第16話 ステータスが壊れです

 ギルドに別れの挨拶を済ませた俺とアクアは時雨が居る病院にやってきた。


「お兄ちゃんっ!」


 アクアと一緒に病室に入ると、時雨は待ち構えていたようにすぐ俺のもとに駆け寄る。

 今まではベッドに寝たきりだったから、走っている姿を見るだけで感動だ。

 時雨は俺に満面の笑みを見せる。


「お兄ちゃんのおかげで凄く元気になったよ! 夢みたい!」

「時雨! 良かった~、女神のしずくが効いたんだね」

「うん! 本当にありがとう!」


 元気よく感謝をすると一転、時雨は俺の服の袖を握ってうつむいた。


「お兄ちゃんごめんね……私、本当は諦めてたんだ。もう助からないんだって……お兄ちゃんを信用しないなんて、ダメな妹だよね……」

「時雨……」


 俺は屈んで時雨と向かい合う。


「俺も謝らないといけないんだ……本当は、時雨に沢山嘘をついてた。時雨を助けることができたのだって、本当に色んな偶然が重なっただけで――」

「ううん! お兄ちゃんがしたことは全部私の為だって分かってるから! だから、謝らないで!」


 時雨は俺をギュッと抱きしめる。


「うぅ、良い話ですねぇ……」


 アクアは再び感動したように目をこすっていた。

 時雨はアクアに気が付くと、俺からパッと離れて顔を真っ赤にした。


「えっ、えっとぉ……そのぉ……」


 そして、急にモジモジし始めた。

 時雨のこんな様子は初めて見る。

 そういえば、時雨を助けた時はバタバタしていてアクアとはまだ挨拶を済ませてないんだよな。

 時雨は何やら緊張したようにゴクリと唾をのみ込む。


「も、もしかしてアクアさんですか? アイドル配信者さんの」

「はい、そうですよ! よくご存じで!」

「わわっ! す、凄い! 本当に本物ですか!?」

「はい! 本当に本物です!」


 どうやら時雨もアクアのファンだったらしい。

 改めて、アクアは俺なんかと一緒にいるのがおかしいくらいの有名人だよなぁ。


「わ、私! 病室でアクアさんの配信見てました! 女の子なのに凄く強くって、勇気づけられて、私もこんな風になりたいなって!」

「光栄です! 時雨ちゃんならきっとなれますよ!」

「あ、握手しても良いですか……?」

「もちろんです! 時雨ちゃんになら何度でもしますよ!」

「す、すごーい! 配信で見るよりもすっごく綺麗で可愛くて……」

「時雨ちゃんだって可愛いじゃないですか! 妹にしたいくらいです!」


 2人でキャピキャピと盛り上がる。

 アクア、ありがとう時雨をこんなに笑顔にしてくれて。

 一通りファンサービスを終えると、アクアは俺に語りかける。


「さて、秋月さん。時雨ちゃんに説明しないとですね」

「うん。時雨、俺はアクアと一緒に帝国に行くんだ。時雨もついて来てほしいんだけど」

「帝国に? うん、もちろん良いけど……どうして帝国に行くの?」


 時雨は首をかしげる。

 昔の俺だったら時雨を心配をかけさせまいと何か嘘をついたと思う。

 でも、もう時雨に嘘はつきたくなかった。


「実は……この世界に異世界の魔王が来ていて。いつ世界征服が始まってもおかしくないんだ」


 それから俺は全てを正直に話した。

 せっかく元気になった時雨のいるこの世界が脅かされていること。

 13年間、異世界で冒険をしていたこと。

 突拍子もない話なのに、時雨は一切疑うことなく最後まで聞いてくれた。


「そっか……お兄ちゃん。ありがとう、正直に私に話してくれて」

「ごめんな、本当は俺が向こうの世界でちゃんと仕留めることができれば良かったんだけど」

「ううん……お兄ちゃんは頑張ったよ。むしろ、頑張りすぎなくらい」


 そう言うと、時雨は意を決した表情で頭を下げた。


「だから……私も協力したい! お兄ちゃんに守られてばかりじゃイヤなの! せっかく元気になれたから、私も一緒にダンジョンに行ってお兄ちゃんを守りたい!」


 ――驚いた。

 時雨は気が小さくていつも遠慮がちだ。

 なのに、こんなにハッキリと自分の意見が言えるなんて。

 しかし、残念ながら無謀だ。

 時雨は病気のせいで訓練学校にすら通えていない。

 つまり、俺より下のG級探索者としてのスタートになる。

 俺は諭すように時雨と目を合わせた。


「時雨、気持ちは嬉しいけどダンジョンは危険で――」

「ダンジョン攻略のパーティーには前衛と後衛がいるでしょ? 私が治癒師ヒーラーとかになればお兄ちゃんの助けになれるんじゃないかなって!」


 アクアも俺と一緒に時雨を説得してくれる。


「時雨ちゃん。気持ちは凄く立派だけど難しいです。後衛だからって安全とは限らないんです」

「でも……でもぉ……」

