第15話 実力の片鱗を見せつける

 樫田に決闘を申し込まれた俺は男らしく前に出る。

 そして、堂々と言い放った。


「――参りました」


 潔い敗北宣言。

 ここで俺が勝とうが負けようがアクアの気持ちは関係ないと思うし……。

 そもそも、俺は今武器を何も持っていない。

 樫田は剣を腰に収めて腕を組む。


「ふん、逃げるのか臆病者め」

「当然だよ。俺はF級探索者、キミはB級。どうやったって敵わない」


 ――とでも言えばご満足いただけるだろう。

 ちなみに外獣から逃げた臆病者はお前だ。

 得意げな表情になった樫田はアクアに再度アピールをする。


「さぁ、アクアさん! 今一度問います! この腰抜け探索者と私! どちらの方が貴方にふさわしいですか!?」


 すでにウンザリした様子のアクアは俺の腕に身を寄せてハッキリと答える。


「秋月さんです! では、私たちは予定がありますので! さようなら!」


 一連の流れを見て、流石にこらえきれなかったのだろう。

 ギルド内の探索者たちはドッと笑いだす。

 自信満々だったB級探索者の鼻がへし折られる瞬間だ。

 この町の探索者たちにとっては愉快でたまらないだろう。


 アクアに腕を引かれながら樫田を避けてギルドの入口へ向かう。

 ――直後、俺の【危機察知】の特性フィートが働いた。


「アクア!」

「『ハイスラッシュ』!」


 俺はアクアを引っ張って腕に抱くように受け止めた。

 アクアの居た位置に樫田のスキルがさく裂し、剣撃が空を斬った。

 ……こいつは、冗談じゃ済まされないな。


「こっちが下手したてに出てりゃあ、調子に乗りやがって! こんなクソ女になんて興味ねぇよ!」


 アクアに袖にされ大衆の面前で恥を晒した樫田は額に血管を浮かべて激怒していた。


「……おい、今樫田がスキルを発動する前に避けてなかったか?」

「そんなわけねーだろ。未来でも見えてなけりゃ無理だ」

「だよな……」


 先程C級を名乗っていた男が他の探索者たちとそんな話をしている。


「全く、大丈夫かアクア」

「ひ、ひゃい……!」


 流石にこんな場所で奇襲を仕掛けられるとは思わなかったようだ。

 俺の腕の中で顔を赤くしたアクアは動揺した様子で答える。


「偉そうにしてんじゃねーよ! 『都落ちのアクア』がよぉ」


 樫田の標的は俺からアクアに移ったようだ。

 俺がアクアを立たせている間に樫田はアクアに対しての暴言を吐き始める。


「知ってるぜ? アイドルダンジョン配信者としてナンバーワンだったお前も最近は他のアイドルに抜かれて落ちぶれてるってなぁ! だから帝国から逃げたんだろ?」


 アクアは顔色一つ変えずに樫田の言葉を聞く。


「俺様が協力してやろうって言ってんのにそんな雑魚なんか選んでよぉ! 帝国に戻るつもりらしいが、そんな奴連れて行ったところで他の探索者に実力を見せつけられて、また惨めな思いするだけだぜ!?」


「私の事情に秋月さんを巻き込むつもりはありませんよ。もともと、私は誰かと比較してダンジョン配信の活動をしていたつもりはありません。タイミング的に『都落ち』だなんて言われてますが……」


 アクアはため息を吐く。


「そもそも、貴方は私を利用したいだけですよね? 貴方は配信で人気が出ないから、アイドルである私を客寄せパンダにしたい……そうでしょう?」

「そうだよ! それ以外にテメーに媚びる理由なんてねぇだろうが、クソ女がよぉ! 俺みたいな強い冒険者と組まねぇとテメーはもう落ちぶれていくだけだぜ?」


 開き直った樫田にアクアは呆れながら、インベントリから両手に短剣を持つ。


「良いでしょう、秋月さんは優しいですから貴方を見逃しました。でも、私が貴方のを教えてあげます」

「はっ! たかが盗賊シーフごときが純粋な戦闘職である剣士ソードマンの俺とやろうってのか?」


 先に結果が見えていた俺はため息を吐く。

 俺の【危機察知】の特性フィートがすでに樫田の全身を真っ赤に染め上げていた。


「――『千本桜』」


 何の予備動作も無く、アクアはスキルを発動する。

 アクアの姿が消えたと思った次の瞬間には細かい剣撃が桜吹雪のように樫田の全身を覆った。

 再びアクアが姿を現すと、全身の装備が切り裂かれてパンツ一丁の樫田が現れる。


「動き、見えました? 首を斬ることも出来たんですけど」

「ひ、ひぃぃ~」


 ハート柄のトランクスを周囲に晒したまま、樫田は尻もちをつく。

 そのままずりずりと後退して壁に背中をつけた。


「同じB級探索者と言ってもこれだけ実力の差があります。それだけA級への壁が分厚いということでもあるんですけどね」


 そうだ、アクアはあの外獣の剣技を一晩避け続けてみせた探索者だ。

 素早さだけで言えばすでにB級の中でも指折りの実力者なのだろう。


 アクアは短剣を再びインベントリにしまうと、ニッコリと笑顔を見せる。


「貴方ごとき、秋月さんがお相手をするまでもありません。じゃあ、秋月さん。妹さんのもとへ向かいましょう!」


 そう言って、俺の手を掴んでギルドを出ようとするアクア。

 アクアが背を向けた瞬間に、再び俺の【危機察知】の特性フィートがアクアの背中を赤く照らす。


「くそっ、死ねぇ! 秘技、『射貫く剣アローソード!」


 樫田はこの期に及んでアクアに一矢報いたいようだ。

 俺はテーブルの上に放置されていたステーキ皿からナイフを手に取る。

 そして、樫田がスキルで投擲した剣を弾き返した。


 ――キィン!


 軽い金属音が響くと、俺に弾き飛ばされた剣は真っすぐ持ち主のもとへ。

 ――ダン!

 樫田の顔の数ミリ右の壁に突き刺さる。


「あ、あばばばば……」


 樫田は失禁しながら泡を吹いて気絶した。

 俺は拝借していたナイフをテーブルのステーキ皿に戻す。

 周囲の探索者たちは口をあんぐりと開けたまま樫田と俺を交互に見ていた。


「い、今何したんだ?」

「秋月は『スキル』発動して無かったよな?」

「どうなってるんだ……?」


 これはスキルじゃない。

 力の流れを制御して受け流し、相手の剣を弾き飛ばす『パリイ』という剣術だ。

 スキルなんかに頼ってばかりじゃ生き抜くことなどできなかった。

 過酷な……異世界では。

 剣が突き刺さる音にアクアが振り返る。


「秋月さん? どうかしました?」

「あぁ、何でもないよ。行こう」


 アクアに手を握られ、俺たちは病院まで時雨を迎えに行く。


 ――そのまま、強力な探索者たちや高難易度のダンジョンが集まる帝国へと向かうことにした。

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