第26話 ご、誤解です……!
ケチャップを拭きとった俺はアクアと時雨と一緒に医務室を出る。
ギルド試験の結果が出るのは明日以降だろう。
まだお昼過ぎだけど、何度も死ぬ思いをした俺は心身ともに疲弊していた。
「とにかく今日はもう疲れたな……」
「お兄ちゃん、お疲れ様っ!」
「では、私たちのおウチに帰りましょうか!」
「そうだね、俺たちの家に……」
俺はアクアの言葉の違和感に気が付く。
「……え? ひょっとして、アクアと一緒に住むの?」
「当然じゃないですか。何を今更、初めてじゃないでしょう?」
「いやいや! あ、あれはほら! その時の雰囲気と流れで、なし崩し的にやっちゃったけど!」
「な、何を!? 何をやっちゃったのお兄ちゃん!?」
興奮した様子の時雨。
何もしてないです、本当です。
アクアは腕を組んで、拗ねたように頬を膨らませる。
「そんなに私と一緒が嫌なんですか?」
「い、嫌じゃないよ。でもアクアはアイドルだしさ……しかも凄く人気の」
「大丈夫ですよ、貴方がファンに恨まれようと私が守りますから。それに、時雨ちゃんは嬉しいみたいですよ?」
「す、凄い! アクアさんと一緒に住めるなんて! お兄ちゃん、夢じゃないよね!?」
「ほ、本当にありがとう……」
俺は縮こまってお礼を言う。
一体、どれだけのお金と迷惑をアクアにかけてしまっているのだろうか。
この恩を返しきれる日は来るのだろうか……。
そんな事を考えつつ、手を繋いで歩く時雨とアクアの後ろをついて歩く。
ストーカーと間違えられないか心配だ。
「こちらが、私たちのおウチになります!」
「うわ~! 凄くきれ~い!」
アクアが見つけてくれた家は帝国ギルドからあまり遠くない。
そして、十分すぎるほどの大きさだった。
「秋月さん、先にシャワーを浴びて休んでいて良いですよ。その間に時雨ちゃんとお買い物に行ってきます」
「ありがとう……やっぱりまだ身体からケチャップの匂いがするんだよね」
「お兄ちゃん、あれ本当に凄く心配したんだから! シャワー浴びながら反省してよ!」
「はい……ごめんなさい」
確かに、死んだふりは2人にかなり心配をかけちゃったな。
時雨なんて慌てすぎて人工呼吸と心臓マッサージしようとしてきたし……外傷でそれは無理だろ。
――2人が帰ってくるのを待っている間に夜になった。
やっぱり女の子2人だと色々と買い揃えなくちゃいけないモノも多いのだろう。
筋トレと瞑想をしながら俺は2人の帰りを待つ。
「ただいま、帰りました~!」
「お兄ちゃん、ただいま~!」
そして、2人が帰ってきた。
お買い物を凄く楽しんだのだろう。
お互いに充実し切った表情をしていた。
「歩き回って、汗かいちゃいましたね。時雨ちゃん、一緒にお風呂に入りましょ~!」
「えぇ!? い、いいの!? アイドルのアクアさんとお風呂なんて……」
「いいんです、いいんです! さぁさぁ!」
アクアに連れられて時雨は風呂場へ。
「アクアさん、お肌凄くきれーい!」
「時雨ちゃんも凄くぷにぷにじゃないですか。ほらほら!」
「キャハハ! くすぐったいよ~! お返しだ~!」
「む、胸はダメですってぇぇ~! あはは!」
浴槽から聞こえるキャッキャウフフとした声を聴きながら俺は妄そ――瞑想を続ける。
どんな時にでも雑念を捨て集中できるように鍛えなければならない。
特に、これからアクアと一緒に生活をする上で本当に気を付けないと……。
◇◇◇
――翌朝。
「おはようございます、秋月君。お迎えに上がりましたわ!」
「……へ?」
インターフォンが鳴ったので、家の扉を開くと何故かシルヴィアがいた。
その両隣には黒服の怖そうな人もいる。
ボディーガードだろうか、必要ない気もするけど。
「シルヴィア、ど、どうしてこの場所が分かったの!?」
「どうしてって……運命、でしょうか?」
そういえばシルヴィアは帝国内で様々な事業を経営してるんだっけ……。
だからといって俺のいる場所が分かるのはおかしいけど。
いや、多分シルヴィアの財力と人脈があれば分からないことはないのだろう。
「せ、『千金武装』のシルヴィア様!? ど、どど、どうしてこちらに!?」
様子を見に来たアクアは当然ひっくり返りそうになるほどに驚く。
そういえば、まだギルド試験を受けたこと言ってなかった。
ちなみに、時雨はまだ幸せそうに眠っている。
「私、秋月君を迎えに参りましたの。ギルドに行かれるんでしょう?」
「……は? 貴方が秋月さんを?」
シルヴィアを前にしてビビり散らかしていたアクア。
しかし、俺が目的であることを知ると何故か急にシルヴィアを睨みだす。
「すみませんが! 見ての通り、私と秋月さんは一緒に住んでいまして! お迎えは必要ないんですよ!」
「へぇ~、小さいおウチですね? てっきり犬小屋かと思いました。秋月さんもご不満でしょう」
なぜか、シルヴィアもアクアを煽り始める。
アクアは張り付けたような笑みを浮かべてシルヴィアの目の前に立った。
「そうなんですよ~! 小さいおウチですから秋月さんとの距離も近くて! 朝までずっと密着しっぱなしだったんですよ!」
「いや、そこまで狭くはないよね? それ、本当に犬小屋のサイズになっちゃうよ?」
「あら? 肉体的な接触なんて些末なことよ。重要なのは心を酌み交わすことなの。私と秋月君は多くを語らい合ったわ。心と心でね」
「剣で斬りつけ合う事をコミュニケーションだと捉えてます?」
お互いに笑顔だが、なぜか寒気が止まらない。
アクアの背後には威嚇するウサギが、そしてシルヴィアの背後には威嚇するライオンの姿が見えた。
「――そもそも、なんの御用なんですか? S級探索者の貴方がF級の秋月さんに」
「確かに……どうしてここに?」
「ふふっ、白々しいですわね秋月君。昨日、私にあれだけのことをしておいて……」
あれだけのこと……?
シルヴィアは顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに語り出す。
「秋月君に足蹴にされたり、大観衆の前で身に着けていた物を無理やり壊されたり……ぜんぶ、初めての経験でしたの」
シルヴィアの供述にアクアは言葉を失う。
いや、間違ってはない。
間違ってはないのだが、多分アクアには何か誤解をされている……!
「責任……取ってくれますわよね?」
シルヴィアはにっこりとほほ笑んだ。
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