第25話 俺、何かやっちゃいました?

「終わった……潰される。財力で潰される……」


 大財閥のご令嬢を蹴り飛ばした俺は真っ青になる。

 しかし、シルヴィアお嬢様はユラリと立ち上がると心から愉快そうに笑った。


「あはははは! とっても面白いわ! 魔法もスキルも使わずにこんなことができるなんて!」


 そして、頬を赤く染めて俺を見る。


「私、貴方に夢中になってしまいました。出し惜しみなんてしてられないですわ」

「も、もしかしてそれ以上に強い装備を使うおつもりですか……?」


 なんたって相手は『千金武装せんきんぶそう』だ。

 インベントリにはもっと強力な装備もあるだろう。


「ご安心なさい。私は今身に着けている以外の装備は使わないわ」

「そ、そうですか……良かった」

「ただし、もう模擬戦闘なんかじゃ満足できないの」

「……と、言いますと?」


 シルヴィア様は先ほどまでの笑顔から一転。

 鋭い眼光で俺の目を見つめた。


「最後まで、私とお相手をしていただきますわ」

「最後……とは?」

「無論、どちらかが血みどろで倒れるまで……ですわ!」

「それ、最後じゃなくて"最期"ですよね!?」


 最悪の展開になってしまった。

 シルヴィアは再びにっこりと笑う。


「貴方が私をその気にさせたんだもの、責任とってくれますわよね?」

「あ、あははは……」


 もう笑うしかない。

 降参だなんてシステムはあって無いようなものだ。

 ここでシルヴィア様をご満足させられないと今後の探索者としての活動もできるか分からない。


(やるしかない……!)


「本気で斬り込ませていただきますわ、お願いですから死なないでくださいね?」

「ぜ、善処します……」


 俺もスキルを解禁する。

 この身体にもある程度慣れてきた。

 四刀鬼しとうきと戦っていた時以上の実力は出せるはずだ。


「ふぅ……ふぅ……」


 自分の息遣いと心臓の鼓動が聞こえる。

 シルヴィアは宝剣を両手で持ち、切っ先を地面に付ける。

 向かい合った俺は鉄の剣を両手で握り、呼吸を整えた。

 時間が止まったかのような濃縮された空間の中でお互いの目を見合わせる。

 周囲の探索者たちも全員が固唾を飲んで、勝負の行方を見届けようとしていた。

 そんな探索者の中の1人が手に持っていたエール瓶が地面に落ちる。


 ――ガチャン!


 瞬間――疾走し、同時にスキルを発動した。


「剣技、『スラッシュ』!」

「壁技、『鉄壁の一撃ロア・アイギス』!」


 ――ギィィン!!


