第38話 また俺、何かやっちゃいました?

「ほら、時雨。いつまでも寝てないで起きろ~」


 F級昇格試験当日。

 ベッドの上で天使のような表情で寝息を立てる時雨の身体を揺する。


「むにゃむにゃ後5分……と18000秒」

「昼過ぎまで寝る気か? F級昇格試験、今日だろ」

「そ、そうだった! 大変っ!」


 飛び起きた時雨の胸元から、昨日手に入れたクマのぬいぐるみが零れ落ちる。

 どうやら、一晩中抱きしめて寝ていたようだ。


 綺麗に汚れを落として、破れていた場所も時雨がアクアに教わりながら綺麗に縫い直したのでクマの顔もどこか誇らしげに見える。

 それにしても、アクアって料理もできるし裁縫も出来るし、本当にハイスペックだよなぁ。

 本当に、なんで俺なんかが一緒に住んでいるのか……まぁいいや。


「慌てなくても、まだ時間に余裕はあるから。ほら、クマを落とすなよ」

「お兄ちゃん、"クマ"じゃないよ! 『クマリン』だよ!」

「名前を付けたのか?」

「もちろん! クマリンはもう家族だもん!」


 時雨はクマリンを連れて、俺はアクアが作ってくれた朝食のテーブルのイスに座る。

 向かいの席では、アクアが不機嫌そうに俺をジト目で見つめていた。

 

「アクアさん……また俺、何かやっちゃいました?」


 心当たりがないので恐る恐る尋ねると、アクアは時雨がびっくりしないくらいの強さでテーブルを叩く。


「秋月さん! 鍛錬をする時は呼んでくださいって言ったじゃないですか!」


 予想以上に些細な理由だった。

 俺は毎朝、山2つ分程度の走り込みをした後に筋トレや剣術などの鍛錬をしてるけど、いつもはアクアがその頃に起きてきて、俺が鍛錬する様子を横でじっと観察しているのだ。

 ちなみに、アクアはわざわざ俺が鍛錬をする為の大きな部屋までこの家に作ってしまった。


「ごめん、でもアクアはまだ寝てたし……」

「起こしてくださいよ! 見逃しちゃったじゃないですか!」

「あの、これって本当にアクアを起こしてまですること?」

「当然ですよ!」


 理由は分からないが、従った方が良さそうだ。

 因みに起こそうとすると、アクアはよく寝ぼけて俺を布団の中に引きずり込もうとするので危険だ。

 捕食されたら最後、布団とアクアのぬくもりで二度と社会復帰できなくなるだろう。

 そうなりたい。


 ――アクアが作ってくれた朝ごはんのエッグトーストとポテトサラダ、そしてスープを頂きながら3人で話をする。


「時雨ちゃん、いよいよ今日ですね! 試験!」

「うん! 頑張るぞー!」


 時雨はそう言うと、クマリンの手を操って「エイエイオー!」とアテレコする。


「クマリンも連れて行くつもりか?」

「うん! 傍に居ると、緊張がほぐれると思うから!」

「ペーパーテストの時はインベントリにしまっておけよ、カンニングだと思われちゃうからな」

「あっ、そっか~。仕方ないね。でも、実技試験の時には出してあげるからね! クマリン!」


 全く、時雨にはクマこまったモノだ……。

 とはいえ、今は新しいオモチャを手に入れてはしゃいでいるだけだ。

 もう少し経てばこの熱も収まるだろう。


 なんて思いつつ、朝食を食べた俺たちは試験会場である帝国ギルドへと向かった。

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