第39話 試験を受けます

「時雨、頑張ってこいよ~」

「時雨ちゃん、分からない問題もとりあえず〇か×を書くんですよ!」

「うん! じゃあ、行ってくるね!」


 帝国ギルドに着いた俺たちは、まず時雨にペーパーテストを受けてもらった。

 一人別室でテストを受けると、一時間後には時雨が満点の答案を持って出てきた。


「よしよし、1次試験は問題なく合格だな」

「アクアさんがつきっきりで教えてくれたおかげだよっ!」

「いえいえ、時雨ちゃんの実力ですよ! まぁ、時雨ちゃんならこれくらい余裕ですよね!」


 ちなみに、アクアは俺の隣で頬に汗を伝わせながら合格を祈っていた。

 きっと、時雨が試験に落ちて悲しむ顔を見たくないのだろう。


「よ~し、次はいよいよ実技試験だね!」

「そうですね! この調子で――す、すみません。ちょっとお手洗いに……」

「アクアの方が緊張してどうするの……先に時雨と闘技場に行ってるね」

「はい、すみません……」

「アクアさん、私は大丈夫だから心配しないで!」


 仕方がないので、俺は時雨と2人でギルドの闘技場へ。

 受付のレーネさんによると、F級昇格試験には試験官として新しく帝国ギルドに入った者が担当するらしい。

 優しい人だと良いけれど……

 そんな風に思っていると、闘技場で時雨が両手を広げて俺に言う。


「よ~し、じゃあお兄ちゃん! 私に魔法をかけて!」

「……え?」


 突然、時雨からマジックハラスメント――略してマジハラを受ける。


「時雨、お兄ちゃんは魔法が使えない糞ザコ探索者なんだぞ?」

「ううん、使えるよ!」


 そう言うと、時雨は俺にギュッと抱き着く。


「こうやって、私を元気づける魔法!」

「あ~、なるほど」


 時雨は嬉しそうに俺の胸元にグリグリと顔を押し付ける。

 どこで身に着けたんだ、このあざとさは……

 なんて思いつつ、アクアがこれを見てなくて良かったと安心する。

 アクアなら普通に人目をはばからずに真似をしてきそうだ。


「――じゃあ、僕も魔法をかけてもらおうかな」


 不意に聞こえた落ち着いた声に振り返ると、そこにはギルド長の綿霧さんがいた。


「綿霧さん! ど、どうしてここにっ!?」

「僕が申し込みをしたからね、顔くらいは出そうと思ってさ」


 さも当然かのように居る綿霧さん。

 でも、確かS級探索者ってだけでも人だかりができるくらいの有名人で……

 ましてやこのギルドに一人しかいないギルド長ってことは――


「わぁぁぁ! 本当に綿霧様がいるわ~!」

「凄いっ! 生で見ちゃった!」

「綿霧様~! キャー!」

「顔が! お顔が凄く良いわ~!」


 ただのF級昇格試験なのに、闘技場の会場の周囲は綿霧さんを見に来た探索者で埋め尽くされてしまった。

 主に女性ファンだが、綿霧さんの凛々しい姿を考えると納得できる。


「あはは……どうやら、僕が来たせいで大変なことになっちゃったみたいだね」

「ううん、綿霧さんが来てくれてすっごく嬉しいです!」

「そう言ってくれると助かるよ、時雨ちゃん」


 綿霧さんはそう言って、時雨の頭を撫でる。

 周囲の女性ファンが物凄く嫉妬した目で時雨を睨んでいるのでその辺で……。


「そうだ、時雨ちゃん。試験の前にレーネちゃんが来て欲しいって言ってたよ」

「分かりました! ちょっと行ってくるね! お兄ちゃん!」

「あぁ、待ってるぞ~」

「じゃあ、その間に僕たちは少しお喋りでもしようか」


 ――その後、綿霧さんのご家族もアクアに会いたがっている話やこの前の件について謝られた。

 全然、そんなこと気にしなくて良いのに。

 ウチに来る件については一応アクアとも相談しなくてはならないので、俺は綿霧さんと連絡先を交換する。


「何、あの冴えない男~」

「綿霧様、なんであんな奴に近づいてるの~?」

「S級にはあんなの居ないし、A級探索者かな?」

「あんな弱そうなのにA級~? 見えな~い!」


 すみません、F級探索者です。

 当然、綿霧さんと不釣り合いな俺に対して、周囲から罵声も飛んでくる。


「ふふっ、君の本当の実力も知らずに外野は言いたい放題だね」

「まぁいつもの事です。冴えないのは事実ですし」

「そうかなぁ? 僕としては君は可愛らしい顔をしていると思うけど」

「女々しい顔はコンプレックスです……」

「ふーん……。ねぇ、ここで君が僕にさっきの魔法をかけたらどうなるかな?」

「周囲の人たちに殺されるのでやめてくださいね?」

「そうだね、誰も居ない時にお願いするよ」


 綿霧さんはそんな冗談を言う


 ――そんなこんなで大観衆の注目の中、時雨のF級昇格試験が始まりそうだった。


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