第55話 エレ…何とかさんの家に行く
あらかじめエレノアさんに連絡は入れている。
だから俺が来ることは分かっているはずだ。
インターフォンを押そうとすると、扉が開いた。
「い、いらっしゃい……」
何故だか、少し緊張した様子のエレノアが俺を出迎えてくれた。
今日は配信でもあったんだろうか。
何だかいつもより凄くオシャレな格好をしている気がする。
「こんにちは、エレノアさん。俺が着いたってよく分かりましたね」
「ちょ、丁度足音が聞こえてきたのよ!」
「えっ、足音なんてそんなに音が鳴りますかね?」
「そ、そんなのどうでも良いから早く入って! 私は有名アイドルなんだから、こんなところ誰かに見つかったら大変よ!」
「は、はいっ! お邪魔します~!」
エレノアに腕を引っ張られながら俺は家の中へと入れてもらった。
居間に通してもらい、俺はテーブルにつかせてもらう。
いつも勝気なはずのエレノアさんだが、今日はいつもと様子が違う。
口調は変わらないけれど、何だか落ち着かない様子でソワソワしている。
「の、飲み物……。コーヒーはブラックで良いかしら?」
「すみません、俺ブラックは飲めなくて……」
「そ、そうなのねっ! じゃあ別の色にするわ! ブルーとか、イエローとか!」
「いえ、あの……水で大丈夫です。無色透明な奴でお願いします」
何でか知らないけれど、一人でかなりテンパっているご様子だ。
流石にブルーやイエローのコーヒーは飲みたくない。
向かい合って席に着くと、エレノアさんから俺に話を切り出してきた。
「わ、私に責任を取らせに来たのよね……? 覚悟はできてるわ! 煮るなり焼くなり好きにして!」
「――へ?」
突然そんな事を言われて、俺は困惑する。
その間にエレノアさんは話を続けた。
「貴方は私の弱味も握っているわけだし、抵抗はしないわ。私があんな醜態を晒したなんて世間に知れ渡ったらもうアイドルはできませんもの……」
「ちょ、ちょっと何を言ってるんですか!? 誰にも言いませんよ! この前のことは!」
「でも、私に謝罪させに来たんでしょう? 私、あれだけ貴方を見下して暴言を吐いてしまいましたから……」
エレノアさんが緊張してたのはそのせいか……。
俺は大きなため息を吐いて否定する。
「エレノアさんは時雨に魔法を教えてくれましたし、俺から感謝することはあってもエレノアさんが謝ることはありませんよ」
「え……で、でも――」
「今日はむしろ俺が謝りにきたんです!」
俺がそう言うと、エレノアさんは首をかしげる。
「……貴方が? どうして?」
俺はテーブルの上に赤い宝石を置いた。
エレノアが俺にくれた剣の柄に施されていた物だ。
アースドラゴンの腕を斬り落として剣が砕けた瞬間に、俺は咄嗟に掴んでインベントリにしまっていた。
「エレノアさんから貰った剣、壊してしまいました……」
俺がそう言うと、エレノアさんはじっと宝石を見つめる。
そして尋ねた。
「……そう。あの剣は役に立ったかしら?」
「はい。エレノアさんの剣が無かったら、多分死んでました」
「それは良かったわ。でも、どうしてわざわざ剣の残骸を渡しに来たの? 私にとってはどうでも良い物だったかもしれないわよ?」
エレノアさんにそう言われて少し言葉に詰まる。
俺がこうした理由には根拠がないから。
でも、確信はあるんだ。
「……剣には想いが宿ると思います。どんな名刀も信念無き者が振るえばなまくらに、そして逆に無名な鉄の剣も伝説の剣に
俺は赤い宝石を見ながら語る。
「エレノアさんから頂いた剣からは特別な想いを感じました。エレノアさんにとって大切な剣……そんな気がしました。俺はそれを壊してしまったんですけどね……」
俺がそう言って苦笑いを浮かべると、エレノアさんはミルクティーを一口飲んだ。
そして、俺に語りかける。
「貴方、確か魔法の素質がないのよね」
「はい。色々と試してみたんですけど、どうやらてんでダメみたいで……」
「誰だって、自分にとっての正しい道を見つけれるまで時間がかかるモノよね。貴方に魔法の才能が無いのと同じように、私には剣の才能が全く無いの」
