第5話 異世界の決闘者


 Fランク探索者サーチャーである俺がパンドラの化け物じみた強さの外獣になんて敵うはずがない。


 しかし、俺の心に迷いは無かった。

 理屈じゃない。

 妹の時雨がそうであるように。

 たとえ、誰もが諦めていようと俺だけは手を差し伸べる存在でありたかった。

 俺はアクアも救うし、時雨のことも救う……絶対に。


「よし、行こう」


 覚悟なんて決めている暇はない。

 アクアはきっと中で頑張ってまだ戦っているはずだ。

 そう願って俺はD級[試練のダンジョン]に足を踏み入れる。


 ――ダンジョンの中に入ると、俺が進むべき道は明確だった。

 アクアが回収しなかったドロップ品が道しるべのように道に散らばっている。

 素材回収をしていたというだけあって、モンスターは狩りつくされているようだった。


(助かった、1匹でも出てきたら俺じゃ倒せないからな)


 10分ほど奥地を目指して駆けると、その場所を見つけることができた。

 発動済みの転移のワナ。

 恐らく、アクアはこれを踏みつけてその先へと行ってしまったのだろう。

 俺はその先に進む前に、周囲を確認する。

 もしこの先がパンドラだとしたら、まともに戦ってもフロアボスは倒せない。

 どこかにアクアを逃がすことができる手掛かりがあるかもしれない。

 ――すると、転移のワナのそばの岩場にかすんでいて分かりにくい文字が刻まれているのを発見した。

 俺は袖でこすって汚れを落とし、解読する。


『我、強者との決闘を所望するモノなり』


 ――どうやらこの先にいる相手はヤル気マンマンのようだ。

 俺は深呼吸を一つすると、転移のワナに自ら足を踏み入れた。


       ◇◇◇


 ビービー!

 けたたましいアラート音がどこからか鳴り響く。

 俺が転移された場所は巨大な空間だった。

 長い年月が経っているようで、天井のあちらこちらが崩れてそれが岩として地面に散乱している。

 そして――俺が現れた場所の正面にはいた。


 10メートル近くはありそうな巨大な体躯。

 武将のような甲冑を身にまとった人型のその生き物には4本の腕があり、それぞれに宝飾が施された剣が握られていた。

 一体、どんな悪意があれば――

 この恐るべき左右対称を作り出せるのだろうか?

 存在全てが確かな殺気を纏い、オーラのように全身を包み込んでいる。


「ヌゥゥゥゥ~!!!」


 俺が侵入した瞬間そいつは猛り、怒り狂ったかように暴れ出す。

 矮小な俺に対して不相応な大剣を振り回した。


「うぉぉぉ!?」


 俺は即座に岩の陰に隠れる。

 直後、俺が隠れている岩の上半分が薙ぎ払われて真っ二つに切り裂かれた。

 噂通りだ。

 こんなの、本当に異世界から来た生物としか思えない。


(アクアは……!? アクアはどこだ!?)


 俺は岩の陰に隠れながら、外獣の剣技をやり過ごす。

 大きさがここまでかけ離れていると、ヤツにとっても俺を捉えるのは難しいようだった。

 そして、洞窟のボロさも手伝ってヤツが剣を振るごとに衝撃で天井が落ちて隠れる場所が増える。

 何とか、潜伏することに成功すると俺は背後から何者かに口を手で封じられた。


「――ちょっと、キミ! 何でここに居んの!?」


 囁くような小さな声。

 しかし、それは確かに俺を強く叱責していた。

 振り返ると、俺はあのデカブツにバレないように声量を抑える。


「アクア! 良かった、無事だったんだ!」

「何とかね。あーもう、言いましたよね? 次にダンジョンで会ったら怒るって」


 綺麗な装備をボロボロにしたアクアがそこにいた。

 昨日からずっとこの部屋にいるのだろうか、強がってはいるが疲労困憊といった表情だ。


「説教なら後で散々聞くから。今は一緒にここから出よう」

「……出られないんですよ」


 アクアはそう言って、この大きな空間の一方を指さす。


「向こうの方に転移の魔法陣がありましたが……起動していませんでした。恐らく、あの化け物を倒さないと発動しない仕組みなのでしょう。ネット回線も繋がりません」

「なるほど、それでここに閉じ込められてたんだな」

「はい、私も諦めて辞世の句を考えていたのですが……良い下の句が思いつかない時に貴方が現れたんですよ」


 アクアはもう一度俺を睨みつけるようにジロリと見る。


「貴方はどうして来ちゃったんですか? きっと、ギルドも今頃はみんな私のことを諦めてますよね」

「どうしてって……」


 何も考えず、気が付いたら身体が動いてここにいた。

 そんなことを正直に言うと馬鹿にされそうだったので、何とかアクアに呆れられないような理由を探す。


「パンを……くれたから」

「はぁ……?」


 しかし、俺の頑張りも空しくアクアは呆れ返った表情になってしまった。

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