第68話 忍術バトル、そして決着

 

 ――アクア SIDE――


 不敵に笑うサイトウを目の前にして私は気合を入れなおす。

 B級探索者を恐れていないということは、少なくともA級以上の実力はあるという自信があるのだろう。


「さて、まぐれで防がれた可能性もありますし……もう一発いっときますか。盗技、『千本桜』」

「ふはは、何度来ても同じでござ――ぐはぁ!?」


 サイトウは私の短剣を防ぎきれずにダメージを受ける。

 そして、慌てて私から距離を取った。


「しまったでござる。剣を逆手に持ち替えていたのを忘れていたでござる……そして、逆手だと普通に使いにくいでござる」

「確かに忍者って剣を逆手に持ってるイメージありますが……やっぱり使いにくかったんですね」

「逆手の方がカッコ良いのでござるが……やっぱり普通に持つでござる」


 お喋り好きのサイトウは剣を持ち替えて高らかに笑う。


「アクア殿の職業ジョブは確か基本職の盗賊シーフ、忍者はその上級職でござる。すでに盗賊シーフを卒業している拙者に勝てる道理がござらんな?」

「貴方は盗賊シーフを極めずに途中で辞めて忍者になっただけでしょう? 卒業じゃなくて中退ですよ、中退」

「ほう、ならアクア殿はこんな事ができるでござるか?」


 サイトウは手で印を結ぶと、大きく息を吸い込む。


(……何か、来る!)


 私は咄嗟に屋根の上まで飛びのくと、サイトウの口から火炎が放たれた。

 上まで逃げた私の下には、火炎で焼かれた裏路地の通路が目に映る。


「ふはは……ゲホッ! どうでござるか……ゲホッ! 拙者の火遁かとんの術の威力は……ゲッホゲホッ!」

「めっちゃむせてるじゃないですか……」

「忍術、そして忍法――闇夜に隠れて忍ぶために拙者が体得した技の数々でお命頂戴するでござる!」

「こんだけ派手に火炎を吐いて、どこが忍んでるんですか……」


 呆れつつ、私は屋根の上から跳び降りてサイトウの目の前に行く。


「それに、火遁くらい私にもできますよ?」

「ふん、無理でござるな! それに拙者は『火鼠の衣』を装備しているから火炎は効かんでござる!」

「じゃあ、勝負といきましょうか――火遁の術!」


 私はサイトウが結んでいた印を真似して手を動かす。

 サイトウは自分に火炎が効かないと確信しているのだろう、特に防ぐこともせず腕を組んで余裕で笑っている。

 そして私は口から吐き出した。

 ――タコの墨を。


 特性フィート解放。

オクトパスの墨:貴方は墨を吐ける。

(食用にもできる。墨スパゲッティにどうぞ)


 私のタコ墨がサイトウの両目に付着する。


「ぐぁぁぁ!? これ火遁じゃないでござる!」

「すみません、吐くものを間違えちゃいました」

「目が! 前が見えねぇでござる!」

「さて、その状態で防げますか? 『千本桜』」

「――舐めんなぁ! でござる!」


 視界を完全に潰した状態で私はサイトウに『千本桜』を発動する。


  ――ギギギギィン!


 しかし、サイトウは視界が無い状態でまた見事に私の攻撃を防ぎ切った。


「うぉぉっし! 勘が当たったでござる! 拙者すげぇぇ!」

「チッ、やりますね!」


 偶然だけではないだろう。

 サイトウの確かな戦闘経験が私の攻撃を読み切ったのだ。


(このエセ忍者……ふざけている癖にマジで強いですね)


 目に付着した墨を拭いきると、サイトウは人差し指をチッチッチッと左右に振る。


「アクア殿、恐らくお主の敏捷性は精々2000と言ったところでござろう? その程度じゃ拙者を負かすことは出来んでござる。手数が足りんでござるな」

「……なるほど。じゃあ、もう少し増やしてみましょうか? 手数」

「ふふふ、手数というのはそう簡単に増やせるモノじゃないでござるよ。敏捷性が突然大幅に上がるとでも言うのでござるか?」


 サイトウは「ニーンニンニン!」と声を上げて笑う。

 腹の立つ笑い方だ。

 そして私には『手数を増やす』方法があった。


「もう少し本気を出しますね? 『千本桜』」

「だから、何度やっても無駄でござる!」

「――4分咲き」


 私は再三の『千本桜』を発動する。

 しかし、今度のは特別だ。


「うおぉぉ!?」


――ギギギギギギギギィン!


 さっきの倍の数の金属音が裏路地に響く。

 私の攻撃をかろうじて受けきったサイトウは明らかに焦っていた。


「ほ、本当に2倍の量の斬撃がきたでござる! これは一体……!?」

「流石です。さて、何分なんぶ咲きまで防げるでしょうか? 『千本桜』8分咲き!」

「8!? 今のさらに2倍でござるか!?」


――ギギギギギギィン!


「ぐはぁぁ!?」


 最初の数発をさばき切ったサイトウだったが、途中からは目で追えなくなりダメージを負う。

 何が起こっているのか、全く分からずに混乱している様子だ。


「くっ! に、忍法! 『土遁の術』!」


 たまらず、サイトウはスキルを発動する。

 地面が隆起すると、アスファルトの隙間から大量の木の根が伸びる。

 そして、細い枝が私の身体を拘束した。


「な、なんでござるか……は!?」

「あら、バレちゃいましたか」


 私の2本の腕……そして、手品師の短剣クラウンソードを持った6本の触手がサイトウの目に映る。

 私は自分を捕らえている木の枝を全ての短剣で斬り払い、拘束から抜けた。


「貴方のご忠告通り、"手数"を増やしてみました。文字通りの意味で」

「ま、まさか……忍術の奥義、『変化の術』でござるか!?」

「まぁ、そんなところです。残念ながら貴方が私に勝てるのは口数だけみたいですね。――それじゃあ、ここから先も私のターンです」


 私はさらに2本の触手を出して、増やした手品師の短剣クラウンソードを持たせる。


「『千本桜』……満開!」

「マズいでござる! に、逃げ――」

「逃がしませんよ!」


 2本の腕と8本の触手、合計10本の剣による『千本桜』が発動する。

 通常の『千本桜』の5倍の手数による猛攻に、サイトウはなすすべなく私の攻撃を受けた。


 ――ドサリ。


「ふぅ……何とか倒せましたね」


 振り返り、私は倒れているサイトウを確認する。

 すると、そこに倒れていたのはサイトウではなく――。

 黒装束を着させられた丸太だった。

 顔に当たる部分には下手くそな『へのへのもへじ』が書かれている。

 そして「変わり身の術でござる! さらば!」と書かれた張り紙が丸太に貼ってあった。


「に、逃げられた……?」


 何だかドッと疲れた私は大きくため息を吐いた。

 そして、自分の短剣についたサイトウの血を見る。


(モンスターからは血が出ません。恐らく魔族も同じでしょう。……とすると、恐らくサイトウは"人間"ですね。どうして自分を魔族と言い張っているのでしょうか……? 捕まえて聞き出したかったですね……)


「まぁ、そんなことより急いで時雨ちゃんやルリアさんを助けに行きましょう!」



 フロスティア王国4番街、小町通り。

 ――勝者、アクア。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

 ちなみに桜は一、三、五、七分咲き、満開しかないそうです。

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