第44話 ギルド試験で無双する

 これはちょっとマズいぞ……!


(スキルの発動前に悠人を気絶させるか……? いや、でも悠人は――)


 その時、視界の端に『とある人影』を捉えた俺は迷わず時雨たちの方へと走った。


「いくぞっ! 『大回転斬りラグナロク』!」


 直後、闇の力を纏った剣で回転斬りをした悠人が周囲に巨大な衝撃波を発する。

 闘技場の石畳を粉々に粉砕する闇の渦が周囲を破壊し尽くした。


「はぁ……はぁ……どうだぁ! 秋月優太ぁ!」


 闇の渦の中から出てきた俺は、背後にいる時雨と優菜を守りながら攻撃を全て剣で受け切っていた。


(悠人、頭に血が上って周囲が巻き込まれることも忘れて技を出しやがったな)


 だが、大丈夫だ。


「――流石は秋月君。まぁ、それくらいはやってもらわないとね」


 見物していた探索者たちの方には魔法の結界が張られていた。

 目の前には、魔導書を手に持った綿霧が涼げな表情で笑っている。


「全く、闘技場で問題が起こっていると聞いて急いで来たらこの有様だよ。怪我人が出なくて良かった」

「わ、綿霧……様……!」


 力を使い果たした悠人は綿霧を見て涙をこぼしながら膝を折る。

 周囲の女性探索者たちは綿霧の登場に対して熱狂的な黄色い声を上げていた。


「お兄ちゃん、守ってくれてありがとう!」

「……あ、ありがとう」


 いつの間にか目を覚ましていた優菜と時雨から背中越しに感謝の言葉をもらった。

 ちなみに、ギガントリザードは大きい図体を縮こまらせて時雨の背中の後ろで怯えている。

 もう帰らせろよ、そいつ。


(闘技場はめちゃくちゃだけど……まぁ、仕方ないよな)


 綿霧さんは、魔法の結界を解くと俺のもとに歩いてきた。

 悠人はもう全ての力を出し尽くしたように闘技場の真ん中で地に膝をついている。


「話には聞いていたけど、本当にレベル1の君が剣だけであの攻撃を受けきってしまうとはね」

「あはは……ありがとうございます」

「ところで秋月君、僕に指示を出したね?」

「し、指示というか……丁度綿霧さんが走って来るのが見えたので俺が時雨たちの方に行けば他の見物人たちは綿霧さんが守ってくれると思いまして……」

「ふふっ、僕を信じてくれたんだね。目が合った瞬間に僕が守ると確信してくれた、君のそんな気持ちを感じたよ。僕たちは相性が良いみたいだね」


 すみません、信頼ではなく……綿霧さんが来た瞬間に俺の危機察知フィートが周囲の探索者から危険が無くなったと教えてくれたんです……。

 と言おうと思ったが、綿霧さんが何だか嬉しそうにしているのでネタバラシはやめておいた。

 そして、綿霧さんと俺はぐったりとしている悠人のもとに歩いていく。


「それにしても、秋月君。なぜ彼が技を出す前に止めなかったんだい? 君ならできそうなモノだが」

「それについては本当に申し訳ありません。できませんでした」

「ふむ……?」


 綿霧さんが不思議そうに首をかしげると、悠人は弱弱しく声を上げた。


「綿霧様……お、俺はその……」

「ついカッとなってしまったんだろう? 残念だけど、闘技場を滅茶苦茶にした罪は償ってもらうよ」


 綿霧さんがそう言うと、時雨が優菜の手を繋いで一緒に走ってきた。


「――あのっ! 綿霧さん、きっと今回優菜ちゃんと悠人が問題を起こしたから来たんですよね!?」

「うん、その通り。外出してしまっていたんだが、『F級昇格試験で試験官が好き勝手やってる』という報告が入った。急いで来てみたらご覧の通りというわけさ」


 時雨は頭を下げた。


「あのっ! 優菜ちゃんと悠人の罰を少し軽くしてあげてください!」

「……まだ詳細は分からないけれど、問題行動であったことは間違いないよ?」

「もちろん、悪いことをしたから償わないとだけど……私も悪いの!」

「はぁ? アンタは関係ないでしょ?」

「そうだ! 何を言ってるんだ、時雨!」


 優菜と悠人はそう言うが、綿霧さんは興味を持つ。


「……ふむ。話してみたまえ、時雨ちゃん」


 優菜と悠人の前で、時雨は話し始めた。


「優菜ちゃんと悠人は昔はお兄ちゃんのことが大好きだったんです。でも、私が病気になってからお兄ちゃんは私につきっきりになっちゃいました……それで、嫉妬していたんです」

「なっ!? 何を!」

「そ、そんなワケないでしょ!」


 2人が否定するが、時雨は話を続ける。


「私がお兄ちゃんを独り占めしたから、2人は私を憎んだんです。そして、お兄ちゃんが身体の弱い私にばかり構うようになったから、2人は大好きだったお兄ちゃんの事も大嫌いになっちゃいました……これがキッカケです。多分、2人はもう忘れちゃってるかもしれないけど」


