第63話 唯一のSSSクエスト達成者

「……もしかして、『ルリア』か?」


 俺がその名を呼ぶと、俺の頬を撫でていたルナリア王女の手がピタリと止まった。

 そして、俺の上に乗ったままため息を吐く。


「えぇ、そうよ。なんだ、バレちゃった。あともう少しで――」

「えっ!? ほ、本当に!? ルリアなのかっ!?」


 俺はルナリア王女の顔をよく見つめる。

 雰囲気が全然違うから気が付かなかったけど……確かにルリアの綺麗な琥珀色の瞳だ。

 その直後、何やら部屋の外が騒がしくなってきた。


「――なんだ、お前は! この先はルナリア王女の寝室だぞ!?」

「私は関係者です! いいから通してください! 通せオラァ!」

「アクアさん、落ち着いて! と、通してくださ~い」


 衛兵と争っているアクアの声と時雨の声が聞こえる。

 そして、間もなく扉が力強く開け放たれた。

 息を切らしたアクアとその背後には気絶させられた衛兵たち、そしてアクアに両手で目隠しをされた時雨がいる。

 押し倒されたままの俺とその上に乗っているルナリア王女を見て、アクアは絶叫した。


「未遂ですか!? 未遂ですね!?」

「アクアさん、2人とも服着てる!? 目、開けて良い!? 良いよね!?」

「王女だかなんだか知りませんが、秋月さんからどいてくださいっ!」


 アクアが渾身の力を込めて短剣を投げると、ルナリア王女は飛んできた短剣を人差し指で上に弾いてそれをキャッチした。


「なっ!? 私の剣が指一本で!?」

「相変わらずの馬鹿力……」

「優太、何か言った?」

「ナンデモナイデス……」


 ルナリア王女――改め、ルリアはため息を吐く。


「落ち着いて、これはごく自然な流れでこういう体勢になっちゃっただけで変な事をしようとしていた訳じゃないから」

「一本背負いで叩きつけられたのがごく自然な流れ……?」


 しかし、アクアはケモ耳に毛を逆立てて、両手に短剣を持って威嚇する。


「言葉をよく選んでください! 今、貴方は今際のキワッキワですからね!」

「アクアさん落ち着いて! 話し合おうよ! 多分、悪い人じゃないよ! 王女様だしっ!」


 時雨になだめられて、アクアはようやくケモ耳と短剣をしまった。


       ◇◇◇


「――えっと、つまり……ルナリア王女も異世界に行っていたということですか? 秋月さんとはそこで出会った……と」


 ようやく落ち着いてくれたアクアはルリアの説明を聞いて俺との関係を理解した。

 時雨は不思議そうに首をかしげる。


「だったら、お兄ちゃんは初めてルナリア王女様に会った時に何で気が付けなかったの?」

「だ、だって雰囲気が全然違うし……それに『王女』だなんて――」

「異世界だと私は別に王女じゃないから。王女だなんて知られたら良くない人が寄ってくるかもしれないし、だから名前も偽名を使ってたの。優太には『ルリア』って名乗ってた」

「ルリアとは一緒のパーティだったんだ。ていうか、気が付けなかった俺も悪いけどルリアだってすぐに俺に正体を明かしてくれても良かったじゃんか」


 俺が指摘すると、ルリアは何やら口ごもる。


「……そ、それは……向こうだと優太は全然私のことを女として意識してくれなかったから……チャンスだと思って……」

「――えっと、ごめん聞こえない。もう少し大きな声で言ってもらって良い?」

「何でもないっ! 異世界の事とか、公の場で話すわけにもいかなかったからよ! だからこの部屋に連れてきたの!」


 ルリアは何やら不機嫌になり、そしてアクアはハイライトを失った黒い瞳でじっとルリアを見つめていた。


「王女様は、どうして異世界にいたんですか?」


 時雨が尋ねると、ルリアは答える。


「優太と一緒よ。隠しSSSクエスト『英雄の誕生』を受けたの」

「えぇっ!? そうなの~!?」

「た、確かに秋月さんが受けた時期と一致してますね……それに、自分を身代わりに国民の皆さんを助けた……条件も恐らく一致してます……」

「お兄ちゃんと同時にクエストを受けて、一緒にクリアしたってこと!?」

「……そう、優太はクエストをクリアできたのね」

「じゃあ、秋月さんと同じように2週間前くらいにはもうこの世界に戻っていたのですか?」


 アクアの質問にルリアは首を横に振る。


「いいえ、私がこの世界に戻ってきたのはつい2日前。私もどうして戻ってこれたのか分かってないわ。目が覚めたらフロスティア王国の近くの草原に居て、そのままフロスティア王国に保護してもらったの」


 俺はフロスティア王国に来る前に言っていた、綿霧さんの発言を思い返す。


『実はミスト王国の王女――ルナリア・ミスト様が昨日、発見されたらしい。丁度君たちが[封印のダンジョン]の攻略を終えた後の出来事だね』


(そうか……!)


「[封印のダンジョン]で宝箱を開いた時に出てきた謎の光の弾だ! 多分、ルリアはそこに閉じ込められてたんだ!」

「えぇ!? 秋月さんはちゃんと戻ってこれたのにルリアさんはどうしてそんなことに!?」

「あー、なるほど。やっぱりまた優太が私を助けてくれたのね」


 ルリアは何やら少し呆れているようにも見える表情でため息を吐く。


「私は……異世界で死んだから」

「――え?」


 驚きで固まる時雨とアクア。

 そうだ、だから俺はルナリア王女がルリアだなんて夢にも思わなかったんだ。

 まさか……また会えるなんて。


「恐らく隠しSSSクエスト『英雄の誕生』をクリアできたのはコイツ――秋月優太だけ。他の探索者たちは全滅。こっちの世界で言う、S級のさらに上のランク、"特級"の探索者たちも居た中で……たった1人、秋月優太だけが生還してみせたの」

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