第40話 試験会場で無双の前座

「名残惜しいけど、僕はそろそろ行かないと。じゃあ、時雨ちゃんの合格を祈ってるよ」

「はい! 時雨にも伝えておきます!」

「あと、万が一落ちても気にしないで。何度でも挑戦できるから」


 綿霧さんはそう言うと、手を振って行ってしまわれた。

 大変お忙しいだろうに、わざわざ来てくれるなんて良い人だ。

 入れ違いですぐに時雨が帰ってきた。

 そして、その手にはクマリンが抱えられている。


「時雨。レーネさんにはなんで呼ばれてたんだ?」

「あっ、実はさっき1次試験が終わった後にクマリンをベンチに置いてたら無くなっちゃってて……」

「そんな事件が起こってたのか? 言ってくれたら俺も探したのに」

「ううん、すぐに2次試験だから終わったら相談しようと思ってたの。でも、レーネさんが見つけてくれたんだ」

「どこで見つかったんだ?」

「それが、私が置いた場所に戻ってたらしいの。クマリンが居なくなった時、直前までレーネさんも見てたから多分盗まれたんじゃないかって話をしてたんだけど……」

「泥棒が戻してくれたのか?」

「クマリン、ごめんね。もう目を離さないようにするからね」


 不思議に思うも、クマリンはどこか満足げな表情で時雨を見つめるだけである。

 ……コイツ、勝手に出歩いてたのか?


「――時雨、F級昇格試験を受けるのアンタなんだって?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、従妹の春月優菜はるつきゆうなが時雨を睨んでいた。

 時雨は怯えた様子でクマリンをギュッと抱く。


「は、優菜ちゃん……」

「あはは! 何よ、怯えちゃって! 私が試験官をしてあげるのよ? 光栄に思いなさいよ」

「優菜ちゃんが試験官!?」


 まさかの展開に驚く。

 帝国ギルドの加入者って優菜だったのか。

 

「綿霧様は行ってしまわれたけど、貴方が不合格になればきっと失望するはずよね~」

「おい、優菜……何をする気だ?」

「あら? ちゃんと試験はやりますよ? ご心配なく~」


 優菜は悪い表情でクスクスと笑う。


「じゃあ、時雨。試験を始めるわ、闘技場に上がって」

「う、うん……」


 時雨はクマリンを抱いたまま、前に俺とシルヴィアが戦った場所で優菜と向かい合う。


「さて、確かギルドの規定だと『魔法、あるいはスキルを発動させたら合格』でしたね」


 そう言いながら、優菜はインベントリから杖を取り出して詠唱を始めた。

 一体、何をする気だ?


「――来なさい、『コドラ』!」


 そして、5メートルほどの大きさのトカゲの召喚獣――ギガントリザードを召喚する。

 時雨はそれを見て、固まった。


(――まずい!)


 トカゲは時雨の苦手な生物だ。

 小さいのですら跳び上がるのに、こんなに大きなトカゲなんて耐えきれるはずがない。

 もちろん、優菜はそれを分かっててやっている。


「おい、優菜! なんでトカゲなんか召喚してるんだよ!」

「あら? 別に私が何をしてようと勝手でしょ? ほら、さっさと魔法でも何でもやってみなさいよ。できるもんならね?」


 優菜はわざとギガントリザードに時雨を威嚇するようにけしかける。

 恐ろしい鳴き声を上げたり、火を吹いたりして時雨に恐怖を与えていた。

 時雨はクマリンをギュッと抱きしめたまま、震えてうずくまってしまう。


(こうなったら、もう試験なんかどうでも良い! 中止させないと!)


 俺が闘技場に乱入しようとすると、時雨の抱いていたクマリンがモゾモゾと手を動かして、時雨の涙を手で拭った。


「――え? クマリン?」


 そして、ポンポンと時雨の頭を撫でる。

 ピョンっと時雨の腕から抜けて、トテトテ……とギガントリザードの目の前にまで歩いていく。

 優菜はそれを見て大笑いした。


「ぷっ! あっはっはっ! 何よこの可愛いクマちゃん人形は! アンタの友達?」

「クマリン!? う、動けるの!?」


 凶悪な笑みを浮かべると、優菜は召喚獣に最悪の命令を下す。


「コドラ! こんなしょぼい魔道人形、ズタズタに食い破っちゃいなさい!」

「だ、だめぇぇ!」

「グギャァァァー!」


 クマリンにギガントリザードの牙が迫った――


       ◇◇◇


 一方、街では……。


「おいおいどうなってんだこりゃ……」


 大通りの一角。

 周囲には人だかりができていた。

 そこにはまるで重機で粉砕されたような木片の山が残されていた。

 クマリンが売られた魔道具マジック・アイテムの店の残骸である。


「なんか、一発だけ大きな音がしたかと思ったら店が全部崩れたんだよな」

「幸い、怪我人は居ねぇみてぇだぜ」

「隕石でも落ちてきたのか?」

「すげぇ、衝撃波だったよな……」


 ヤジ馬たちの声を呆然と聞きながら、一人の中年男性が絶望した表情で膝をつく。

 アクアとコイントス勝負をした、この店の店主である。


「ちょ、ちょっと出かけてた隙になんでこんなことに……」


 

 店の残骸の木片を拾って店主は震える声で呟く。


「そりゃ、もともと潰れそうな店だったけどよぉ……何もこんなに分かりやすく潰れなくても良いだろ……」


 店主は泣き崩れた。

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