第36話 剣聖、イカサマをする


「「「ギルド試験、上手くいきますよーに!」」」


 時雨のギルド試験前日。


 俺と時雨とアクアは近くの神社でお参りをしていた。

 ちなみに俺は心の中では『最悪落ちても良いので、怪我人が出ませんように』と願っていた。

 あの後、時雨はエレノアさんに小さな『小火球魔法ファイア』の出し方も学んだ。

「試験ではこっちを使うこと! 絶対よ!? フリじゃないわよ!?」と口酸っぱく言われてたので大丈夫だと思うけど……。


「うー、緊張する~!」

「大丈夫ですよ、時雨ちゃん! 落ちたら私が乗り込んで、ギルド長に文句言ってやります!」

「それ、一番恥ずかしいからやめてあげて。綿霧さんも困るから」


 そんな話をしながら街を歩いていると、魔道具マジック・アイテムを売っている店から大きな怒鳴り声が聞こえた。


「ったく! とんだ不良品掴まされたぜ!」


 あまりの大声に、思わず俺たちは足を止めて店の様子を見た。

 店主と思わしき男がレジ前で探索者と話をしている。


「おいおい、どうしたんだよ?」

「パンドラで手に入れた魔道具だっていうから買ったのに、いくら魔力を入れても動かねぇんだよ!」

「確かかよ? 魔力が足んねーんじゃねぇか?」

「A級魔導士に頼んで全力で魔力を込めても動かなかったんだ、壊れてんだよ。チッ、後で捨てちまうか」


 そう言って、店主らしき男はボロボロのクマのぬいぐるみを床に投げて踏みつけた。

 騙された鬱憤が溜まっているのだろう。

 グリグリと、クマの顔が変形するほどに踏みつける。


「や、やめてっ!」


 その様子を見た時雨はたまらず、店主の足に飛びついた。


「あ? なんだぁ? このガキ」

「踏まないで! 大切にしてあげてよっ!」


 俺とアクアも時雨の後を追って、慌てて店に入る。


「はっ、俺の物なんだから別にどうしたって俺の勝手だろうが」

「そ、そうかもしれないけど……」

「――すみません。失礼します」


 アクアが間に割って入り、時雨に話を聞く。


「時雨ちゃん、このクマさん人形が気になるんですか?」

「うん、つい……ごめんなさい。でも、何だか可哀そうで……」

「分かりました、店主さん。このぬいぐるみ、購入させてください」


 アクアがそう言うと、店に居た探索者は店主に耳打ちをする。


「おい、こいつアクアだぜ?」

「あぁ、金持ちのトップアイドル配信者だ。吹っ掛けてやるさ」


 残念ながら、俺の耳には聞こえている。

 どうやら良いカモが来たと思い込んでいるようだ。


「そうだなぁ……こいつはパンドラで手に入れたらしい一級品でな、100万円でどうだ?」

「ひゃくっ!? さっき捨てるって言ってたじゃん!」

「お嬢ちゃんの聞き間違いじゃねぇかな? まぁ、買い取らねぇならこいつはどうなるか分からねぇがな」


 店主はそう言うと、わざとらしく葉巻に火をつけて吹かした。

 時雨の良心に付け込んで金をせびる気だな。

 しかし、アクアは表情一つ変えずに提案する。


「では、コイントスで決めるのはどうですか?」

「コイントス?」

「はい、貴方が当てたら倍の200万円をお支払いします。ただし、私が当てたら無料でその子を引き取らせていただきます」

「ほぉ~、面白れぇ。じゃあ、コインは俺の、そしてコイントスをするのも俺にさせてもらうぜ? お前がイカサマできねぇようによ」

「それで良いですよ」


 店主はわざわざ店の奥からコインを取り出してきた。

 恐らく、何らかの魔道具マジック・アイテムだろう。

 俺はそのコインに鑑定スキルを発動した。


"故意のコインクリーピー・コイン"

