第19話 ギルド試験の条件

 受付に向かって歩いていると、時雨がこそこそと俺に語りかける。


「お兄ちゃん、ありがとう。私が怖がると思って決闘とか、喧嘩とか止めてくれたんだよね」


 そして、にっこりと笑う。


「でも、大丈夫だよ! 私、病気を乗り越えて強くなったみたいに感じるの! エレノアさんが睨んだ時も全然怖くなかったんだ!」


 ……そりゃ、時雨の方が段違いに魔力があるからね。

 エレノアの魔力による威嚇は時雨の体感的に子犬がキャンキャン吠えてたくらいの感覚だっただろう。


「時雨、探索者はさっきみたいな荒くれ者も多いんだ。気を付けるんだぞ」

「うん、私も身体は元気になったけどまだまだもんね……でも、いつかはお兄ちゃんの役に立てるようになりたいな!」


 そう、結局時雨の規格外なステータスは本人には隠すことにした。

 俺がSSSクエストの達成報酬で手に入れた特殊『特性フィート』の能力を使って。


 『特性フィート

 影の英雄:貴方は人知れず世界を救った。

 (触れたステータス画面を偽造することができる)


 これによって、時雨のステータスから『女神の誤算』を隠し、MPと魔力も本来の数字に偽造しておいた。

 時雨が俺の手違いのせいで莫大な魔力を持っていることを正直に伝えると、すぐにでも探索についてこようとするだろう。

 しかし、時雨はまだ魔法も覚えてないし防御力や体力も低いから危険だ。

 多少の罪悪感を覚えつつ、時雨の頭を撫でてやると嬉しそうに笑った。


「こんにちは、アクアさん。先ほどは大変でしたね」

「レーネさん、お久しぶりです! いやぁ、帰って来て早々ツイてないです~」


 受付のお姉さんの名前はレーネさんというらしい。

 ミディアムヘアーの黒髪が良く似合う若い女性だ。


「実は、エレノアさん。毎日ギルドに顔を出しては『今日もアクアさんは居ませんの? べ、別に興味があるわけじゃありませんがっ!』なんて聞いてきて」

「すみません、ご迷惑をおかけして……」

「何も言わずに帝国を出て行ったのが相当心配だったようですね。本人は絶対にそんなこと言いませんが」


 ……なるほど、合点がいった。

 恐らくエレノアはアクアのかなり強火な隠れファンだ。

 さらっと『配信見てる』って言ってたし。

 アクアが冴えない俺なんかを連れてきたから突っかかってきたんだろう。


「それで、アクアさんはその方とパーティを組まれるというのは本当ですか?」

「はい、F級探索者の秋月さんです。まずは帝国ギルドに登録を済ませたいのですが」

「ふむ……やはりF級なんですね。困りましたねぇ」


 レーネさんは眉を下げる。


「どうしてですか? "推薦制度"がありましたよね? 確か、B級以上の探索者の推薦と実技試験を受けて合格すれば帝国ギルドに入れるとかいう」

「推薦制度はレベルの高いD級探索者がC級のダンジョンに挑むことを想定された特例でして……ましてやE級ですらないF級探索者が試験を受けたなんて前例がないんです」


 ちょっとそんな気はしていた。

 基本的にC級以上のダンジョンは帝国の許可がないと入れない。

 推薦されたからと言って、簡単にF級探索者が帝国ギルドになんて入れないだろう。


「そして実技試験の条件なんですが――」


 レーネさんの話の途中で、ギルドの扉が開け放たれた。

 そして、入ってきた大男が声を張り上げる。


「お前ら、『無敵艦隊アルマダ』のご帰還だぁ! 道を開けろぉぉ!」


 その掛け声と共にギルド内の探索者たちは歓声を上げた。

 あっという間にギルドの入りから道を作るように人垣が出来上がる。


「わぁ、凄い盛り上がり……もしかして、アルマダさんって人の誕生日なんですか?」


 俺がそう言うと、レーネさんはズッコケるようなリアクションをする。

 結構ノリが良いお姉さんみたいだ。

 レーネさんとアクアが代わる代わる俺と時雨に説明をしてくれる。


「ご存じないんですか!? 『無敵艦隊アルマダ』は全員がS級探索者で構成されたレジェンドパーティーですよ!」

「そうですね、間違いなく最強パーティの一角です。毎回ダンジョンから帰還する度にこの大騒ぎですし」

「S級ダンジョンを30階層まで攻略してるほどの超実力者たちですからね。まぁ、雲の上の存在とでも思っていれば良いと思いますよ」


 人だかりが凄くてメンバーの1人すら見ることさえできなかったが、きっと凄い人たちなんだろう。


「まぁ、そんなことより今は入団試験です! レーネさん、どうやったら秋月さんをギルドに入会させられるか教えてください」

「はい、実技試験の条件なんですが、帝国ギルドのブランドを守るために探索者ランクが低いほどより高ランクの探索者による承認が必要になってまして……」


 レーネさんは言いづらそうに話を続ける。


「実技試験は帝国ギルド探索者との模擬戦闘になります。C級を基準に階級が下がるほど逆に模擬戦闘の相手の階級が一つ上がります」


 俺の顔色を窺うように、レーネさんは言う。


「えっと、つまり……D級探索者ならB級探索者との模擬戦闘、そしてE級ならA級と……なので……システム的に言うと……」

「F級探索者の俺はS級探索者との模擬戦闘になる……ってこと?」

「そ、そういうことになりますね……」

「あ~、だから今まで誰も試験を受けた事がないんですね……」

「そもそも、F級で帝国ギルドに入ろうというのが無茶な話なので……無茶を通すにはより高階級の探索者の承認が必要になりまして……」


 ――まさかの、ギルド試験でS級探索者と戦うことになってしまった。

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