第10話 アイドルにお持ち帰りされました


「あの、アクア……」

「何ですか? 秋月さん」


 転移先の丘の上から、俺とアクアは歩いて町へと戻る。

 凄く上機嫌なアクアに俺は質問した。


「手は繋がなくても良いんじゃない?」

「ダメですよ。また勝手に危険に首を突っ込むかもしれないじゃないですか。本当は首輪とリードも着けたいくらいです」

「だから、犬じゃないんだけど……」

「嫌なら私を突き飛ばしてください。ほら、ご遠慮なく。みたいに」

「悪かったって……」

「もう二度と自分を犠牲になんてしないでくださいね。そんなことをして助けられても……嬉しくありません」


 せっかくの上機嫌から一転。

 アクアの顔が曇ってしまう。

 しかし、アクアはすぐに気を取り直した。


「それより、どうやってあの場所から脱出できたんですか?」

「あぁ、倒したんだ。あの外獣を」

「えぇ!? 秋月さんが? どうやって?」

「うーん、話せば長くなるんだけど……」


 それから俺は簡単にアクアに説明した。

 流石に13年分の異世界での旅の思い出を語る時間はないから、とりあえずいくつかの能力を手に入れて異世界から帰ってきたことだけ。

 アクアは少し驚きつつも納得する。


「そうなんですね。てっきり天井が崩落して、運よく外獣が押しつぶされたのかとでも思ってました」

「あはは……間違ってないかも」

「じゃあ、秋月さんが私に会うのは13年ぶりってことですか?」

「うん」

「その割には良く覚えてましたね。お説教の話とか、ワンちゃん扱いしたこととか」

「あぁ、向こうでもアクアのことはよく思い出してたから」

「そ、そうですか……」


 アクアは急に顔を赤らめる。

 また何か怒らせちゃったかな。

 そんな話をしている間に、俺たちは無事に町にたどり着いた。

 まだ夕方だ、病院は開いているだろう。


「アクア、俺は今から病院に行くんだけど」


 俺がそう言うと、アクアは血相を変えた。


「――け、怪我してたんですかっ!? どこを!?」

「あ~、違うよ。俺は無傷。妹が入院してるんだ」

「な、なんだビックリしました。妹さんが居たんですね。具合……悪いんですか?」

「うん、でももう大丈夫」


 当然のようにアクアは俺の後ろをついて来て、病院にたどり着いた。

 受付を済ませると、アクアはおずおずと尋ねてくる。


「あの……貴方が言ってた『どうしても達成したい目的』ってもしかして」

「妹の病気を治したくて……。だから俺は何があっても探索者サーチャーを諦めるわけにはいかなかったんだ」


 病院の階段を上ると、時雨の病室にたどり着く。

 すると、時雨はベッドの上で顔を真っ赤にして息を絶え絶えにしていた。


「――!? 時雨!」

「お、お兄ちゃんだぁ……あはは、良かった。最後に会いたいって……思ってたんだ……」

「待ってろ、今すぐ助けてやる!」


 俺は慌ててインベントリから『女神のしずく』を取り出す。


「ほら、薬だ。飲めるか?」

「う、うん……」


 そして、小瓶の中身を全て時雨に飲ませてやった。

 時雨の身体が淡い光に包まれると、顔色がみるみる良くなっていく。


「あ……あれ? つらくない……?」

「良かった……間に合った」

「い、今のってもしかして『女神のしずく』ですか!?」

「えっ! お、お兄ちゃん本当に手に入れたの!?」


 驚くアクアと時雨。

 俺は安心した笑顔を向ける。


「言ったろ、お兄ちゃんが絶対に何とかしてやるって」

「お兄ちゃん……! ありがとう!」


 時雨は俺に正面からギュッと抱き着いた。

 どんな最強の武器も、伝説のアイテムもこれには敵わない。

 俺の身体に感じる時雨の心臓の鼓動と笑顔は、13年間死ぬほどの辛い思いをした異世界生活に対する最高の報酬だった。


 抱きしめ合う俺たち兄妹を見て、アクアはまたグスグスと泣いていた。


       ◇◇◇


 ひとまず、時雨は検査の為にまだ病院に残ってもらうことにした。

 アイテムの効果が発動しているはずだから問題はないんだろうけれど、念の為だ。


「――本当にごめんなさい」


 病院を出ると、アクアは俺に深く頭を下げた。

 無意識にアクアに告白でもしちゃってたかと慌てたが、どうやら違うらしい。


「私、秋月さんに探索者を諦めろとか、雑魚だとか、酷いことを言いました」

「あ、あー。だから、それはアクアが俺の為を想って言ってくれてたことだろ。雑魚だったのは本当だし……」


 アクアとはまだ知り合って間もない。

 けれど、アクアが悪意を持ってそういうことを言う子じゃないことは分かっている。


「貴方って、優しいんですね。本当に」

「アクアほどじゃないよ」


 そんな話をして、公園の前を通りかかる。


「よし、じゃあ俺はここで」

「ここで……って。ここ、公園じゃないですか? 何か用事でもあるんですか?」

「あぁ、うん。俺家が無いんだ、いつも公園で寝泊まりしてて……」


 恥ずかしながら事情を説明する。

 時雨の入院費に全て使っていたので、家なんてとうの昔に売り払っていた。

 時雨が退院するまでには何とか住める場所を探さないと……。

 そんな風に考えていると、アクアが絶叫する。


「はぁ~!? ダメですよそんなの! 襲われたらどうするんですか!」

「あっ、でも上手く隠れられる場所があって。たまに乱暴な人に見つかってボコボコに殴られたりするけど」

「あ~、もう分かりました! ウチに来てください!」

「えぇ!? い、いいよ! 悪いし」

「いいから! 命の恩人を外になんて寝かせられるワケないでしょう!」


 アクアは再び俺の手を掴む。


「ほ、ホントにいいって!」

「私がっ! 良くないんです!」


 そのまま強引にアクアにお持ち帰りされてしまった。


 きっと、アクアはもうこれで俺が探索者サーチャーをしなくて済むとでも思っているのだろう。

 妹を助けて、目的は全て達成したと……だから浮かれているんだ。


 しかし、むしろ俺の探索者サーチャーとしてのスタートはここからだった。

 F級探索者の俺はこれから数多のダンジョンに挑んで外獣を含む強敵たちを倒していかなければならない。

 時雨が安心安全に生きていける世界を守るために。


 ――だって、俺は異世界の魔王をのだから。

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