第21話 S級探索者に目を付けられる


「わぁ~、すっご~い!」


 ギルドの食堂に来ると、時雨は瞳を輝かせた。

 俺たちの町のギルドとは雰囲気が違い、酒を飲む荒くれ者たちだけでなく普通に食事を楽しんでいる探索者たちも多い。

 と言ってもこの場所を利用するのは精々B級までで、A級以上になるとこんなところで食事などしないのだという。

 何はともあれ、これだけ治安が良ければ時雨がいても大丈夫だろう。

 早速注文しようとカウンターに寄ると、俺は自分の失態に気が付いた。


「あっ、しまった……アクアに昼食のお金をもらってないや」

「大丈夫だよ! アクアさんが私にお小遣いを持たせてくれたから!」


 そう言って時雨が財布を開くと俺の一か月分の生活費くらいのお金が入っていた。

 アクア、やっぱり時雨をめちゃくちゃ甘やかしてるな……。


「時雨は好きなモノを頼んで良いぞ。俺はそうだな……あれ?」


 メニューの中の一つに不思議なモノを見つけた。


 ホットドッグ……"無料"


「む、無料!? えっ、マジで!?」


 俺が驚いていると、通りがかった壮年の探索者が教えてくれた。


「坊主、初めて利用するのか? この帝国ギルドは無敵艦隊アルマダのメンバーの1人、シルヴィア様が多額の出資をして運営されているんだ。慈悲深いお方で、探索者が飢えないようにホットドッグだけは食べ放題にしてるのさ」

「はぇ~」

「すご~い! 優しい人なんだね!」


 くそっ、もっと早く知っていれば俺は飢えなくて済んだのに……!

 いや、そもそもこの帝国ギルドに入館することすら無理なんだから詰んでたか。

 俺が迷わずにホットドッグを注文すると、「私も~!」と言って時雨も同じモノを選んだ。


 長机の席について、時雨と一緒に恐る恐るホットドッグを頬張る。 


「美味し~い!」

「こ、これが無料!? 本当に!?」


 しかもテーブルの上にケチャップとマスタードのボトルも置いてあり、かけ放題だ。

 俺は時雨と一緒に一心不乱にかぶりつく。

 刻んだオニオンとバジルソース、ウィンナーの肉汁にピクルスも相まって涙が出てくるくらいの美味しさだ。


(それにしてもまた無敵艦隊アルマダか、本当に凄い人たちなんだな……少しだけ調べてみようかな)


 俺は小型画面モードにして、ウィンドウを表示し、手元で検索をかける。

 すると、それぞれのメンバーが2つ名と共に写真と簡単な文章で紹介されていた。


 無敵艦隊アルマダメンバー。


一騎当千ミリオン』アーサー

 最年少リーダー。

 魔法と剣技を同時に扱う上級職、魔法剣士ソードマギカ

 思慮深く、意味深な発言にはいつも様々な憶測が飛び交う。


千金武装せんきんぶそう』シルヴィア

 味方の保護と攻撃役ダメージティーラーもこなす上級職、鉄壁盾イージス

 大財閥、名取なとり家の一人娘。

 莫大な資産を有しており、様々な事業に出資している。

 ………………

 …………

 ……


(流石にS級ともなると、みんな大層な2つ名が付けられてるな……)


 まぁ、2つ名だったら俺も持ってる。

 『最弱探索者』という2つ名だけど……。


(確かに、レーネさんの言う通りこれだけ凄い人たちだと依頼を受けてもらえるどころか会うことさえできないだろう)


 逆にホッとした俺は時雨と一緒にホットドッグを堪能する。

 時雨もずっと病院食だったので、味が濃くて凄く嬉しいみたいだ。


「――お隣、良いかしら?」

「あぁ、どうぞ」


 時雨と一緒に幸せを噛み締めて居た俺は反射的に許可を出す。

 俺の隣に座ってきたのは、帽子をかぶりサングラスをかけた綺麗な若い女性だった。


「…………」

「こんにちは! お姉さん!」

「あら、可愛いお嬢さん。こんにちは」


 時雨は元気よく挨拶をしているが、 俺はその姿を見て思わず絶句する。

 俺は再度手元の小型ウィンドウに表示させていると見比べた。

 サングラスや帽子なんかでは全く隠せていないS級のオーラ。

 そして、一流モデルですら裸足で逃げ出しそうな抜群のプロポーションが何よりも彼女の証明に他ならなかった。

 そう、S級探索者……シルヴィアが俺達の隣に座ってきたのだ。


(こ、これで変装できてるつもりなのか……!?)


「あ、あの……ど、どど、どうしてこちらに……?」


 幸せな気分から一転。

 俺は自分の喉元に刃を突き立てられているかのような気分で質問をする。

 何か粗相でも働いて、彼女の機嫌を損ねたら一生帝国ギルドを出禁になるなんてこともあり得る。


「お邪魔をしてごめんなさいね。ただ、ギルドの食堂がどんな様子かを見ながらお食事をしてみたかったんだけど……」


 シルヴィアは口の周りにケチャップを付けた時雨を見てにっこりと微笑む。


「お2人が凄く幸せそうにホットドッグを食べてるから、つい気になってしまいましたの」

「お姉さん! このホットドッグすっごく美味しいよ~!」

「あらあら、それは何よりですわ」


 そう言って、シルヴィアはインベントリから白いハンカチを取り出して時雨の口元を拭う。

 いやいや、多分ドッキリだろこれ。

 そう思って周囲で食事をしている探索者たちを見てみると、みんな尋常じゃないほどの冷や汗をかいて、静かに食事をしていた。

 あっ、本人だこれ。

 時雨の口元を拭き終えると、シルヴィアは語りかける。


「私はただのしがない探索者で、S級探索者のシルヴィアなんて人じゃないんですが、良ろしければ貴方たちのお名前を教えて頂いても?」

「あ、秋月優太……といいます」

「秋月時雨だよ~!」


 その名前を聞くと、シルヴィアは少し驚いたような表情をする。


「そう……貴方が秋月優太なのね。これも何かの運命かしら」


 小さく何かを呟くとにっこりと微笑んだ。

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