第35話 剣聖、魔法を斬る

「エレノアさん、悪いことは言いません。やめた方が良いですよ」


 アクアも呆れつつ助言するが、エレノアは時雨を見て不敵に挑発する。


「そもそも、こんな気弱そうな子がダンジョンなんて行けるか疑問ですわ! こういう子に限ってモンスターが出てきたら『キャー、怖くて魔法なんて撃てなーい!』だなんて可愛い声を上げるんですから!」


 そして、エレノアは時雨にとどめの一言を言った。


「それに、腰抜け探索者の妹も腰抜けに決まってますわ! 私にすら魔法を撃てないなら探索者なんておやめなさい!」

「私は、お兄ちゃんの妹……ううん、できるよ! エレノアさん! だって私はお兄ちゃんの妹だからっ!」


 エレノアの発言が時雨のやる気スイッチを押してしまった。

 これはマズい。

 時雨はこう見えて、割と思い切りが良い。


「いくよ、エレノアさん! 『小火球魔法ファイア』!」


 そして、制止する間もなく魔力5000の時雨から放たれた巨大な火球がエレノアの目前に迫る。

 想像の100倍のサイズの火球にエレノアは不敵な表情のまま固まった。


「――は?」


 時雨が放った巨大な火球がそのままエレノアに直撃する。

 ――その瞬間、火球は縦に二つに裂けた。


「ふぅ……大丈夫ですか? エレノアさん」

「……あ、あはは」


 咄嗟に俺がエレノアの前に出て時雨の火球を剣で真っ二つに斬り払っていた。

 斬られた火球は半分に分かれて草原の表面を焼きながら彼方へと飛んでいく。

 エレノアは恐怖のあまり尻もちをついて、瞳にウルウルと涙を浮かべる。


(無理もない……あっ)


 手を差し伸べようとしたところで、俺はこっそりとアクアを呼ぶ。


「えっと、アクア。エレノアさんを家に連れ帰って着替えを用意してあげて……。あと、暖かいスープと毛布を……俺は時雨と買い物にでも行ってくるから」

「あっ……なるほど理解しました。後は私にお任せください」


 俺は速やかにその場を離れて時雨に声をかける。


「時雨~、今日の晩飯買いに街に行くぞ~」

「エ、エレノアさんは大丈夫なのっ!?」

「あぁ~、その……み、水魔法であの火球を消そうとしていたらしいんだが俺が邪魔して突き飛ばしたせいで暴発して自分にかかっちゃったそうなんだ」


 できる限りボカしてエレノアの尊厳を守れるように俺は言葉を選ぶ。

 まさか、エレノア自身が文字通りの『腰抜け』になってしまったとは言えない。

 素直な時雨は納得してくれた。


「そうなんだ~。だからお風邪をひかないようにアクアさんとお家に戻るんだね?」

「そうだよ、時雨。そうなんだよ、そうでしかあり得ないだろ?」

「思ったより大きな火の玉が出たからビックリしたけど、相手はエレノアさんなんだから心配する必要なかったね!」

「と、当然だろ! でも、エレノアさんに魔法を撃つのはもうやめような」


 俺は無邪気な時雨と共に夕飯の買い物をしに行く。


「お兄ちゃん、エレノアさんってとっても良い人だね!」

「そうだな、何だかんだ言いつつ魔法も教えてくれたしな」

「それに、本当にエレノアさんの言う通りだもん。パーティーでの戦いなら、仲間の近くに向かって魔法を撃ったり、可愛いモンスターだって人を襲うなら魔法を撃って倒さなくちゃいけない……エレノアさんはワザと挑発までして私にそれを教えてくれたんだよ!」


 ……ただ「先生」と呼ばれて調子に乗ってしまっただけでは?

 そう思いつつも、エレノアに尊敬のまなざしを向ける時雨には黙っておいた。


       ◇◇◇


「時雨、ちょっとここで待っててくれ。俺が先に家の様子を見てくるから」

「う~ん? よく分かんないけどいいよ~」


 ――30分後。

 時雨をアクアの家の前で待たせると、俺はこっそりと中の様子を探る。

 アクアの服に着替えたエレノアがアクアの胸の中でまだ泣いていた。


「怖かった怖かった怖かった怖かった……」

「よしよし、もう大丈夫ですよ」

「アクアぁ……アンタ、私が粗相したこと言いふらしたりしないわよね?」

「だから、しませんってば。エレノアさんは友達じゃないですか」

「と、友達! アンタがそういうなら……そ、そういうことにしてあげてもいいわよ」


 うわぁ……エレノアさん、凄い嬉しそう。

 こんな姿は絶対に時雨には見せられないな……


       ◇◇◇


「エクセルさん、どうもありがとうございました」

「エレノアよ! 私はそんな表計算が得意そうな名前じゃないわ!」


 一緒に晩御飯を食べて、アクアが別れの挨拶をする頃にはエレノアもすっかり元気を取り戻していた。


「エレノア先生! 私も先生みたいな一流の魔法使い目指して頑張ります!」

「とっ、当然よ! 精々頑張りなさい!」


 エレノアには「上手く誤魔化しておきましたよ」とあらかじめ説明しておいた。

 流石にあれだけ偉そうにした後だと引っ込みがつかないだろうしね。

 エレノアは帰る前に耳元で俺に囁く。


「その……ちゃんと、謝らせて。腰抜け呼ばわりしたこと。それに助けてくれたお礼も……これ、私の住所と連絡先だから」


 そう言って、俺に小さなメモを手渡す。

 そして、顔を赤くしながらゴニョゴニュと続けた。


「その……か、カッコ良かったわ。火の魔法を斬って助けてくれたところ」

「――エレノアさん? 秋月君に何をしているんですか? 用が終わったならさっさとお帰りください」


 アクアが背後からエレノアに忍び寄っていた。

 笑っているが、再びアクアの背中には威嚇するウサギが見える。

 確かにアクアにとっては面倒くさい人だけど、そこまで怒らなくても……


 ――とにかくこれで、時雨のF級昇格試験は大丈夫だろう。


 時雨の試験はいよいよ明後日だ。

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