第12話 強くてニューゲーム

「どうぞ、入って良いですよ」

「し、失礼します……」


 アクアに招かれて部屋の中へ。

 玄関に入った瞬間に女の子特有の良い香りがした。

 高級物件なだけあって、一人暮らしなのに結構な広さがある。


「お、俺は汚れてるから玄関に居るよ……」

「何言ってるんですか、お互い様ですよ。私だって一晩中ダンジョンに居たんですから」

「アクアは綺麗だよ」

「――!? い、いきなり何言ってるんですかっ!?」

「だって、公園で寝たりしないでしょ?」

「あぁ……そういう意味ですか。まぁそうですね」


 またアクアは顔を赤くして少し不機嫌な表情をする。

 本当はホームレスなんて家に上げたくなかっただろうに……申し訳ない。

 結局、アクアに腕を引っ張られて俺はリビングへ。

 室内では猫耳を付けた魔道掃除機が縦横無尽に移動していた。


「今、お風呂にお湯を貯めてますから。ソファーに座って待っていてくださいね」

「俺はシャワーで良いよ?」

「ダメです。お風呂を嫌がるなんて……本当にワンちゃんだと見なしますよ?」

「……は、入ります」


 アクアに犬扱いされるなんてむしろご褒美だが。

 ギリ、人間としての尊厳が勝った。


「お着替えは持ってますか?」

「インベントリに……あっ、でもあまり綺麗なのはないかな」

「分かりました、貴方の服を適当に買ってきますから。お風呂が出来たら勝手に入っていてください。バスタオルは浴室にあります」

「ありが――」


 俺が感謝をしようとすると、人差し指で口を塞がれた。


「感謝の言葉は明日の朝にまとめて頂きますから」


 ニコリと笑うと、アクアはそう言って再び外に出て行った。

 ほどなくして、「お風呂が沸いたよ」という合成音声が鳴る。

 なんか俺の声に似てる気もするが、気のせいだろう。


(というか、アクア。俺を1人で残して家を出て行っちゃったな……)


 外で寝泊まりしてる俺が言えることじゃないけれど、不用心だ。

 そんな事を考えつつ浴室へ。

 浴室も広くてとても綺麗だった。

 身体を一通り洗い終えた俺はありがたく湯に浸からせてもらう。

 異世界での旅なんか、水浴びが関の山だったので本当に気持ち良い。

 浴槽から出て身体を拭くと、俺は一つの問題に気が付く。


(あ、着替えがないと出られない……)


