35.天馬の誓い
(正夢、乱暴、要らない子、か……)
天馬は自室のベッドの上ですやすやと眠っている架純を見て思った。
あの後落ち着きを戻した架純と一緒に夕食。夢や自分の気持ちを告白した架純と、妙な雰囲気になりつつ鍋をつつきケーキを食べる。
その後しばらく話をしているうちに疲れた架純が眠ってしまい、ベッドで寝かせた。
(俺が架純ちゃんを助ける……)
彼女との会話で更に分かったことがある。それは例え彼女が自分の部屋から逃げたとしても必ずその男に遭遇してしまうそうだ。架純いわく、正夢は自分では変えられない。ただ、自分以外の要因ならそれを変えられる可能性があるらしい。
プシュッ
天馬は冷蔵庫から持って来たビール缶を開ける。クリスマスの夜。色んな事があり過ぎて目が冴えてしまいとても眠れない。
(まあ、架純ちゃんがそこで寝ているんだから眠れないんだけど……)
女子高生が部屋で、自分のベッドで眠っている。
同時に思い出す架純とのキス。柔らかく、とても尊いものではあったが、間違いなく検挙案件。ビールを飲みながら天馬は彼女が警察に通報しないことを願った。
バタン……
そんな天馬の耳に響くドアを閉める音。隣の、架純の部屋からのようだ。
天馬はビール缶をテーブルに置くと音を立てずに玄関へと歩き、のぞき穴から外の様子をうかがう。
(金髪の、男……)
暗くて良く見えないが、金色の髪に日に焼けた顔。見た目派手そうな男である。同じく金髪の架純の母親と肩を組んでアパートの階段を下って行く。
(あいつが架純に乱暴を……)
確かに女好きそうな顔をしている。自分の再婚相手の娘ではあるが、架純のような美少女を見たら見境なく襲い掛かるような感じはする。
「とは言っても、その根拠が夢じゃなあ……」
天馬が再び部屋に戻りテーブルにあったビールを飲む。
架純を助けたいとは思うが夢の話をされてどこまで信じるかは正直微妙だ。『夢で見たからお前から彼女を守る!!』と言ったところで笑われるか、逆にこちらが殴られる。
「とりあえず架純ちゃんが言ったその男がやって来る来年の『三月二十五日』は、彼女をこの部屋に呼ぼう」
天馬の行動であれば架純の夢も変えられるらしい。あの場に居たのは自分だけ。自分にしか架純を救えない。そう思うと何とかして助けてあげたいと思うのだが、最終的にはやはり根拠が『夢』であると思うとやはり考え込んでしまう。
「でも、本当に可愛いよな~」
少し酔いが回って来た天馬がベッドで眠る架純を見て思う。一緒に寝ようかな、と
プシュッ
天馬はもう一度架純の寝顔を見てから新しいビール缶のふたを開けた。
聖夜の夜を車で走る馬場信二と柊木裕子。車を出してしばらく無口だった裕子が言う。
「もういいでしょ? クリスマスなんだからどこか遊びに行ったのよ」
信二は裕子の息子がおらず、深夜まで帰って来なかったことを未だに不信がっている。窓を開け煙草に火をつけた信二が言う。
「ガキのくせに泊まりで遊びかよ」
「ガキだから遊びに行くんでしょ? まあガキじゃなくても今夜は遊びたいんだけどね~」
そう言って運転している信二の分厚い胸板を指でなぞる裕子。信二は片腕を裕子の体に回すとアクセルを強く踏みつける。
「仕方ねえ。じゃあ、行くか。俺の部屋に」
「ええ」
裕子はうっとりとした表情でそれに応える。
残り三か月。馬場信二と柊木架純が遭遇する日が迫りつつあった。
(あれ……)
架純は耳に響く食器がぶつかる音に気付き目を覚ます。少しずつ明るくなる窓の外。パンの焼ける匂い。架純がベッドの上で上半身を起こして辺りを見つめる。
「あ、天馬さん……」
架純はようやく昨晩この部屋に来て天馬と一緒に食事をしたことを思い出す。
(あれ? 私、あのまま寝ちゃったんだ……、って言うか、これ、天馬さんのベッド!?)
架純は自分が寝ている布団を見て驚く。寝た後の記憶はないが天馬のベッドで寝たのは間違いない。
「あ、架純ちゃん。起きた? おはよ」
「お、おはようございます……」
昨夜の告白、そしてキス。不意に思い出してしまった架純は恥ずかしくなって布団で半分顔を隠す。顔が真っ赤になっているのを見られたくない。天馬が言う。
「昨日架純ちゃん寝ちゃってさ、そのままベッドに寝かせたよ」
「あ、はい。ごめんなさい……」
怖かった。苦しかった。
だけど天馬と一緒に居ると心から安心でき、緊張がほぐれたせいか眠ってしまったようだ。架純が小声で尋ねる。
「あの……」
フライパンを持った天馬が慌てて答える。
「あ、大丈夫!! 何もしてないから!! 俺、そこの床で寝たから安心して!!」
そう言ってクッションが置かれた部屋の床を指差す天馬。架純はちょっと不満そうな表情になり、小さな声でひとりつぶやく。
「別に良かったのに……、私、そんなに魅力ないのかな……」
「え? 何か言った??」
はっきり聞こえなかった天馬が聞き返す。架純が布団から顔を出して舌を出して言う。
「何でもないですよ~」
「??」
天馬はフライパンを持ったまま首を傾げた。
「いただきまーす!!」
天馬は遅く起きた架純の為に天馬は朝食を作った。パンにトーストと目玉焼き。料理ができない天馬の最低限のメニューだが、人が作ってくれた料理なんて久しく食べていない架純にとってはそれは『特別なスパイス』が効いた極上の朝ご飯であった。
「美味しいです、天馬さん!!」
「大したもんじゃないから……」
嬉しそうに目玉焼きを食べる架純を見て天馬が苦笑する。同時に色々と抱えていることを知った目の前の女子高生になんと声を掛けていいのか分からない。
――キス
目が合うふたり。
再び思い出される昨晩の口づけ。天馬が場の空気を変えようと話始める。
「あ、あのさ、架純ちゃん……」
「天馬さん」
「あ、はい」
少し笑みを含んだ架純の表情。それが一体何を意味しているのか分からない。架純が言う。
「私、また夢を見たんです」
「夢?」
天馬が聞き返す。
「はい。天馬さんと手を繋いで一緒に歩いて行く夢」
「それって……」
何の意味か分からない。ただそれが正夢なのかどうかが気になる。架純が笑顔で言う。
「幸せな夢でした」
「あ、うん」
天馬がはにかんでそれに応える。
正夢でも何でもいい。俺が、この西園寺天馬がその夢を叶えてやると心の中で誓った。
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