第65話 ミスト王国を奪還せよ!


「まぁ、でも異世界に居た時の俺がどうであれは本当に弱くなっちゃったから」


 俺がそう言うと、ルリアは俺の身体をジロジロと見る。

 アクアがまた少し威嚇している。


「……確かにアンタ、何か異世界に居た時よりも少し頼りない感じがするわ。思ったよりも簡単に投げ飛ばせちゃったし」

「まさかお姫様が一本背負いしてくるなんて思わないでしょ……。それに、俺はレベル1に戻されちゃったから。ルリアだって、そうでしょ?」

「いいえ? 私のステータスは異世界に居た時のままよ。クエストを受ける際に持っていた特性フィートは失ったままだけど」

「えぇ!? 何で!?」


 少し考えた後、ルリアは結論付ける。


「SSSランククエスト『英雄の誕生』……『クエスト達成時、異世界で得た経験値は現実世界に戻った際に失う』。多分、私はクエスト"失敗"したから失わないってワケね」

「何それっ!? ズルい!」

「そもそも、この隠しクエスト自体が胡散臭いじゃない。今更文句言っても仕方がないわ……まぁ、そんな話よりとにかく――これで準備が整ったワケね」

「準備って? 何の準備ですか?」


 アクアの質問に、ルリアは髪を手でなびかせて答える。


「当然、にっくきモンスターどもに占領されている我が国――『ミスト王国』を奪還するのよ」

「そっか! フロスティア王国も協力してくれるだろうし、きっとできるよ!」


 時雨の言葉にルリアは首を横に振る。


「いいえ、フロスティアの手なんて借りないわ。借りてたまるモンですか」

「えぇ!? なんで!?」

「少し長くなるけど、聞いてくれるかしら?」

「うん! 聞かせてください、お姫様!」


 ルリアは部屋の装飾として置かれているフロスティアの王子の小さな胸像を手に取る。

 あのダンス会場でルリアが無視した王子だ。

 そして、ボールでも扱うかのようにくるくると指で回しながら説明を始める。


「ミスト王国にモンスターの大群が攻め込んで来た時、私は国民たちを転移魔法でこのフロスティア王国の近くに飛ばしたわ。なぜならここが一番近い国だったから。私の転移魔法で逃がすことができる限界の距離がそこまでだったし、あらかじめフロスティアの王子――セバストリ・フロスティアには緊急時に国民の保護をお願いしていた。そのための保険金も支払っていたの。アイツ、私の事が好きらしくてセクハラじみたことを何度も強要してきたわ。異世界に行く前の私はマイナス特性フィートのせいで病弱で気弱で、それに国民の安全の為を思って強くは拒絶できなかったの」


 指で回していたセバストリ王子の胸像の回転を止めると、ルリアは怒りをぶつけるかのように王子の顔面を簡単に握り潰す。

 嫌みったらしいほどに笑顔だったセバストリ王子の表情が歪まされて悲しんでいる表情に変えられた。


「そんな酷い……王女様にセクハラするなんて」

「えぇ、私は国民の安全を人質に取られて……酷いことをされても我慢するしかなかったの……小国のか弱い王女だから」


 ちなみに俺の鑑定によると今ルリアが潰した像は銅で出来ている。


「でも、フロスティアは契約を破り避難してきたミスト王国の人々を奴隷のように強制労働させているわ。王女である私が死んだと思って約束を反故ほごにしたのね。国民との接触を禁じられた私はせめて演説をすることを承諾させて遠目から確認したの。私が国民たちの異変に気が付かないとでも思っているのかしら? みんな、明らかに疲弊していたわ。だからあの演説は非常に大切な意味を持っていたのよ」


「……演説を利用して思いっきりノロケてたじゃないですか。全国民の前で」


 アクアは何かをボソッと呟く。

 ごめん、俺は周囲を警戒していて正直ルリアの演説をちゃんと聞いていなかったんだよね。


「とまぁ、強制労働まではあくまで私の憶測だったんだけど。演説の後、ガラハットって渋いオジサンが私にこっそりと教えてくれたの『王女様、貴方の国民はフロスティア王国に酷い扱いを受けてますぜ』って。王国はひた隠しにしているでしょうに、嗅ぎ付けるなんて見た目通り優秀な人なのね」

「……え? どちらのガラハットさんですか?」

「ガラハットおじさん、すご~い!」


 俺たちより先にフロスティア王国に来ていたガラハット。

 恐らく、この国の飲み屋や裏社会の情報網を使ってミスト国民の現在の状況を独自に調べたんだろう。

 まさかこんな酒飲みのだらしないオッサンがS級探索者だなんて周囲は思いもしないから酒が入れば警戒を解いてうっかり情報も流してしまうだろうし……。

 闇金から金を借りてたのもその為……なのかもしれない。


「じゃあ、他の国や……それこそ帝国ギルドに応援を要請してミスト王国を取り返すんですか?」

「できれば他の国の助けは借りたくないわ。ミスト王国は小さな国だし、国民もみんな大人しいから弱みを見せるとまた言いなりにされかねない。綿霧の帝国ギルドは信頼しているけど、ウィンターブール帝国自体はまだ信用し切れないから」


 ルリアはそう言うと、にんまりと笑って俺のアゴを人差し指でクイと上げた。

 銅像を握りつぶした後なので普通に怖い。


「帝国ギルドのアーサーに聞いたんだけど、アンタはまだ帝国ギルドに入れてないんでしょ? つまり、無所属、ただの野生のF級探索者ってワケ」

「そっか! お兄ちゃんや私だったら、何のしがらみもなくルリア王女様の助けになれるんだね!」

「でも、時雨ちゃんを含めてたったの3人で大丈夫なんですか?」

「コイツが居るからきっと大丈夫よ。それに私の国だもの、やっぱり自分の手で取り戻したいわ……王女としてね」

「嘘つけ、国を奪われて腹が立ってるから自分の手で復讐したいだけだろ?」

「バレたか。攻め込んできたモンスターのリーダーにドロップキックでもかまさないと鬱憤が晴れないわ」

「お、王女様……意外とワイルド……」


 本当にこんな奴が王女なのかといまだに信じることができない。

 でも、王城での振る舞いや所作はどこからどう見ても王女様だったし……きっと13年間の過酷な異世界生活で変わってしまったのだろう。


「よ~し! 奪い返すぞ~! ミスト王国!」


 時雨は元気よく腕を上げた。

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