「焦らなくて大丈夫です。きっと時雨さんは秋月さんの助けになれますよ! それに、秋月さんには私がついてますからご安心を!」

「ア、アクアさんがお兄ちゃんとパーティーに!?」

「はい! 私も貴方のお兄さんに助けられた一人ですから!」

「えぇ~!? お兄ちゃんすごーい!」


 時雨がキラキラとした瞳を向ける。

 ほんと、何でこんなことになってるんだろうね。


「そっかぁ、なら安心だね!」

「俺だけだと心配ってことか?」

「う~ん、そうかも。お兄ちゃんって無茶するし」

「そうですね、それに秋月さんは優しすぎるところがありますから私も心配です」

「アクアまで……」


 すっかり息の合った2人の笑い声が病室に響いた。


       ◇◇◇


 その後、時雨の検査結果が出たので俺はアクアと一緒に主治医のもとへと向かう。

 そこには、怪訝な面持ちの医者が時雨のカルテを眺めていた。


「時雨さんの容態ですが……う~ん……」


 椅子に座った俺たちに主治医は言う。


「全ての数値が理想値を叩き出してまして……逆に怖いくらい健康です」

「「やったぁぁー!」」


 俺たちはハイタッチで喜び合う。


「思わせぶりな態度を取らないでくださいよ!」

「すみません、ですが私としてもここまで健康な人を見るのは初めてで……」


 病室から出ると、時雨はにっこりと笑った。


「これなら私もダンジョンで協力できるよね!」

「時雨はまだレベル1だから無理だよ」

「そう言うお兄ちゃんだってレベル1なんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「一応、時雨ちゃんのステータスも見てみましょうか? 職業ジョブ適正もそれで分かるかもしれませんし」


 アクアの提案に時雨も興味を示した。


「そっか、ステータス! それで何に向いてるか分かったりするんだよね!」

「そういえば時雨のステータス、見た事無いな」

「私もずっと見てないよ~、それどころじゃなかったし。えっと、ステータス!」


 時雨のステータスウィンドウが俺とアクアの目の前に表示される。

 それを上から順に見ていった。


秋月時雨あきづきしぐれ

 レベル:1

 HP : 100/100

 MP : 5050/5050

 SP:20

 経験値: 0/50


 職業:なし

 攻撃力:20

 防御力:30

 魔力:5020

 敏捷性:20

 知力:100

 運:100

 スキル:無し

 魔法:無し


「…………」

「…………」


 俺とアクアは言葉を失う。

 全体的にやや高いのも気になるが、そんなことより――

 MPと魔力が……5000超え?

 えっと、A級魔導師の魔力が大体1000前後で、S級の大魔導師になると魔力が3000を超えることもあるとか……。

 ……それが、5000?


「どうしたの~?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね~」


 呑気に尋ねる時雨。

 アクアも頬に汗を垂らしながら原因を探る。

 そして、その答えは特性フィートに存在した。


特性フィート

・女神の誤算:貴方は『女神のしずく』を過剰に摂取した。

(MP+5000、魔力+5000)


「――過剰に摂取?」

「秋月さん、何かしたんですか?」


(……そう言えば、報酬って)


 俺はSSSランククエスト『英雄の誕生』を引き受けた時の画面を思い出す。

 確かあの時に書かれていたのは……。


 報酬:女神のしずく×2

    特殊『特性フィート』:影の英雄

    異世界で得た能力

    ………………

    …………

    ……


(……あれ? 女神のしずくって2個もらってた?)


 俺は女神のしずくが入っていた空の瓶をインベントリから取り出す。

 そして、恐る恐る『鑑定』スキルを使ってみた。


『女神の小瓶』

 "この瓶に2回分の女神のしずくが入る。オリハルコンよりも丈夫な容器"


 ……そうだ。

 あの時は急に時雨の容態が悪くなったから焦っていて……。

 俺は説明をちゃんと読まずに時雨に全部飲ませちゃったんだ……。

 この特性フィート『女神の誤算』は恐らくそのせいで……。


 沈黙する俺とアクアに時雨は不安そうに尋ねる。


「も、もしかして探索者になるのは絶望的とか……?」

「あはは……えっと」

「ど、どうしましょう秋月さん……」


 ――こうして、G級探索者の可愛らしい大魔法使いが生まれてしまったのだった。

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