第62話 王女様にお持ち帰りされました


 ルナリア王女がS級探索者の付き人に過ぎない俺に手を差し伸べる。

 そんな様子を周囲は驚きの表情で、アクアは頭から猫耳が出て威嚇しながら見ている。

 何が起こっているのかは分からないけど、俺がルナリア王女に言えることはたった一つだけ。


「すみません、俺……ダンスなんか踊れないです」


 そう言うと、ルナリア王女はクスリと笑う。


「大丈夫よ、ほら」


 ルナリア王女は俺の手を掴むと、グイッと上に引っ張り自分の身体に引き寄せた。

 高々と上に挙げられた俺とルナリア王女の手が重なり合う。

 それと同じくらいの距離で俺とルナリア王女の身体も密着させられてしまう。

 俺があっけにとられているうちに、ルナリア王女は力強く俺を振り回すようにダンスを始めた。


「私と息を合わせて、できるでしょ?」

「えっ!? えっ!?」


 今までの物憂げな表情から一転、楽し気に俺と踊るルナリア王女。

 やがて、俺とルナリア王女はダンスホールの中央へ。

 俺たちの激しいダンスを見て、音楽隊はテンポを速めた。

 周囲の人たちもダンスを止めて、俺たちのダンスを見物する。

 完全に俺たち2人の独壇場だ。

 いきなりの即興ダンス、しかもこんなに速い音楽で。

 しかし、俺は上手く踊ることができているみたいだった。

 なぜなら……


(俺の『危機察知』フィートが鳴りやまないんですけど……)


 俺の顔面を狙ってルナリア王女の肘が飛んでくる。

 次は足払い、膝を狙って鋭いステップが来たかと思えば同時に脇腹への掌底。

 実際に攻撃がくるわけじゃないが、『危機察知』が反応している時点でルナリア王女がその場所に危害を加えようとしているのは明らかだ。

 俺はただ先んじて躱し続けているだけなのだが、それが上手くダンスの形となり、周囲からは歓声が沸いた。


「何という力強い踊りだ!」

「お淑やかなルナリア王女はこんな踊りも踊れたのか!」

「あの男、冴えない風貌だが完璧に合わせているぞ!?」

「一体、何者だ!? 只者じゃない!」


 俺はただ、ルナリア王女に動きを誘導されているだけだ。

 凄いのはルナリア王女である。


(でもまぁ、それを抜きにしても本当に息がピッタリだな)


 何となく、ルナリア王女が次にどんな動きをするか、俺にどんな動きを求めているのか予測することができる。

 タイミングも、位置も、目を合わせずともなぜか分かる。

 不思議に思っている間にダンスはフィナーレを迎えた。

 ルナリア王女は俺の腕の中に収まると、身体を預けるようにして上体を逸らす。

 その美しいおみ足を上げると音楽と共にフィニッシュした。


 ――パチパチパチパチ!


 周囲で俺とルナリア王女のダンスを見ていた者たちはみんな、拍手と歓声を送る。


「お兄ちゃん、すごーい! カッコ良い~!」

「秋月君、そんな隠し芸を持ってたのね!」

「目が覚めるようなダンスだったぜ、最高の酒のつまみだな」

「僕より目立つなんて、やるなぁ秋月君」

「どうなってるんですか!? 何なんですかあの女!?」


 『無敵艦隊アルマダ』の皆さん、そして時雨とアクアも驚いている。

 でも、一番驚いているのは俺自身です。

 ルナリア王女は俺の腕から抜けると、周囲にペコリと頭を下げた。


「まだ一人目なのに少し激しく踊り過ぎてしまいました。すみませんが、今夜はここまで。部屋で休ませていただきます」


 そして、ルナリア王女は俺の腕を掴んで一緒に会場を抜け出そうとする。


「ほら、行きましょ」

「お、俺も行くんですか!?」

「……貴方の隊長さんが言ってたわ。『ご用命があれば何なりと』って。だから貴方は私に付いてくるの」

「は、はぁ……」


 何やら向こうでアクアが暴れていて、シルヴィアさんたちに取り押さえられているのが見えるけど……。

 有無を言わさぬルナリア王女に従って、俺は一緒に部屋へと向かった。


       ◇◇◇


 ――流れる水の音を聞きながら、俺はルナリア王女の部屋で待たされていた。

 やがて、身体から湯気を立ち昇らせたルナリア様が寝間着姿で出てくる。


「ほら、貴方もお風呂に入って」

「良いのでしょうか? 俺まで浴室を使わせていただいて……」

「もちろん、構いません。お互い、身体が清潔であるに越したことはありませんから。まぁ、私は貴方がそのままでも別に構いませんが」


 お言葉に甘えて有難く、ルナリア王女の後にお風呂場で汗を流させてもらった。

 俺も色んな意味で汗をかいてしまっていたし。

 出ると、ベッドに座ったルナリア王女は寝間着姿で俺を呼ぶ。


「ほら、もっとこっちに来て」

「わ、分かりました……」


 俺がルナリア王女に近づくと、腕を取られて俺の身体はフワリと浮き上がる。

 そのまま一本背負いで俺はルナリア王女のふかふかのベッドに叩きつけられた。

 俺の『危機察知』フィートは全く反応していなかった。

 ルナリア王女は小悪魔のような表情で仰向けになった俺の上にのしかかる。


「ふふふ、油断大敵ね」


 そして、その手でゆっくりと俺の頬に触れた。

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