 耳をつんざくような激しい金属音。

 背を向けてお互いの位置が入れ替わり、それは互いに走り抜けて技を出し合ったことを意味していた。


「――え?」


 直後、俺の鉄の剣が砕ける。

 そして、胸元からジワリと出血した。

 血はみるみるうちにあふれ出し、服に広がってゆく。


「そ……そんな……」


 そして、その場にベチャリと倒れた。

 対したシルヴィアに目立った外傷は無く。

 自分の宝剣に付着した赤い血をペロリと舐める。


「ふふ、あはははっ!」


 そして、ひとしきり笑った。


「お兄ちゃんっ!」


 心配した時雨がすぐに駈け寄ってくる。


「良い立ち合いでしたわ。秋月優太君」


 それだけを言い残し、シルヴィアは闘技場を去って行った。



  ――シルヴィア SIDE――


 戦闘を終えた私は闘技場を去って通路を歩く。

 その道の途中に金髪の青年――『無敵艦隊アルマダ』のリーダーであるアーサーが腕を組んで壁に寄りかかっていた。


「あら、見てたの?」

「あぁ、こっぴどくやられたね」

「……そうね」


 アーサーがそう言った瞬間、私が装備している『ラグジュアルアーマー』の胸元にミシミシと亀裂が入る。

 そして、破片がはじけて壊れた。

 インナーを着ていないので、下着が露出する。


「こんな格好じゃ戦えないもの。戦闘不能にされたのは私の方」

「装備は変えないって約束だったからね」

「全く、本当に食えない子よね。こんな勝ち方をするなんて」


 私はインベントリからいつものドレスに換装した。


鉄壁盾イージスの君がご自慢の防御を突破された感想は?」


 アーサーの意地悪い質問に私はため息を吐く。


「あの子が使ってたのは闘技場に用意されてる何の変哲もない鉄の剣よ。どうやってこのA級装備を破壊できたのかしら?」


「それだけ技が冴えわたっていたということだろうね。ステータスや武器の性能を凌駕するほどに」


 アーサーはそう言って、闘技場に倒れている秋月君を見据えた。


「少なくとも十数年……常に死と隣り合わせの過酷な戦場を生き抜いてきた老練な剣士――いや、"剣聖"とでもいうべき覇気を僕は彼から見出したよ」

「その計算だと、あの子は哺乳瓶の代わりに剣を与えられて戦場で育ったことになるけど?」

「どうやったかは知らないさ。ただ、彼は非常に興味深い」


 そう言って、アーサーは熱を帯びた視線を秋月君に向ける。


「アーサー、貴方にあの子は渡しませんわ。私のモノにします」

「おやおや、随分とご執心だね?」

「えぇ、まだ胸がドキドキしていますの。これが恋かしら」

「多分、剣で斬りつけ合ったからじゃないかな。嫌なつり橋効果だね」


 アーサーはケラケラと笑う。


「それにしても、珍しい。シルヴィア、君がそんなに惹かれるなんて。最初は気にくわない様子だったのに」

「別に興味なんて無かったんだけど。ただ、そうね……」


 私はくすりと笑う。


「えぇ、やっぱり実際に味わってみないと分からないモノね」

「どういう意味だい?」

「パイナップルも食べてみたらそんなに悪くなかった。そんな感じかしら?」

「うん? パイナップル? あぁ、確かに美味しいと思うけど……何?」


 初めてアーサーの困惑する表情を見ることができて、私は満足する。

 「それと――」と付け足して私はため息を吐く。


「鼻血、ちゃんと拭いときなさいよ」


 私の胸元を見た瞬間から鼻血が出ているアーサーに私は忠告した。


       ◇◇◇


「――お兄ちゃん、ケチャップ臭い……」

「あはは、ホットドッグになった気分だよ」


 大出血の大怪我をした。

 そう思われて医務室に運ばれた俺は時雨にそう言われた。

 俺は胸元に入れていたケチャップのボトルを取り出してそばの小机に置く。

 食堂のテーブルに置いてあったモノを一つ拝借したのだ。

 そして、シルヴィアの攻撃を受けきってくれた『女神の小瓶』は首にかけていた入館証の中に挟み込んでいた。

 そう、俺は知恵と工夫で何とかシルヴィアとの死闘を渾身の"死んだふり"でやり過ごしたのだった。


(なんか、バレてた気もするけど……)


 アーマーは何とか破壊できたから、それで試合を止めてくれたんだろう。

 ちょっとズルい気もするけど、まぁお互い様だよね。

 これで何とか、合格になると良いけど……。


「――秋月さん! 大怪我をしたって聞きましたよ!?」


 瞳に涙を浮かべて医務室に駆け込んできたのはアクアだった。

 恐らく、今手続きから解放されてきたんだろう。

 そして、俺の様子を見て顔を青ざめさせる。


「血だらけじゃないですかっ! だ、大丈夫ですか!? 死にませんよね!?」

「ア、アクア、落ち着いて! これはケチャップ! 盛大にこぼしただけだから!」


 肩をガクガクと揺さぶられながら俺は必死に説明する。


「なんだ~、ケチャップか~……なぜ?」

「話すと長くなるから後でね」

「そうですか。分かりました……」


 アクアはそう言うと、何やら俺のことをじっと見つめる。

 そして――。


 ――ペロリ。


「うわぁぁ!? なんで頬を舐めたの!?」

「えっ? だって美味しそ――いえっ! ケチャップがもったいないなと思いまして!」

「あはは、確かにそうだね! 私も舐めよ~!」

「や、やめてっ! くすぐったいからぁ!」


 医務室に俺の悲鳴が響く。


 こうしてひとまず、ギルド試験は無事に終了したのだった。


 ――――――――――――――

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