーリアのようにスラっとした馬よりも、ガッチリと筋肉の付いた馬の血筋の方が良いわけで、私は人を派遣して北の王国でそういう馬を探させた。場合よっては競馬で実際に活躍した馬に狙いを付けて、買い取って種牡馬として帝国に連れ帰ったりした。


 そうやって夢中で競馬に取り組んでいる内に、帝国競馬のレベルも上がって、大分後々話になるんだけど、フェバステイン公爵家の馬は競馬の本場、北の王国の大レースに遠征して勝つほどになり、以前とは逆に北の王国から帝国まで馬を買いにバイヤーが来るまでになったのだった。マロンドおじ様が見たら時代が変わったと感涙に咽んだでしょうね。


 こうして、私は公妃として、通称「馬公妃」としてジョッキークラブの名誉会員となり、まぁ、影の理事長と呼ばれる存在となって。影に日向に帝国競馬界をずっと守り育てて行ったのだった。もちろん、アクロード様や皇帝陛下が助けて下さったから出来た事だけどね。


  ◇◇◇


 え? 馬の事ばかりじゃないかって? それ以外、何を私に期待しているの?


 ……まぁ、そうね。


 結婚翌年、私はアクロード様とのお子を産んだ。男の子で、公爵家の跡取り誕生に公爵城はそれはもう沸き立ったわよね。


 アクロード様のキラキラ金髪を継いで生まれた男の子はサリヤーヌと名付けられた。サリヤーヌは流石はアクロード様のお子だけに非常に健康で、活発で、運動神経抜群かつ頭脳優秀な子供に育った。


 そして流石は私の子供だけに馬が大好きだった。いや、ある意味私よりも馬好きだった。それも当たり前かもしれない。私が競争馬を初めて見たのは五歳の時だったんだけど、サリヤーヌが初めて競馬馬に触れたのは零歳だからね。乗ったのも(もちろん私が乗せた)。


 なのでサリヤーヌは生まれた時からランニングホースに親しんで育ち、長じて「馬ぐるい殿下」となってしまった。


 何しろ、頭は良いし運動も出来るので、教師から与えられた課題は軽々とこなし、それ以外の時間はずっと公爵城の馬場で馬に乗っていたのだ。


 これにはアクロード様も呆れ返っていたけどね。「やはり鷹の子供は鷹なのだな」なんて仰っていた。


 そして、調教を付けるだけでは飽き足らず、サリヤーヌは遂に競馬場で騎手として活躍するようになってしまった。これには流石に危険だからと反対した私とアクロード様にサリヤーヌは涼しい顔でこう言った。


「父上も騎手を務めた事があると聞いております」


 ……これには私もアクロード様もぐうの音も出なかったわね。


 美貌の次期公爵として社交界で既に大人気のサリヤーヌが、騎手として活躍するようになったおかげで、競馬場には貴族令嬢が殺到。平民のお嬢様までもがサリヤーヌを一目見ようと競馬場に詰め掛けて、彼に黄色い声援を送るようになったのだった。


 いや、その、まぁ、おかげで競馬が盛り上がって、貴族だけでなく裕福な平民までもがジョッキークラブの会員になりたがるようになり、観覧席にはいつの間にか平民用の大スタンドが別に建設されて、平民たちが詰め掛けて競馬に興じるようになって、帝国の競馬会は発展拡大の一途を辿ったので、良いんだけどね。


 アクロード様は公爵位を継いで筆頭大臣、そして騎士団長として帝国政界の文字通りトップに立った。親友である皇帝陛下と協力して帝国をしっかりと舵取りしていったわね。名将として名高い彼が軍を率いて帝国が負けることはついぞなかったわよ。アクロード様は「君に馬について任せられるから私は人に集中できるのだ」って言って下さったけどね。


 皇帝陛下からも筆頭大臣のアクロード様からも馬の事について丸投げされている私は「馬公妃」として絶大な権力を振るい、おかげで帝国は他国人から「馬が人より優遇されている」とまで言われるようになったらしい。私の後にはサリヤーヌも控えているし(彼も当然、公爵にして筆頭大臣として馬を大事にするだろうからね)帝国の馬優先は当分続く事でしょう。


 私とアクロード様はサリヤーヌの他にも一男二女を得た。もちろん、みんな馬好きに育ったわよ(サリヤーヌ程では無いけども)家族全員で一緒に馬に乗ったり、馬の世話をしたり出来たのも、アクロード様が公爵城に馬場を造って下さったおかげよね。


 そのアクロード様は公爵閣下になっても何にも変わらなかったわよ。いつも凛々しく、麗しく、そして暖かくてお優しい。私の馬についての暴走にも笑って対応して下さった。子供達に対しても厳しいところは何にもなくて(これは家の子供達が皆良い子に育ったからかもしれないけど)、大らかで鷹揚だった。これはお義父様に似たんだろうね。


 私との仲も変わらなくて、ずっと私だけを愛して下さった。貴族なんて浮気が当たり前なんだけど、その気配も無かった。不思議よね。こんな馬優先、人より馬が好きと公言する馬ぐるい女をどうしてここまで一途に愛して下さるのだろうか。


 ある時、二人でくつろいでいた時の事だった。ソファーに座って二人でお茶を飲みながらお話をしていたんだけど、ふと、アクロード様が仰ったのだ。


「結局、私はあの頃、人が嫌いになりつつあったのだと思う」


 戦場では殺し合いをして、社交界では笑顔の仮面を着けて我慢して、その上で次期公爵として隙を見せられない生活を送っていたアクロード様は、私と出会った頃にはかなりの人間不信に陥っていたらしい。そのため、群がる貴族令嬢には興味が湧かず、早く結婚しろとお義父様やお義母様に言い続けられてすっかり困っていたそうだ。


「だから、半分馬みたいな君と出会って惹かれたのではないかな」


 私は吹き出した。半分馬! そんな事を言われたのは初めてだったけど、非常に的確な表現だ。確かに私は人より馬に惹かれ、出来れば馬になりたいくらいに思っていたものね。


「うふふ、その半分馬の私を娶ったら、どうでしたか? ご期待には沿えました?」


「勿論だとも。君以外とだったらこんな面白い結婚生活は送れてはおらぬだろうよ。私の見る目と選択に誤りはなかった」


 それはようございました。結局、馬ぐるい女であった事がアクロード様と結婚出来た原因だったというのだから、人生って分からないわね。馬が繋いだ二人の縁のおかげで、私はこんな素敵な夫を得られて、幸せになれた。何もかも馬のおかげ。馬に感謝感謝だ。


 私はその恩を返すために、一生馬のために尽くす事でしょう。勿論、アクロード様と、子供達と一緒にね。きっとそうすれば、私は馬に囲まれ家族に囲まれて、一生幸せでいられる事でしょうから。


 私は馬を大好きになって本当に良かったわ!


――――――――

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「私をそんな二つ名で呼ばないで下さい! じゃじゃ馬姫の天下取り 」(SQEXノベル)イラストは碧風羽様。「貧乏騎士に嫁入りしたはずが!? 」(PASH!ブックス)イラストはののまろ様です。好評発売中です! 買ってねー(o゜▽゜)貧乏騎士のコミカライズもお楽しみに!

 

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