 時雨は、優菜と悠人に謝るような瞳を向ける。


「……本当は、2人ともお兄ちゃんと遊びたかったはずなんです。構って欲しかったはずなんです」


 時雨の話を聞くと、綿霧さんはため息を吐いて俺に囁く。


「君、それで悠人君にスキルを出させたね?」

「すみません、どうしても悠人が全力で出した技を受けきってあげたかったんです」

「怪我人は出なかったから良いものの闘技場は滅茶苦茶だよ」

「すみません……俺も一緒に弁償します。兄弟げんかみたいなモノなので……」

「全く、どこまでも優しいな君は」


 綿霧さんが笑うと、闘技場の入り口から聞き馴染みのある大きな声が聞こえた。


「な、なんですかこれはぁ~!」


 全てが終わったタイミングでようやくアクアが来た。

 滅茶苦茶になった闘技場を見て驚きの声を上げている。


「もしかして、時雨ちゃんがヤッちゃいました!? 全てを破壊しちゃいました!?」


 まぁ、そう思うよね。

 でも、違います。

 優菜と悠人は大きなため息を吐いた。


「あの……今時雨が言ったことは全部デタラメですから」

「そうです! 全ての罪は俺が!」

「……ふふ、分かったよ。君たち2人にはしっかりとペナルティを与えよう」


 そう言ってはいるが、綿霧さんの表情は柔らかい。

 きっと、いくらかペナルティは軽くなるだろう。


「――そして、秋月君もだ。ギルド長たる僕を顎で使った訳だからね、個人的な恨みでペナルティを与える」

「えぇ!? ど、どんなペナルティですか?」

「そうだね……さっきの魔法、やっぱり僕にもかけてもらおうかな」


 さっきの魔法……。

 言うまでもなく、時雨とハグをした事だろう。

 綿霧さん、本当にやって欲しかったのか。

 もしかして、シルヴィアさんと同じで偉くなりすぎて孤独なのかも……?


「あ、後で……ですよ? ここでやると俺が周りの探索者たちに殺されますから」

「え~、僕は今ここでやってくれても構わないんだけど」

「――秋月さん! 時雨ちゃんの試験はどうなったんですか!? 死人は!? 死人は出てませんか!?」


 そして、アクアが息を切らして走ってきた。

 そういえば、まだ合否は聞いてないな。

 全員が、試験官である優菜を見る。


「えぇ、もちろん。文句なしの合格よ。大合格」

「だってよ、良かったな時雨」

「F級昇格、おめでとう! 時雨ちゃん」

「や――」


 時雨が喜ぶ前に、アクアが時雨を抱きしめて喜んだ。


「やりましたね、時雨ちゃん~!」

「あはは! ありがとう! やったー!」


 見物していた周囲の探索者たちも拍手を送る。

 まだ帰ってなかったギガントリザードも空に向けて祝福をするように大きく火を吹いた。


(色々と問題は起こったけど、無事に終わって良かったな)


 そんな事を思い、幸せムードに浸っていると優菜は急に俺の袖を引く。

 そして、何やら恥ずかしそうに俺に囁いた。


「秋月優太……わ、私のことも抱きなさいよ……」

「――へ?」


 聞き間違いかと思い、聞き返したのがマズかった。

 顔を真っ赤にした優菜は、ヤケクソになった様子でその場の全員に聞こえるようにハッキリと言ってしまう。


「アンタ、綿霧様もシルヴィア様も抱いたんでしょ! だったら、せめて私のことも抱きなさい!」

「……は?」


 綿霧さんもシルヴィアも抱いた……?

 何を言っているんだ、この子は?

 そして、アクアさんがアイドルがしちゃいけない顔で俺のことを見ています。

 優菜は恐らく何か誤解をしているのだろう。

 ありがたいことに、綿霧さんが優菜の誤解を解くために口出ししてくれた。


「あぁ、いや。僕は抱いてもらう予定だけど、まだ抱いてもらってないよ。良いじゃないか秋月君、彼女も僕の後に抱いてあげれば」

「あ、後に!? 綿霧様の直後……秋月、抱きなさい! 是非に!」


 綿霧さん、違います。

 これは多分ハグとかそういう話じゃないです。

 さっき時雨が俺にハグしたせいで『抱く』の意味が違っていることに綿霧さんは気が付いていない。

 悠人も何やら兄貴面で言う。


「秋月優太。妹が恥を忍んでお願いしてるんだ。俺からも頼む。今更一人や二人増えたところで構わないだろ? あと、女を落とすテクニックをマジで教えてくれ」


 お前はずっと何を言ってるんだ?

 困惑に困惑を重ねていると、俺の肩が後ろからガシッと掴まれた。

 震えながら振り向くと、満面の笑みのアクアがいた。

 笑顔だが、異世界で出会ったどんなモンスターよりも恐ろしい圧を全身に感じる。


「秋月さん、ちょ~っとお話があります……ホテルでも予約して2人っきりで一晩じゅうみっちりと語らい合いませんか?」


 綿霧さんはアクアの話を聞いて、残念そうに腕を組む。


「それは残念だな、秋月君は『今夜来て良い』って僕に言ってくれてたんだけど……日を改めるね」

「秋月さん? 今夜手を出すつもりだったんですか?」


 何か、色々と最悪の偶然が重なっている気がする。

 俺は全身にダラダラと冷や汗をかいた。

 どうやって解けば良いんだ、この誤解。


「ち、違うんだアクア……違うからその両手に持った短剣をしまって――」

「秋月さん? これからダンジョンに行くわけですからちょっと手合わせでもしませんか? ほら、丁度闘技場にいるわけですし? いきますよ、『千本桜』!」

「ギャー! 死ぬ―!」

「とか言いつつ、全部剣で防いでるじゃないですか! まだまだいきますよ!」


 ――何はともあれ、こうして俺たちはダンジョン攻略に行く準備が整ったのだった。


 ――――――――――――――

 【業務連絡】

 お待たせしました!

 時雨がF級に昇格したのでようやくダンジョン攻略に向かいます!

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