第8話 最強のF級探索者

 "『受諾』"のボタンを押すと同時に、目の前の風景が変わった。

 ここは……野外だ。

 俺は爽やかな風が通り抜ける草原にいた。

 しかし、空は不自然に歪み、禍々しく黒ずんでいる。


「ダンジョンの外……? 脱出、できたのか……?」


 ひとまず危機を脱した俺は思わず気が抜けて尻もちをついた。

 後でアクアを突き飛ばしたこと、謝らないと……。

 そんなことを思っていると、再び目の前にウィンドウが現れた。


 "隠しクエスト、『英雄の誕生』を開始いたします"


 そうだ、俺はよく読みもせずにこれを受けて……。

 確か『異世界に平和を~』とかなんとか書いてあったな。


「ってことはもしかしてここが異世界……だよね?」


 恐らく、間違いない。

 空の色も3日間断食した俺の顔色みたいに紫になってるし。


 "制約リストリクションに従い、貴方のステータスを変更いたします"


「制約?」


 直後、ウィンドウに文字が流れる。


 "貴方は全ての経験値を失いました。

 レベルは1になります。

 貴方は全てのスキルを失いました。

 貴方は全ての魔法を失いました。

 クエスト達成後もこれらは元に戻りません"


「えぇっ!?」


 さ、流石は難易度SSS。

 とんでもなく理不尽極まりない制約だ。

 その中には、こんな文字も流れた。


 "貴方の『特性フィート』は全て失われました"


「俺の……『特性フィート』が消えた?」


 確認のためにステータス画面を開くと、『特性フィート』はまっさらになっていた。


 普通ならば絶望するだろう。

 ほとんどの探索者は自身の『特性フィート』を頼りに職業ジョブを選択し、探索者として名を上げてきた。

 ――しかし、マイナス特性フィートしか持っていない俺にとってその意味は大きく異なる。


「……ゼロから、始められるのか?」


 立ち上がってみるだけでその違いは実感できた。

 いつもは常に重りを着けられているかのような体の重さやダルさがある。

 しかし、今やそれが全くない。


「はは……これが普通の身体か。信じられないほど動きやすい」


 普通であることがこんなにも嬉しい。

 ようやく俺は他の人と同じスタートラインに立てる。

 努力をすれば、同じように報われる。


 俺が感動している様子なんてお構いなしにウィンドウは説明を続ける。

 いくつかは受ける前の画面にも記載されていたんだろう。

 しかし説明を読めるような状況じゃなかった俺には有難い。


 "このクエスト中は現実世界の時間が流れない。

 このクエストはキャンセルできない。

 クエスト達成時、元の座標の同じ時間に戻される。

 クエスト達成時、レベルは1になるが会得したスキルや魔法は保持する"


「オーケー、クリアして戻ったらまたレベル1であの外獣に叩き斬られる寸前ってことね。……詰んでない?」


 とはいえ、現代の時間の流れが進まないのは有難い。

 俺がようやく『女神のしずく』を手に入れた時にはもう手遅れ……なんてことはなさそうだ。


「……時雨、お兄ちゃん頑張るからな」


 病室にいる最愛の妹の顔を思い出し、俺は異世界の第一歩を歩み始めた……。


       ◇◇◇


[試練のダンジョン]。

 ――アクアが脱出した直後。

 転移の罠の先で待ち受けていた4本腕の武士の外獣は雄叫びを上げながら哀れなF級探索者に4本の剣を一斉に振り下ろしていた。


 その探索者は突如現れた赤いウィンドウで何らかの操作をしていた、その直後だった。


「ヌグォォォォ!」

――「パリイ」


 バシィィィィン!!


 次の瞬間、外獣の4本の宝剣はF級探索者の粗末な短剣に全てが弾かれた。

 F級探索者は髪をかき上げながら不敵に笑う。


「よぉ、13年ぶりだな。と言ってもお前にとってはたった今だろうが」


 ――俺、秋月優太あきつきゆうたはSSSランク『英雄の誕生』のクエストをクリアして帰還した。


 最強の、F級探索者サーチャーとして。

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