"(魔力を込めて指で弾けば表が出る)”


 案の上、イカサマをする気だ。


「じゃあ、俺は"表"に賭けさせてもらうぜ?」

「分かりました、では私はそれ以外に賭けます」

「へへっ、後からイカサマだなんだと言うのは無しだぜっ!」


 アクアには何か秘策があるのだろう。

 そう思っていたが、何やら俺に口パクで伝える。


「な・ん・と・か・し・て・く・だ・さ・い」


(えぇ……)


 何とかと言われても……。

 確か、店主は"表"に。

 そして、アクアは"それ以外"に賭けたんだよな。

 そんな事を考えている間に店主はコインを指で弾く。


(ええい、ままよっ!)


 俺は、腰にかけていた剣で宙を舞うコインを目にも止まらぬ速度で縦に斬った。

 空中で分解したコインは魔力を失い、床に落ちる。

 斬られたコインの断面が2つとも上を向いた。


「……は? な、何だこりゃ?」


 勝手にコインが空中分解したように見えただろう店主は困惑の表情を浮かべる。


「あらら、表も裏も出ませんでしたね。これは"それ以外"に賭けた私の勝ちで良いですか?」

「ふ、ふざけんな! イカサマだろ! コインに細工しやがったな!」

「貴方が持って来たコインじゃないですか……」


 アクアは呆れつつ、提案する。


「じゃあ、もう一度やれば良いじゃないですか。別のコインで」

「そ、それは……」


 店主は口ごもる。

 恐らく、もうイカサマが出来るコインを持っていないのだろう。

 仕方がないとでも言うように、アクアは妥協案を提示する。


「分かりました、では20万円でどうですか?」

「……! そ、それでいいぜ!」


 店主にとってみれば願ったり叶ったりだろう。

 ゴミとして捨てようとしていたぬいぐるみが20万円に化けたんだ。

 しかも、賭けも負けていたようなモンだったし。

 結末を見届けると、店主と話していた探索者はヘラヘラと笑う。


「取引が成立して良かったな、お二人さん。じゃあ俺はそろそろおいとまするぜ」


 そう言って出て行こうとする探索者の腕を、アクアはひねり上げた。


「――いだだっ!?」

「貴方、泥棒ですね。私の目は誤魔化せません。店主さん、レジの中のお金を確認してください」

「……え? ね、無ぇ! 確かに金が無くなってる! 50万以上はあったはずなのに!」

「罪を私たちに擦り付けるつもりだったのでしょうが……相手が悪かったですね」


 流石はアクア。

 ――こうして、俺たちは店主に感謝されながらクマのぬいぐるみを無料で手に入れた。


       ◇◇◇


「アクアさん、ありがとう~! それに、すっごくカッコ良かった!」


 手に入れたクマのぬいぐるみを手に時雨はニコニコと笑顔を見せる。


「いえいえ、コインが割れてくれて助かりました!」


 そう言って、俺に微笑むアクア。

 次からはちゃんと相談してね……。

 冷や冷やさせられつつ、俺は今手に入れたクマのぬいぐるみに鑑定スキルを使った。


 "可愛いクマさん人形(名前募集中)"

"(異世界産の自立型魔道人形。動かすには相応の魔力が必要となる)"


 壊れてはいないようだが……

 (名前募集中)というのが気になる。

 コイツ自身が名前を募集してるのか?


「おウチに帰ったら破れている所を縫ってあげましょう」

「私自分で縫って、治してあげたいな!」

「では、お裁縫のやり方をお教えしますね!」

「その前に綺麗にしないと!」

「そうですね、一緒にお風呂に入れましょうか!」


 おいクマ、そこ代われ。


 ――なんてクマに嫉妬もしつつ、ついに時雨のF級昇格試験当日を迎えた。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

 この悪い店主にも後でちゃんと天罰がくだりますので、ご心配なく!

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