 丁度その時、ノックの音が鳴った。

 俺は慌ててバスタオルを腰に巻く。

 直後、浴室のドアが開いた。


「秋月さ~ん、お洋服ここに置いて――」

「わぁぁ!?」


 半裸の俺と鉢合わせしてしまい、アクアは慌てて扉を閉める。


「ご、ごめんなさい! まだご入浴中かと思いまして!」

「だ、大丈夫! 大事な所は隠せたから!」

「お着替え、ドアの前に置いておきますから!」


 有難く、アクアが買ってきてくれたやや大きめのサイズの服に着替えさせてもらう。

 そして、扉を開けて出ると反省した様子のアクアがいた。

 お互い変な気まずさを感じつつ、アクアが口を開く。


「す、すみませんでした。男の人ってお風呂出るの早いんですね」

「事故とはいえ、ごめん」

「いえ、その……。い、意外と良い身体をしてるんですね……」

「へ? あ、ありがとう?」

「じゃ、じゃあ! 次は私が入りますので秋月さんはご自由にお寛ぎください」


 そう言ってアクアは逃げるように浴室へと向かう。

 アクアも変なことを口走るくらいには慌ててたみたいだ。


       ◇◇◇


 ――40分後。

 アクアが寝間着姿で浴室から出てきた。

 落ち着くことなど出来るはずもない俺は、ソファーの端っこで置物のように佇んでいた。

 しかし、アクアに見つかり隣に座られてしまう。

 その距離はアクアの身体から立ち登る湯気が俺の肌を撫でるほどに近くて――


「良い香りがしますね、流石はウチのシャンプーです」


 俺のそばでスンスンと鼻を動かしてはアクアはそんなことを言う。


「アクアの方が犬みたい」

「犬は飼い主に似るんですよ? 逆もまた然りです」

「そんな話、聞いたことないよ」


 他愛のない話をすると2人でクスクスと笑う。

 何も面白くないのに、心の底から笑えてしまうから不思議だ。

 髪を乾かし終えたアクアが瓶に入った高級ぶどうジュースとグラスを2つ持って来て注ぎ始める。


「さて、お祝いしましょう! 今日は思いっきり酔っ払いますよ!」

「このワイン、アルコールは入ってないみたいだけど?」

「そんなの気分ですよ、気分! さぁ、乾杯!」


 アクアにグラスを持たされて、カチャリとグラス同士を重ね合わせる。

 一気に飲み干すと、アクアは「ぷはー!」と満足そうに笑った。


「それにしても、本当に良かったですね! 妹さんが助かって!」

「うん、本当に良かった……人生の全てが報われた気分だよ」

「これでもう秋月さんは探索者サーチャーなんてしなくて良いワケですし! 妹さんと幸せに暮らせますね!」


 アクアは「よーしよし」と言いながら俺を褒めるかのように髪をワシャワシャと撫でまわす。

 完全に犬扱いだ。

 そして、そんなアクアに俺は伝えなくてはならないことがあった。


探索者サーチャーは……続けないとダメなんだ」

「へ? どうしてですか?」

「アクアに言ったよね。俺が受けたSSSランククエストのクリア条件」

「えっと、確か。『世界の9割が魔王の手に落ちた異世界。その平和を取り戻すこと』でしたよね?」

「あぁ。どこにも言ってないだろ? だなんて」

「――え?」

「書いてあったのは『平和を取り戻せ』ってことだけ」

「ってことはもしかして……」

「うん、まだ倒せてないんだ。魔王」


 アクアはもう一杯ジュースを注いで飲み始める。

 そして、質問でもするようにそろ~りと手を挙げた。


「あの……パンドラの外獣って『異世界から来てる』って言われてますよね。もしかして――」

「その通り、魔王も同じようにしてこっちの世界に来てるはず」

「ど、どうしてですか!?」

「異世界はすでに9割も支配していたから途中で残りは部下に任せてたんだ。俺はそれを全員倒しただけだよ。魔王もまさかあの戦況を俺にひっくり返されるとは思ってなかっただろうけど」

「じゃあ、その魔王はこっちの世界征服も……」

「企んでる。それを知っているのは多分俺たち2人だけ」


 俺もぶどうジュースを一口頂く。


「異世界の方は俺が平和にしたけど……今度は、こっちの世界を救わないと。魔王は俺が向こうで13年も時間をかけたせいで取り逃がしたようなモノだし」

「で、でも秋月さんは今レベル1なんですよね?」

「うん。だからもう一度強くならないといけない。モンスターを沢山倒して、ダンジョンを攻略しつつパンドラの外獣も倒して魔王の勢力を弱めていく」

「なるほど……分かりました!」


 アクアはぶどうジュースの瓶を持って掲げた。


「ぶっ倒しましょう! 魔王!」

「もしかして、アクアも手伝うつもり?」

「当然じゃないですか! 私たち若者の将来はまだまだ長いんです、魔王なんかに奪わせやしません」


 アクアは「それに――」と付け加えてにっこり笑う。


「ダンジョン攻略のお供に、優秀な盗賊シーフが必要だと思いませんか?」

「えっと、でもまたパンドラの敵と戦うと思うし――」

「私もついていきます! ていうか、秋月さんはこれから高レベルのダンジョンに入るために許可が必要ですよね?」


 そう言うと、アクアは自慢げに帝国のギルド証を突き付けてきた。


「秋月さんはレベル1のF級探索者。階級試験なんか受けてたら凄い時間がかかってしまいますよ。B級の私とパーティーを組めば高難易度のダンジョンにもすぐに挑めます」


 実際、アクアの申し出はかなりありがたかった。

 俺は今レベル1だけど、多少の戦闘経験はあるし、異世界の能力もある。

 何より……もう努力が報われない身体じゃない。

 今の俺は『強くてニューゲーム』のような状態だ。

 きっと、俺の成長速度に探索者ランクの試験が追い付かないだろう。


「それと、秋月さん。異世界の話とか隠しクエストの話、よそではしない方が良いですよ?」

「えっ? どうして?」

「どちらも妄言だって言われていることですからね、間違いなく不信感を持たれます。だから、ひとまずは『普通のF級探索者』として振舞っていてください」

「そっか……アクアにも迷惑がかかっちゃうもんね。分かった」


 B級のアクアは名も知られているし、俺なんかのせいで変な噂が立ってはいけない。

 当然、家に泊まったなんてことは絶対に……。


「そうと決まれば、検査が終わり次第時雨ちゃんを連れて帝国に移動しましょう!」

「えぇ!? この部屋、もう売っちゃうの!?」

「はい、目的は達成しましたから」

「目的って、素材の採集でしょ?」

「本当に欲しい素材は……もう手にはいりました」


 そう言うと、アクアはにっこりと俺に微笑んだ。


 ――この時はまだ思ってもみなかった。

 F級探索者であるはずの俺が、帝国のギルドで周囲を驚かせまくることになるとは……。

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