エレノアは赤い宝石を手に取る。
「――でもね、昔は憧れてた。私と同じくらいの子が短剣を手にダンジョンで活躍してるのを配信で見て。すっごく綺麗で……カッコ良くて。負けてられないって思ってその子よりも大きな剣を手に持って毎日修行していたわ」
きっと、アクアのことだろう。
そうか、エレノアさんはアクアに憧れて探索者になったんだ。
「でも結局、剣は上達しなくて……魔法を学び始めたらそっちがドンドン成長したの。貴方に渡したのは、そんな私が最初に手にした剣よ」
「そ、そんな大切な物を……すみません」
エレノアさんは首を横に振る。
「売ることも、捨てることもできずにずっと持て余していたの。きっと、上手く扱ってあげられなかったことが心に引っかかっていたんだと思うわ」
エレノアさんは赤い宝石をギュッと胸に抱く。
「――だから、貴方が壊してくれたのは剣の形をした『私の未練』。ありがとう、私の剣に使命を果たしてあげてくれて……。この宝石はブローチにするわ、剣を扱えなかったのは苦い思い出だけど、きっとそれも大切な人生の一部だものね。愛してあげなくちゃ」
「エレノアさん……」
エレノアさんはそう言うと、赤い宝石を大事そうに宝石箱の中にしまった。
「秋月君、改めて謝らせて欲しいわ。やっぱり貴方はとても素敵な人だもの、私はそんな人に酷いことを言ってしまったわ」
「良いんです、エレノアさんの優しさは伝わってますから」
「そうかしら……?」
「不器用なところはアクアと少し似ていますね」
「べ、別にそんなこと言われたって嬉しくないわ!」
エレノアさんは明らかに嬉しそうに顔を紅潮させつつそっぽを向く。
そして、チラリとこちらを見てきた。
「ね、ねぇ……今夜はここに泊まっていかない? その、お礼も沢山したいし……」
「――いえ、この後アクアと一緒に帝国ギルドに行って今回のダンジョン制覇の正式報告をするんです! なので、帰ります!」
俺が断ると、エレノアさんの眉間にシワが寄った。
「貴方のおかげでもう一つ大切なことを思い出しましたわ……。私、アクアに負けていられないんでした。そろそろ"決着"をつけないといけませんわね……」
「……え?」
エレノアさんはそう言うと、アクアに電話をかけた。
◇◇◇
「――それで、こんなところまで呼び出して『決闘しろ!』だなんて。一体何なんですかエレノアさん」
「エレノアさん、こんにちはー!」
小高い丘の上に呼び出されたアクアはあからさまに不機嫌そうな表情だ。
ちなみに、時雨も連れて来ている。
「秋月君はこれから色んなダンジョンに潜るわけですから。強い方とパートナーを組みたいはずでしょ? だからアクア! あんたを倒して私が秋月君とパーティーを組むわ!」
(……俺の意思は?)
アクアはそんなエレノアの宣言に返事を返すこともなく呆れた表情で見ている。
エレノアは得意げに語り始めた。
「アクア、貴方とはこれまで何度も決闘してきましたわ。覚えてるかしら? 私の18勝――」
おぉ、エレノアさんはアクアに勝ちまくってるのか……!
そんな風に思っていたら、エレノアさんは言葉を続ける。
「――147敗」
「もうすぐ148になります。さっさと終わらせますよ」
滅茶苦茶負け越していたエレノアにアクアは短剣を構える。
「そもそも、相性が悪いんですよ。エレノアさんは単体戦に向かないノロマな
「あら? じゃあ試してみればどうかしら?」
「言われなくてもそうします……盗技、『千本桜』」
アクアがスキルを発動する直前、エレノアは魔法を発動した。
「――『
そして、アクアのスキルから空に飛んで逃げる。
エレノアさんは、そのままフワフワと空中に浮いた。
「ふふふっ! どう、アクア!? ついに私は空も飛べるようになったの! 残念ながら、私は既にアンタの一歩先を行ってるのよ!」
エレノアは自信満々に胸を張って笑った。
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